33話番外編美見未海の物語
「未海にも色々迷惑かけたね。ごめん。もう会わないから……行こう」
駿は楽人を引っ張り、神社から立ち去った。神社には美見未海1人が取り残された。
* * *
2018年9月30日7時33分。
「ニャー!」
猫柄の布団から猫耳パジャマ少女が飛び起きた!
「ニャー、ニャニャニャニャニャニャンてことをしてしまったニャン~!」
美見未海は手足をジタバタさせ、頭をブンブン振ってベッドの中で悶えたかと思うと、壁に立てかけてあった猫の爪とぎ用段ボールに爪を立てガリガリし始めた。
「ニャー(ガリガリ)絶対これ(ガリガリ)取り返しつかないニャ~(ガリガリ)」
4畳半の未海の部屋は猫グッズがやけに多い。前世が猫なのか、或いは来世は猫に転生しようとしているのか、とにかく美見未海は猫になりたいのだろう。
「はぁ、はぁ、はぁ……うぐぐぐぐっ……」
今朝の悪夢。これは実際には未海が乙守楽人に対して行った仕打ちであった。夢の中では未海が取り残される側に回っている辺り、楽人に対して負い目を感じているのだろう。或いは、自分もいつか駿に置き去りにされるかもしれない、という不安の表れかもしれないが。未海は涙目でお腹をさすった。
「お腹痛い……ニャン」
未海は1人でいる時も語尾に「ニャン」をつける。律儀である。
* * *
2018年9月30日8時55分。
とんがり屋根のメルヘンチックな団地の前で猫耳フードの少女が怪しげな踊りをしていた。
否、怪しげな踊りではなく、団地の周りを右往左往していた。
「神様~勇気を! あたしに勇気を~……ニャン!」
団地の階段の前で美見未海はボソボソ独り言を言って、階段を登ろうとしているのだが、いまいち神様は頼りないのか、勇気が湧かないでいた。
手に持っていたコンビニの袋に入ったプリンを覗き見る。これは生クリームの乗っている若干お高めのプリンである。といっても150円くらいだが。
「先輩に……プリンを届けて仲直りするのニャン」
これが未海の作戦である。デパートできちんとラッピングされたお菓子を買ってくるべきでは? と思わなくもないが未海は一刻も早く仲直りしたいのだ。デパートが開店するのは10時。そのわずか1時間強の時間さえ未海は待つことでできないでいた。そもそも、未海の全財産は433円。デパートに行ったところで買うのはプリンであろう。
そう、もう未海にとっての高級プリンを買ったのだ。後にひけない!
美見未海は背水のプリンで勇気を振り絞り階段を上った。
そしてたどり着いた先は乙守家のドアである。
ここにはセーブポイントがない。なぜ、人生にはセーブポイントがないのだろう? この先に大ボスが控えているというのに。
乙守楽人は未海のことを許してくれないかもしれない。
感情的になったとはいえ、往復ビンタを食らわせたのだ。
泥棒猫と罵るだけでなく、泥棒犬とも罵ったのだ。
乙守楽人は、早馬駿へ好意を持っていることはたしかだ。だが、果たして未海のことはどのように思っているのだろうか? 撮影するときはご機嫌なものの、女友達としてだれだけ大事に思ってくれているのか……
会ってもらえず、乙守楽人と早馬駿はいつの間にか仲直り。そして、自分だけ置き去りにされる……そんな悪夢が現実になる可能性も十分にある。
手が震えてチャイムが鳴らせない。心臓がドキドキして何から話せばいいのか? 何から謝ればいいのかまとまっていない。
ガチャ。
ドアが開いた――
「あぁ?」
乙守藍鬼はドア前に置かれたコンビニの袋を不思議そうに眺めた。
* * *
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
気づけば未海は脱兎のごとく、否、脱猫のごとく逃げていた。
ガチャ。
自宅まで逃げ、ドアを開け、一番初めに取った行動は
「うにゃ~! (ガリガリガリ)」
爪とぎであった。
「はぁ……」
しばしの爪とぎ後、クールダウンをした彼女はスマホを眺め、ため息をついた。
『未読』
昨日、乙守楽人を神社へ置き去りにした早馬駿は、気の抜けたゾンビのようであった。未海が何を話しかけても上の空。そして、家へ帰ったあと心配で送ったメッセージは『未読』である。
美見未海は心が読めるわけではないが、早馬駿の人となりはよくわかる。彼は罪悪感を覚えているのだ。「もう楽人とは会わないから」。この一言は駿自身を苦しめたに違いない。「自分だけ恋人と幸せに過ごしていいのだろうか?」「親友とまで呼んだ楽人を深く傷付けてしまった」。そういう感情が心を支配している間は未海と楽しい会話などできるはずもないのであろう。
未海自身、そんな彼の生真面目さに惹かれ、付き合うことになったのだから……
そんな駿ゾンビを復活させるのには、乙守楽人の力が必要だと未海は思っていた。だが、あの楽天家の楽人を泣きそうな顔になるほど傷つけた張本人を、楽人は許してくれるだろうか……?
「うぅ~……ニャ~ン」
美見未海は天井に向けて独り鳴きをした。
カタンッ
ふと何かが倒れる音。勢いよく鳴いた反動で倒れたのだろうか?
未海の視界には床に転がっているホウキが入っていた。
* * *
魅化神社には律儀に掃除をしている少女の姿があった。
美見未海は社をホコリ一つ残さずふき、石畳を小石一つ残さず掃き清めた。「みんな美少女になる」という願いを叶えてしまった神社だ。きっと神様に感謝の気持ちを込めてお願いをすれば願いが叶うに違いない。
汗が石畳に落ちるほど懸命に掃除をしている彼女は、ふと掃除の手を止めた。
訪ねてくる者が"ほぼいない"神社へ訪ねてくる者の気配を感じたためだ。
気が付くと彼女は猫のように俊敏に社の裏手へ逃げていた。
(あ、あれ? なんであたし隠れているのニャン)
美見未海は心の声まで「ニャン」をつける。律儀である。
(誰かと誰かが話している……? ニャン?)
裏手まで逃げたので会話がよく聞こえない。美見未海は慎重に、見つからないように、会話のする方へ忍び足で近づいて行った。
「……ともう一つ」
(先輩?)
一人は乙守楽人の声であるようだ。この日、この時に彼が神社へやってくるのはそれほど驚くことではない。
「ほぉ、もう一つあるのか」
もう一人の声は誰だろうか? それは聞き覚えのない声であった。
「未海ちゃんと仲直りできますように」
未海の周囲に一陣の風が通りすぎていく。未海は胸に手を当て安堵のため息をついた。
「早馬駿のことにも言えるが、本人に直接謝ればよいじゃろ」
「あんな怒らせたら2度と会ってくれないよ」
楽人は誰と話しているのだろう? 随分と古臭い話し方をする女性のようだが……声の主が気になり、未海はさらに会話の方へと近づいて行った。あと、1メートルほど近づけば、社の影から2人の姿をとらえることができる。
「未海のことが好きなのか?」
未海はビクッと反応した。
聞くべきか聞かぬべきか考える時間もとれぬまま楽人から答えが返ってきた。
「ち、違うよ! 勘違いしないでおくれ。愛してるって意味の好きじゃないんだ」
なるほど、人として好きなのだろう。未海は再び安堵のため息をついた。
「性的な意味で好きなんだ!」
否、これはひどい「好き」である。
「ニャッ!?」
小さな叫びは、バキっという小枝を踏む音と共に消え去り、鳥たちがバサバサと飛び立った。
「ニャ……ミャーオ」
美見未海は掃除で流した汗以外の汗を流しつつ、猫になりきり神社から退散した。
* * *
2018年???
ススキのような高校生が駅の改札口を出てくる。彼はどこにでもいる高校生だ。人ごみに紛れてしまえば、カッコいいススキでもなく、強面のススキでもない彼に気を留める者などいないであろう。
彼のことを知らなければの話である。
今、彼のことをよく知り、世界で一番彼を必要としている少女が彼のことを遠くから見ている。
幸いにも彼は一人だ。
ゴクリと唾を飲み、胸に手を当て、深呼吸する。
しかし――
(止まれ! 止まれ! 震え止まって! ニャン!)
両足の震えが止まらない!
あんな仕打ちをしたのだ。
彼の気持ちをある程度知りつつも、彼が許してくれるかどうかは結局は彼女の気持ちの伝え方次第なのだ。
むしろ、中途半端に彼の気持ちを知っている故に、浮ついた気持ちになってしまい、彼を2度傷つけることになるかもしれない。
そして、そうなれば、2度と会ってくれなくなるかもしれない。
そうなってしまっては、もう……
(このまま帰ってしまえば……)
これ以上は傷つくこともない。ふと、そんな考えが脳裏をよぎる。
足の震えが止まらないのだ! 一歩足を踏み出すには心臓が破裂するくらい勇気がいるが、一歩後退すれば楽になれる。
もう、彼は改札口から遊歩道へと向かっている。もうじき、人ごみの中に消えていくことだろう。
そう、ここまで頑張った。よくやった。頑張ったが人ごみに紛れてしまい、彼を見失ってしまったのだ。仕方がないことなのだ。また、明日頑張ればいい。
心の中で巡り巡る言い訳。
明日も、明後日も、半年後も、一年後もこの言い訳を繰り返すのか?
けど、だけど、足の震えが止まらない!
それでも、それでも、それでも――
「せんぱ~い!」
美見未海は勢いよく乙守楽人の方へと駆けていった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
次話からは次章へ突入です。次章は6月23日~24日頃投稿予定です。




