本庄と志条
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志条は、元から大人しい人物だった。
輪の中心には入らず、そのグループの端の方でいつも控えめに微笑っていた。
他人から頼られる事が多くそれを引き受け、しかし裏を返せば物事を断れない性格とも言えた。
周りから嫌われている訳ではない。
馬鹿にされている訳でもない。
けれどその優しさにつけ込まれている。
そういう気がした。
そんな志条の表情が、日を追う毎に陰っていくのに気付く。
少なかった口数は更に少なくなり、唇が上がる回数も減った。
その事に気付いている人物は、何人いるのだろうか。
少なくとも俺の他に、志条の所属する美術部の顧問である新崎は、気が付いている気がした。
二人が廊下ですれ違う事があれば必ず短くとも言葉を交わし、最後にぽんぽんと優しく頭を撫でる。そうすると志条は、はにかむように笑うのだった。
新崎は、生徒から慕われている教師でもなければ嫌われている教師でもない。
生徒間で話題にのぼる事も少ない、そんな人物だった。
整った顔立ちではあるが、華やかさに欠け、乏しい表情が彼をマネキンのようにしている。
その新崎が、志条を気に掛けている。
彼も教師だったという事か、それとも他に何かあるのか。
俺と志条の間に、同じクラスである以外の接点は無い。
挨拶すら滅多に交わす事は無く、志条が俺を認識しているのかどうかさえ危うかった。
俺自身、何故彼の事がこんなに目に付くのか、気になるのか、解らない。
放課後、馬鹿みたいだと思いながら美術室に足を向けた。
教室入り口の引き戸は木製で、10×10cmくらいの小さなガラス窓が目線の位置にはめ込まれている。
そこから、制服の上から青いエプロンを着た志条が見えた。
絵筆を片手に立ったまま、キャンバスに向かっている。
キャンバスの前には、人物の顔を象った彫刻が置かれていた。
教室の中には、彼しかいないらしい。
近付いて話しかけてみたい気持ちと、それをしてどうするんだという気持ちがないまぜになって、扉に手を掛けてから動けなくなる。
考えている間に、志条が絵筆を置いて、どこか寂しそうに視線を動かした。
黒く丸い瞳が俺とぶつかる。
一瞬驚きと怪訝が表情に浮かび、志条がこちらに近付いて来た。
「本庄? どうした?」
「あ、いや」
がらりと扉を開けた志条が俺の名前を呼んだ。
呼んでくれた。知ってくれていた。
それだけでもう口が動かなくなった。
「美術の課題は期限まだだよな? 新崎先生に用か?……本庄?」
俺の瞳を覗き込むように、下から見上げてくる。
瞼を縁取る睫毛が一、二度瞬いた。
何を言おうかとも考えつかないまま口を開いた、瞬間。
「志条」
俺の後方から彼の名を呼ぶ声が飛んできた。
「新崎先生」
パッと。
志条が顔を上げて、俺の肩越しに声の人物を見る。
その表情を見た瞬間、名前を呼ばれた事で多少なりとも浮かれていた気持ちが急速に萎んでいった。
ああ、彼が寂しい顔をしていたのは新崎を待っていたからだ。
期待して顔を上げたのに、そこに居たのは俺だったから怪訝な顔をしたのだ。
もうそれだけで、この場にいるのが嫌になった。
何も言わずに踵を返し、昇降口へ向かう。
背中に二人の声が掛かったが、聞こえないふりをした。
悔しいのか。
俺は悔しいんだろうか。




