27話6日目晴れの日1
2018年9月30日8時10分。
薄暗い。カーテンのかかった、ジメジメとした乙守楽人の部屋はモヤシがよく育ちそうなくらい薄暗い。
昨日楽人は親友兼彼女である早馬駿に避けられ、且つ、振られたのだ。もしこの世にオーラを見る能力があるならば彼の部屋は今、負のオーラに満たされていることだろう。
もっとも、早馬駿は楽人の彼女の振りをしただけなので、振られたというのは半ば楽人の妄想であるのだが。
「起きてくださいよ~。早くしないとびしょ濡れになってしまいますよ?
起きてくださいよ~。早くしないとびしょ濡れになってしまいますよ?
起きてくださいよ~。早くしないとびしょ濡れになってしまいますよ?」
そんなモヤシの理想郷に雨森雨音の声が響き渡る。
「起きてくださいよ~。早くしないとびしょ濡れになってしまいますよ?
起きてくださいよ~。早くしないとびしょ濡れになってしまいますよ?
起きてくださいよ~。早くしないとびしょ濡れになってしまいますよ?」
しかし、返事がない。しかばねとなったワケでもないと思うのだが……
「起きてくださいよ~。早くしないとびしょ濡れになってしまいますよ?
起きてくださいよ~。早くしないと……よ……
起きこえ……いよ~。早くしないと……ょ濡れになってしまいますよ?」
不意に雨森雨音の声に別の女性の声がノイズのように混じりだした。ただ、その異変に楽人は気づいていない。
「らく……よ……」
ついに別の女性の声が雨森雨音の声を押しのけた。
「聞こえぬのか? 楽……よ」
次第に声がハッキリ聞こえてくる。この声……聞き覚えがないだろうか? ……などと独り書きをしてみたが、文章だけでは声を聞きようがない、か。
「しかたがないのう」
声は若い女性の声のように思えるのだが、随分と年寄りめいた話し方をする。
キーン……
金属音のような音が微かに聞こえた。と、次の瞬間――
飴♪ アメ♪ 雨~♪
私のまわりは いつも雨♪(イェイ)
突然、部屋に大音量の残念な曲が響き渡った!
「えっ!? えっ!? えっ!? えっ!?」
ただのしかばねのようだった乙守楽人はベッドから飛び起きた。……なんてヒドイ顔なのだろう。残念なアニソンが流れている中、ボサボサ頭、目の下にクマ、鼻からは鼻水がぶらんぶらんだらしなく揺れている。どうやら楽人は、しかばねというよりゾンビのようであった。
雨の日~も~(ふぁえ!?)
ドシャ降りの日も(ふぁえ!?)
「これって! なに!?」
『美少女&美少女』の曲『幸せアメージング』である。などという回答を乙守楽人は求めていない。なぜ曲が流れたのか? 混乱したまま曲の鳴り響くタブレットを手に取った。
そこには雨森雨音がいた。そして、彼女はとびっきりの笑顔で歌っている。
雨に~降られ~♪ 振られて~も~。
雨の日~も~(晴れ!?)
ドシャ降りの日も(晴れ!?)
わ~た~し~の~ こ~こ~ろ~は~
い~つも はっれ~♪
「雨森たん……」
低気圧という持病を持つ雨森雨音の周りはいつも雨。土砂降りの雨が降り続くこともあるだろう。それなのに、彼女はいつもとびっきりの笑顔を振りまいてくれる……
楽人は鼻水をずずずとすすり、鼻水を本来いるべき場所へと帰した。
目をこすり、目に生気を宿した。
そして、とびっきりの笑顔になり、雨森雨音と共に歌を歌った!
「「雨に降られて 笑顔をふりまき
私のまわりは いつも晴れ♪(イェイ)」」
ボサボサ頭でヒドイ笑顔だが、彼は声をあげて笑った。
土砂降りの日、随分と落ち込んだが、雨森雨音なら土砂降りの日でも明るく振る舞い、湿った気持ちを吹き飛ばしてしまうだろう。
『幸せアメージング』の歌詞は雨森雨音が乙守楽人を励ましてくれているように思え、彼は幸せな気分に浸れた。
しかし……
しかしである。
なぜ曲が突然再生されたのだろう?
別に驚くことではないかもしれない。目覚ましアラームとして雨森雨音をインストールしたのだから。
しかし、それでもである。楽人はタブレットにインストールされているアプリを調べたり、アラームの設定を見たり、挙句の果てタブレットを裏返しにしたりしてみたが……
「音楽、インストールしたっけ?」
そう、彼は『幸せアメージング』をインストールした記憶はない。とすればこれは……?
「楽人よ」
「うわぁぁぁぁーーーーーー!!!!?」
なんだなんだなんだなんだなんなんだこれは!?
突然しゃべったのだ。画面の中の雨森雨音が。古風な話し方で。
楽人は恐怖にひきつった顔でタブレットを壁に投げつけた!
「こんぴゅーたーを粗末に扱うでないぞ」
「ごめんなさい! ごめんなさい! 悪霊退散! 悪霊退散!」
「わらわは悪霊などではない」
「じゃあウィルスか? コンピューターウィルスか?」
楽人はベッドの毛布に顔をうずめ、声の主に問いかけた。
「わらわは『こんぴゅーたーうぃるす』などではない」
「じゃあバグか?」
「なにも覚えてないのか?」
声の主とコミュニケーションを取っていくうちに楽人から恐怖心が薄らいでいく。声の人物からはまったく敵意や悪意を感じない。そして、ここ数日の妙な出来事からおおよそ声の主が誰なのか予想がついてきた。
「魅化姫様?」
「左様」
「嘘っぽい」
「なんじゃと?」
「そういう詐欺とかありそうだもん」
楽人はわざと拗ねたような口調でタブレットの主を疑ってみた。毛布を枕代わりにし、リラックスした姿勢をとる。彼から緊張の糸がほぐれてきている証拠である。
「神は嘘などつかん」
「なんで?」
「嘘など面倒臭い」
「面倒臭いからかよ!」
「左様」
しばしの沈黙が訪れる。壁に神様を思いっきり投げつけてしまったわけだが、謝らなくてよいのだろうか? いや、それよりも――
「早馬駿のことを考えているのか?」
「ひぃっ!」
(心が読めるのか!?)
「心は読めぬ」
「いや、読んだろ今!」
「心など読まずとも昨日までのそなたを見れば誰だってわかる。さて早馬駿のことじゃが――」
「早馬駿」と言う名前が出ると思い出そうとしなくても、過去の光景が脳裏に浮かんできてしまう。
「あははっ、くっだらね」と鼻に手を当て、照れ隠しの笑みを浮かべた早馬駿。
「オレ……やっぱり美少女……美少女になるのか?」と震えた声を出し、公園のベンチで頭を抱えていた早馬駿。
魅化神社で美見未海と共に神様に祈った早馬駿。男性姿の早馬駿を見たのはそれが最後であった。
そして「もう乙守とは……会えない……」と涙を浮かべていた女性姿の早馬駿……
「早馬駿は――」
魅化姫様のこの後の一言で、早馬駿が助かるのか助からないのかが確定してしまう。楽人の目は泳ぎ、口は波打ち、心臓は激しく鼓動する。
「魅化姫様!」
楽人はベッドから降り、タブレットを抱え上げた。両手で神様――雨森雨音――の姿を見る。
「なんじゃ?」
「もぅ~ちょっとかわいい声で話してくれないかな~?」
「……」
雨森雨音は明るくおっとりしたマイペースのキャラである。そのキャラの姿のまま「わらわ」「左様」「なんじゃ?」などと言うのは違和感があるのだろう。
画面の中の雨森雨音はおっとりとした可愛らしい表情のまま沈黙を保つことで不服を表明した。




