フォルティス防衛戦Ⅶ
シアンから警告を受けた通り、接近させないように衝撃波で吹き飛ばしながら、ノックバックで倒れた相手を槌で叩いておく。
盗賊達は術が使えない上、遠距離武器――主に弓――を扱えない為、近接での戦いが基本になるらしい。
その接近戦においては俺の狂魂槌が頭一つ抜けて強いはずだが、これまたシアン曰く、ナイフには毒が塗られている為に一発でも致命傷との事。
肝心の兵士達はというと、盾持ち片手剣をうまく駆使し、防御を前面に押し出しながら時折露払いとして一撃を浴びせている。
圧倒的な戦力差があったにも関わらず、ものの数分で盗賊集団は八割程撃滅され、ほとんど等しい戦力にまで縮まった。
「死ねやあああああああ」
「うぉっ!」
特攻を仕掛けてきた盗賊の攻撃を避け、フルスイングをぶつける。
こうした特攻が続けば、いつ攻撃が命中するか分からなかった。
早急にケリを付けるべきとは分かっても、ここまではシアンの作戦通りとなっている。
『数が同数になりだせば、捨て身の攻撃が増えてきます。これは防御を優先し、防いだ後に反撃をしてください。一番大事なのは、攻撃を受けない事なので』
前衛の兵士達もそうだが、俺の方は負担が圧倒的に重かった。
《水の月》の力で運動神経や反射神経に補正が掛かっているとはいえ、シアンもよく平然とここまでの大立ち回りを要求する。
それこそ、本当に将棋の棋士のような、盤上の指揮官のようだ。
違う事といえば、捨て駒を出さず、手駒が少ない状態で全員生存を目的としているくらいか。
盗賊の数がこちらの半分になった時点で、ブラストが剣を掲げ、防衛に専念していた前衛部隊が攻撃に移った。
まさに一転攻勢の攻防、それまで攻め手に関しては残していた盗賊も、両側から来る怒涛のような攻撃には耐えられずに防戦一方になる。
この時点で勝利を確信していたのは、なにも俺だけではなかった。ブラストや九人の兵士達も勝利に酔い、表情が僅かだが緩んでいる。
それで形勢に響く程、シアンの作戦は浅くなかった。
この、兵力のほとんどが削れた時点での反撃というのも、無傷での勝利という条件を満たす為のピース。
つまりは、ここまで俺が無傷だった時点で、既に詰みに入ったのだ。
約二分の攻防の後、盗賊の親玉と思われる一人を残して殲滅。どうしてこんな事をしたのかを聞きだす為、俺の希望で残してもらっている。
「何でこんな事をしようとしたんだ」
「……貴族が気に入らねぇからだ。民の富を集積し、自分達だけが贅沢をしようとしている」
俺はシアンと顔を合わせた。
盗賊が本当に平民の主権を訴えている、とすればシアンの作戦は根本から間違っていた事になる。
暴力に訴え掛ける方法は道を違えているが、それでもここまでする必要はなかった。何より、話し合う事が一番大事だったのかもしれない。
「……なぁシアン、話を聞いてあげた方がいいんじゃないかな」
「ですが――いいですよ」
シアンの許可が出た時点で、兵士達は剣を収めた。
「じゃあ話し合おう。いくら立場が違っても、同じ人間なんだから分かり合えるさ」
「貴族から報酬を受け取っている冒険者風情が何を言う」
「俺は冒険者じゃないよ。特に何の仕事もない無職さ、シアンの友達ではあるけど」
この時までフェイクだったとは気付いていなかったらしく、盗賊の親玉は驚いたような顔をする。
「それに、俺は元々四民平等の世に生きてたんだ。君の言っている事も分からないでもない」
明治を舞台とした漫画の言葉を直接言っているので、意味があっているかどうかは不明だが、この時代が中世ならきっとそれなりに通じるだろう。
「私としても、民に不満が溜まっている状態は望ましくありません。どうでしょうか、平和的に解決する方法を、共に模索するというのは」
「姫様、このような輩にそんな――」
「構いません。カイトさんが信じようと言ってくれたんですから、私もそれを信じますよ」
はにかむシアンを見て、俺も自然と微笑んでしまう。
どこか気弱なところもあるが、こうした土壇場で強いシアン。
しかし、シアンは結局のところは子供なのだ。俺の世界ならまだ小学生で、子供料金を満喫できるような、遊ぶ事が仕事な年齢。
俺が盗賊へと手を差し伸べようとした時、電気椅子にでも座ったような違和感が体に襲いかかる。
瞳には、銀色の線としてナイフの軌道が映り込み、その最終到着地点がシアンの胸である事が判断できた。
油断していたのは、俺だったらしい。この最後の締めの段階で、俺は非常に徹しきれなかった。
それでも、後悔なんかはしたくない。
俺は一歩進み、盗賊とシアンを結ぶ銀の線の中心に、己の体を割り込ませた。