一話
「……頼む、聖女様! 我らが王国に迫る魔王の脅威を退けるため、その聖なる力をお貸しいただきたい!」
煌びやかな大聖堂の中央。突如として視界を覆った眩い光が収まると、私は謎の豪華なローブを着たおじさんたちに囲まれていた。
「え、あ、はい? 聖女……?」
戸惑いながら自分の手を見る。手首には、なぜか白銀のブレスレット。
そして足元には――魔法陣。
(うそでしょ、これ完全に『異世界召喚』のパターンじゃない!? 卒論の締め切り明日なんだけど!?)
脳内が大パニックに陥っていると、重厚な扉がギィと音を立てて開き、カツン、カツンと澄んだ足音が響いた。
そこに立っていたのは、一人の青年だった。
艶やかな銀髪に、吸い込まれそうなアイスブルーの瞳。彫刻のように整った顔立ちに、漆黒と金で飾られた軍服のような衣装を纏っている。背が高く、立ち姿だけで周囲の空気を圧迫するような圧倒的な存在感。
「……彼女が、我が国が呼び寄せた異世界の聖女か」
低く響く、思わず耳が孕みそうな極上のイケボ。
(顔が良い……ッ! 勝ち組! 異世界召喚、大勝利かもしれない!)
私が一瞬で前言撤回して心の中でガッツポーズを決めた、その時だった。
「……だが、ずいぶんと小さく頼りなさそうな娘だな。本当に魔王を討伐できるほどの聖気を持っているのか?」
青年はフンと鼻を鳴らし、腕を組んで冷ややかな視線を私に注ぐ。
(……あ、出た。ツンツンしてる初期好感度ゼロのタイプだ)
「はじめまして、聖女様。私はこのラングランド王国の第一王子、ライネル・フォン・ラングランドと申します。我が国の非礼をお許しください」
ライネル王子は一応丁寧な言葉遣いをするものの、その瞳には明らかな不信感と冷たさが宿っていた。
「あの……私、普通の女子大学生なんですけど。聖なる力とか、魔王討伐とか言われても全然……」
「フッ、謙遜か? それとも単に覚悟がないだけか。どちらにせよ、我が国を守るために召喚されたのだ。相応の働きを期待させてもらうぞ」
フッと鼻で笑うその態度に、私のカチンとスイッチが入った。
(顔が良いからって調子に乗りやがって……! 卒業論文のストレスを舐めるなよ!?)
「ちょっと王子様? 人を勝手に自分の都合で異世界から連れてきておいて、開口一番『頼りない』とは良いご身分ですね! 覚悟がない? 当たり前でしょうが! こっちは明日、大学の卒論提出日だったんですよ!?」
「な……ッ、なにごとだその不敬な口振りは! 卒論とは何だ!」
「私の人生の重大イベントです! 異世界召喚のせいで留年確定したらどうしてくれるんですか!?」
食ってかかる私に、ライネル王子は目を見開いた。
周囲の神官たちが「ひぇっ……王子にあんな口をきくなんて……」と震え上がっている。
ライネル王子は一瞬絶句したものの、すぐに不機嫌そうに顔を背けた。
「……口だけは達者なようだな。良いだろう、ならばお前のその『聖女の力』とやらを検分させてもらう。ついて来い」
◇
城の庭園に連れてこられた私は、王子の指示で小さな枯れ木に向かい合わされていた。
「この木は魔性の毒によって枯れてしまったものだ。お前に真の聖気があるならば、これを浄化してみせろ」
「そんなこと言われても……やり方なんて知らないし……」
「心で祈るのだ。大切なものを守りたいと、強く願え」
(大切なもの……私の単位……私の卒業……!)
必死の思いで枯れ木に手をかざし、強く目を閉じる。
(単位ください! 単位ください! 単位くださいーーー!!)
――――――ゴォッ!!
次の瞬間、私の手から爆発的な光が放出された。
「ぐっ……!? な、なんだこの圧倒的な光の量は……!?」
眩しさにライネル王子が腕で顔を覆う。
光が収まった時、そこにあったのは――枯れ木どころか、庭園全体を覆い尽くすほどの満開の花々と、瑞々しく生い茂る巨大な大樹だった。
さらには、毒で濁っていた城の池まで透き通ったエメラルドグリーンに浄化されている。
「あ……やりすぎた?」
私が引きつった笑顔で振り返ると、ライネル王子は呆然と立ち尽くしていた。その美顔が驚きで完璧に崩れている。
「バカな……枯れ木一本を浄化するつもりが、庭園全体の魔気を一瞬で消し去るだと……!? これほどの聖気、古の聖女すら凌駕している……!」
ライネル王子はゆっくりと私に近づいてきた。
その瞳からは、先ほどまでの冷たさが消え去っている。
「……お前、名前は?」
「え? あ、ユウキです。結城アスカ」
「ユウキ……か」
ライネル王子は私の目の前でスッと片膝をつくと、私の右手を優しく取り、その甲にそっと唇を寄せた。
「……ッ!? な、ななな何やってんの!?」
突然の騎士様ポーズに、私の顔が一気に沸騰する。
王子は顔を上げると、先ほどまでのツンとした態度が嘘のように、どこか耳を赤くしながら私を見つめていた。
「無礼を詫びよう、アスカ。お前の力を疑った私を許してほしい。お前は……本物の聖女だ」
「あ、いや、謝らなくてもいいけど、手が……手が近いです王子!」
「ライネルと呼べ。……それに、もう一つ謝らなければならないことがある」
ライネル王子――ライネルは、私の手を握る力に少しだけ強がりを込めた。
「お前を元の世界に帰す方法は……今のところ、ない」
「えっ」
「だが、誓おう。お前がこの世界にいる間、私が身を挺してお前を守る。魔王の脅威からも、あらゆる危険からも……そして、お前の笑顔を生涯かけて守り抜くと」
「え、ちょっと待って、話のスケールが急に大きくなって……というか『生涯』って言いました今!?」
ライネルは立ち上がると、私の至近距離で極上の微笑みを浮かべた。
氷のように冷たかったアイスブルーの瞳が、今は熱を帯びて揺れている。
「覚悟しろ、アスカ。お前が世界を救うまで……いや、救った後も、私はお前を離すつもりはない」
「チョロい! 好感度の上がり幅がチョロすぎるよ王子様ーーーーー!?」
こうして、卒論に追われていた私の日常は崩壊し、ツンデレ(?)な超絶イケメン王子に激甘に迫られる異世界生活が幕を開けたのだった。
(……まあ、顔が良いから許すけどね!)




