29話6日目晴れの日3
「みんな美少女になるのじゃ」
「え?」
薄暗い部屋でタブレットの中の魅化姫様は死の宣告ならぬ、美少女の宣告をした。
日曜の朝だ。カーテンを開ければ暖かい日の光が入ってくるはずだが、ヒソヒソ話をするには暗い方が落ち着くのだろう。乙守楽人は自室のカーテンを閉めたまま床に座り、タブレットから発せられる言葉を待っている。
「あの郡山という男もそのうち美少女になる」
「そんな……どこかのおっさんが美少女になったって誰も得しないじゃないか……」
楽人の額から一滴の汗が流れる。
「いや……得するものがおる」
「誰!?」
衝撃の事実である。どこかのおっさんが美少女になって得をする。そんな人物が果たして――
「おぬしじゃ」
「俺か……」
目の前にいた。
「良いか? これはおぬしが願ったことなのじゃ。だから早馬駿は――」
「あっ!」
「なんじゃ?」
「アニメ予約しないと!」
「そんなものいつでもできるじゃろ。後にせい」
たしかにアニメの予約は放送前ならいつしてもいいだろう。
「それで、早馬駿は――」
「あっ!」
「今度はなんじゃ?」
「トイレ!」
「そんなものいつでも行けるじゃろ」
たしかにトイレはいつでも……いや、今行かないと手遅れになる場合がある。
「いや、今出さないで、いつ――」
無論、彼も反論した。
「……助かるぞ?」
「何が!?」
まったくもって楽人の言うとおりである。何が助かるのか? あるいは誰が助かるのか? まさかお漏らししても悲劇が起こらない、というワケでもあるまい。
「おぬし、早馬駿を助けたいのじゃろ?」
「うわっ!?」
(やっぱり、心が読めるのか!?)
「心は読めぬ」
「いや、読んだろ今!」
「心など読まずともそなたの反応を見れば誰だってわかる。恐れていたのじゃろ。もう二度と早馬駿は元に戻らぬと」
「助けらえるの!?」
「左様」
はて、随分と都合の良い話に思えるが……? どうやら神様の力で元に戻せてしまうらしい。
「言っておくが、わらわの力ではないぞ?」
地の文が読めるのか!? ……と驚いて見せたが水色の髪の少女は表情一つ変えることなく、地の文をスルーし話を続ける。
「想力。祈りの力、願いの力、誰かを想う力……人々が長年神社へ通い続け、願いを込めてきた想力で『みんな美少女になればいい』という願いを叶えることができたのじゃ」
「じゃあ『みんな美少女にならなくていい』って願えばいいの?」
「それほど都合の良い話ではない」
ここで画面の中の雨森雨音――魅化姫様――は一呼吸置いた。楽人に心を落ち着かせる時間を与えたのだろう。
「よいか? 楽人の第一の願い、『みんな美少女になればいい』という願い。この願いはそなたが子供のころから栄子と共にお参りしていたからといって叶えられるほど簡単な願いではない」
たしかにその通りだろう。10年ちょっと神社に通い続けた程度で『みんな美少女になればいい』という願いが叶うなら、ある人が『みんなイケメンになればいい』と祈れば願いが叶い、ほかのある人が『みんな猫になればいい』と祈れば願いが叶うことになる。もし、そんな世界だったら今頃世界はダイコンランだ。たとえるなら、大根が走り回るくらいの衝撃と混乱が世界を駆け巡ることだろう。
「この願いは長年の人々の祈りの力と、十五夜という……いわば非日常のハレの場とが合わさって初めて叶えられる願いなのじゃ」
長年とはどのくらいの年月なのだろう?
「わらわは元々は水苗比売と呼ばれ、その名の通り、江戸時代までは水の神、農業の神として豊作の願いを叶えていたのじゃ。近年になり町の開発が進むにつれて、人々の願いは豊作から縁結びに代わってな。そのころから魅化姫と呼ばれるようになったのじゃ」
「ふーん」
なんだか社会の授業を受けているみたいだ。乙守楽人は学校の成績が悪い訳ではないが、授業を受けるのは苦手だ。なのでわずかながら魅化姫様の堅苦しい話に拒否反応を示したが――
「いや、いやいやいや、それって何!? 江戸時代よりももっと前の人たちの想力も使ったってこと!?」
頭の回転が悪い訳ではない彼は魅化姫様の話の意図をすぐに理解した。
「左様」
「って頭悪過ぎでしょ!」
「おぬしがな」
「でも、みんなの願いを叶えてきたんでしょ? 豊作だとか縁結びだとか」
「左様」
「だったら、願いを叶えるたびに想力って消費されていくんじゃないの?」
つまり楽人の指摘は『みんな美少女になればいい』という極めて消費MPの高い超魔法を使おうとしても、MPが足りないのでは? という指摘である。
「豊作の願いは1度の祭で叶えられる。祭で十分な想力が溜まるからな。縁結びも1度のお参りで良い。むしろお釣りがくるくらいじゃ。もっとも、叶うか叶わぬかは本人たちの心がけ次第。半々より少しマシといったところじゃがな」
「それって、風凛がノックをせずに俺の部屋のドアを開けるくらいの確率か」
「それは知らんが……1000年以上前から人々の願いはささやかな願いじゃった。飢饉から人々を救ってほしいという願いもあったが、それとて想力をすべて消費するほどの願いではない。1000年以上も前からずっとずっと、誰も願わなかったのじゃ。『みんな美少女になればいい』とは」
そりゃそうだ。
「待って!」
「写真を撮りたいのか? 想力を1ポイント消費するぞ」
「なんだよ、そのRPGみたいな設定!? じゃなくて、そうじゃなくって、それじゃあ駿はもう……」
「駿一人なら助けるのは容易じゃ。そなたの想いの力が強いからのう」
楽人は「そうなの?」だとか「本当に?」だとか聞き返さなかった。魅化姫様の言葉を一言も聞き漏らさないよう耳を傾けていたからだ。
「おぬしが心の底から、少年の早馬駿へ戻ってほしいと願えばよい」
「無理」
即答であった。が、すぐに慌てて――
「待って、待って! ちょっと考えさせて!」
「ちょっとで良いのか?」
「だってさ、駿可愛かったんだよ!」
「それは知らんが……美少女の早馬駿のことを少しでも良いと思ってしまっては願いは叶わぬかもしれんな」
「無理! 無理だよ! 鬼か!」
「神じゃ」
「うぐっ……か、神様なら願いを叶えてよ!」
「もう3つの願いを叶えておる。わらわの想力は0じゃ」
「その3つの願いって何!?」
「1つ目は『みんな美少女になればいい』。この願いで1000年分の想力をすべて消費した。2つ目は『どうか早馬駿を美少女にしないでください』。この願いはおぬしと早馬駿、美見未海の想力を使用したのだが、おぬしが『美少女になる早馬駿を見てみたい』と同時に願ったため想いは叶わなかった」
「そんな……」
「もっとも、そなたが口に出しても出さなくても願いは叶わなかったじゃろう。あの時の3人からは、それほど強い想いを感じなかったからのう」
ここまでの願いで想力はほぼ0な気がするが……乙守楽人はほかにいったい何を願ったのだろうか?
「そして、3つ目じゃが……」
「わかった」
「ふむ」
「魅化姫様に会いたい」
「その願いはおぬしの願いではない」
「あれ? だって、神社で神様に会って、タブレットの中に神様が宿って……これって?」
「忘れてしまっておるのか? そなたの願いではないぞ。ただ、タブレットに宿ることができたのはひとえに毎朝そなたが雨森雨音に想いを込めていたためじゃな」
楽人は首を傾げ、タブレットを見つめている。彼は何を忘れたのだろう? そして、なぜ楽人の前に魅化姫様が現れたのだろう?
「最後に。3つ目」
魅化姫様は楽人の疑問に答えないまま話を続ける。その表情はまったく変わっていないように見えるが、心なしか語気は強くなったように感じた。
「『わたしは雨森雨音です。わたしの周りはいつも雨ですけれども心の中はいつも晴れです。てへっ』と言ってほしいという――」
「ちょ、ちょっとちょっとちょっと! あれも想力使ってるの!?」
「当り前じゃろ。あのような辱め……ではなく、切実な願いを」
「今辱めって言った!」
「言ってない」
「いや、言ったでしょ。また、嘘ついた!」
「嘘など面倒くさい。……が、おぬしが毎日祈りをささげてくれるのならば、あのような願い毎日叶えてもよいぞ。もっとも、想力はたまらんがのう」
ほとんど表情を変えない魅化姫様だが、この時ばかりはやけに勝ち誇ったような表情をしているかのように見えた。
「魅化姫様の鬼!」
「神じゃ」
「はぁ……」
なんとも先が思いやられるが、ひとまずは早馬駿を助けられる方法はある、ということがわかり、安堵のため息をつく楽人であった。




