悪の組織Ⅱ
次の日の夜――腕時計の時刻でいえば二十時だが――俺は城を出る。
具体的な時間の指定がないだけに、夕日が落ちて暗くなって少し経ってから出発する事になった。この時間ならば不足はないだろう。
ケーキ屋で軽くお菓子をつまんで行きたくもあったが、目的外の行動はできない。今こうしている間にも不審者が出るかもしれないのだ。
そのまま煌びやかなケーキ屋に別れを告げ、深い闇の如く裏路地へと足を踏み入れる。
薄暗い道は主となる道から漏れる光だけで成立し、目視こそできるが不足が出てくるような悪路ではあった。
刹那、奇妙な気配を覚えて壁際に避けると、誰かがナイフを構えた男が視界に入ってくる。
「なるほど、お前が不審者か」
こんな狭い道を通る時には不便だが、狂魂槌は持ってきていた。
早速振り回して倒そうとするが、攻撃が命中する前に壁にぶつかり、不審者が有効射程に入ってこない。
咄嗟に叫んだ瞬間、不審者は裏路地から表へと逃げ出していき、その刹那に黒いポンチョを羽織っていた事が目に入った。
その後、三時間ほど待ったが例のおばちゃんは来る事なく、大人しく城へと引き返す事になる。
戻った直後にニオが掛け寄ってきた。今回は事情を伝えていなかっただけに、とても心配しているらしい。
「カイトさん、大丈夫でしたか? 大丈夫じゃないですよね! 早く手当てを――」
「大丈夫大丈夫! 怪我はしてないからさ」
かなりあわてん坊らしく、ニオは既に救急セットを用意していた。
しかし、あの場で叫ばなければ傷の一つは増えていたかもしれない。
日本での経験があったからこそ、自分だけでどうにかしようとしなかったのは功を奏したか。
完全に振り出しと思いきや、今回は相手の姿を見られた。
黒いポンチョという脱ぎようのある服ではあるが、おそらく次会ったら間違いない。
だが、どうにもあの不審者がただの不審者だとは思えなかった。ナイフの軌道や俺が裏路地に入るまで襲わなかった辺り、地の利を意識した戦い方をしている。
「どうしたんですか?」
「いや、どうにも奇妙でね」
「もしかして、女性問題ですか!」
「う、まぁそうかもしれないかな……」
実際はおばさんの問題だったが、女性という指定でも間違いはないだろう。
ただ、俺とは対照的にニオの方は取り乱したように救急セットを地面に落とした。
「えっ、誰とですか? やっぱりカイトさんは有名だからモテるんですか?」
「あっ、いや、そういう意味じゃなくてね――って、何で俺が有名って?」
ニオは胸――改めて見ると、かなり大きい――を張ると、なぜか誇らしげに語りだす。
「メイド仲間から聞きました! なんでも連続殺人犯を捕まえたとかっ! いやぁ、さすが私を助けてくれたカイトさんだけありますねぇ」
「それは関係ないと思うけど……それと、シアンの方に警備強化を要求してきてくれるかな」
自分で行くところが筋でもあるが、今はそれ以上に急がなければならなかった。
「かしこま! じゃ、行ってきますね」
随分遅い時間ではあった。それでも、今はシアンをたたき起こしてでも伝えてもらわなければならない。
槌を持ったままミネアの部屋へと向かうと、ノックを二回しただけで入った。
「こんな夜に何の用?」
「やっぱり起きてくれたね」
詳しくは分からないが、この狂魂槌を持っている間は魔力が上がるらしい。それも、誤差の範囲ではなくかなりの量が放出されているとの事。
「アポイントメント――事前に来る報告を言わなかったのはあれだけど、急用だから」
「あんたにそんな気遣いが出来ない事は分かっているわ。さ、早く言ってみなさいよ」
「城下町に不審者が出没している……それも、かなりの使い手だよ」
間髪入れずに言ったからか、ミネアは若干迷ったような表情を浮かべる。
「また、面倒な問題ね」
「これは俺の推測でしかないんだけど、ライアスだと思うんだ」




