25 何年経っても
一番嫌いな姿が、何故猫だったのか。
このぶちゃいくな猫は、魔法使いにとって何よりも憎らしく……愛おしい存在だった。
猫は、魔法使いが幼い頃に世話をしていた野良猫だった。
魔法使いが唯一愛した、けれど魔法使いより先に死んでしまった、愛を教えたのに愛を置いて逝ってしまった最愛の姿だった。
魔法使いにとって猫は最愛で、けれど自分を置いて逝った恨めしい存在だった。
まさか悪徳魔法使いが傷ついた少年の心を抱えていたと知らなかった女王は、うっかり彼の柔らかい傷を晒してしまった。
条件付きの魔法は、条件を満たさないと解く事ができない。悪徳魔法使いはぶちゃいくな猫になり、その魔力から悪徳妖精に変質していた。
それに気付いた女王は自らの行いを後悔して妖精界へ引きこもった。自責の念だった。
そして他の妖精達は、女王が引きこもるほど人間に傷つけられたと勘違いし……世界中が混乱するストライキを起こしたのだった。
女王が気付いたときには手遅れで、妖精達の中で人間ネガティブキャンペーンが燃え上がっていた。
女王は今、側近達と、なんとか人間ポジティブキャンペーンに誘導できないかと四苦八苦している所だ。
そんな時に人間界で光り輝くラブシャワーを見付けて、そこに見失っていた悪徳妖精の姿も見付けたのだった。
『私は、あなたが愛を知れば、私の愛を受け入れて貰えると思っていたのよ』
『いーっ!』
『威嚇しないで頂戴……間違っていたと、ちゃんとわかっているわ』
申し訳なさそうにしながら、朝露のような女王が葉から滑り落ちる。ぶちゃいくな猫の腹に落ちた女王は、その毛並みに身を沈めた。
『ごめんなさいね。あなたが私を見てくれないからって、酷い事をしたわ……私もあなたに酷い事をされたけれど、だからってここまでする気はなかったのよ』
ぶちゃいくな猫はしたんしたんと尻尾を地面に叩き付けた。
『愛を知るまで、なんて私が条件を付けたから、あなたはずっと魔法少女達で愛を試していたのでしょう』
叶わぬ恋をする少女を見付けては、試練と嘯いて力を与えていた悪徳妖精。
その多くは、道半ばで倒れてしまった。愛が足りなかったのだと嘆く少女達を見て、悪徳妖精は愛などこんな物だと眺め続けたのだろう。
愛なんて、搾取されれば枯れるもの。
想いを返されても不安や嫉妬、猜疑心で濁っていくもの。
そうしていずれ破滅するのが愛であると……悪徳妖精は思っていた。
グリンレインと出会うまでは。
『魔法少女ラブシャワー……彼女の輝きは、世界を越えて妖精達にも届いたわ。ネガティブキャンペーンで人間から目を逸らしていた妖精達も、興味を持って人間達を覗きはじめたわ。きっとこれから、昔のように交流する機会が増えると思うの』
『嘘デショそこまで影響していたんですかィ??』
確かに悪徳妖精がジュッと浄化されそうになるくらい光り輝いていたけれど。
『あなただって、彼女の愛を見て来たでしょう? 今までの子とは違う、エネルギッシュでフレッシュな愛を』
『そりゃァ愛とか恋とか以前にあの子が規格外なだけでィ!!』
悪徳妖精は叫んだ。
グリンレインが規格外なのだ。
『でも、愛情はたっぷり感じたし、魔力から受け取ったでしょう?』
『ぐぬぬ……』
グリンレインの代償は愛情だ。
そしてその代償を受け取っていたのは、悪徳妖精。
つまりグリンレインの愛情を直に受け取り続けていたという事で……。
『っかぁ――――ッ!! わかってやすよォ胸焼けするくらいの熱量はァッ!! というかあっついんですけどォ毎回毎回!! 熱湯浴びせられている気分だったんですけどォ!! しかも甘いんでさァ!! キャラメルかなー!? 焦げそうだなァー!!』
妖精でなければ火傷必須だった。
しかし妖精だからこそ感じる熱さだった。
見ないふりをしていても、わからせられる熱量だった。
そう、流石の悪徳妖精も認めざるを得ないほど、グリンレインは愛に満ちていた。
『うん、あなたはもう、愛を知っている……納得するかは置いておいて、否定できないくらいの愛を受け取ったから』
毛並みを堪能するように寝転んだ女王は、ゆっくり微笑んだ。
『そしてあなたがこの姿のままなのも、あなた自身の愛でしょう?』
『……』
女王が曝け出してしまった柔らかな傷。
昔失った、何より愛しかった猫。
その姿のままなのは、置いて逝った存在が憎らしいと共に、愛おしいから。
ぶちゃいくな猫の尻尾が、またしたんっと地面を叩いた。
『……相変わらず頭がお花畑ですねェ。別にあっしはァ? 未練とかあるわけでなくてェ? ただ長年この姿だったから人になるより過ごしやすいってだけでェ』
「ここに居ましたのね悪徳妖精!」
『ぶみゃー!!』
ぶつぶつ言い訳を重ねていた悪徳妖精を、草木をかき分けたラブシャワーが見付けた。
見付かった瞬間、あっという間に抱き上げられて、強く抱きしめられる。振り落とされそうになった女王は慌てて毛並みにしがみ付いた。その姿は毛並みに埋もれて全く見えなかった。
「いつも戦闘の時には隠れてしまうのですもの! 見付けるのに苦労しましたわ」
『にゃにゃにゃにゃにゃんでェ!! にゃにごとでェ!! いつ戦闘が終わったんでェ!?』
「少し前ですわ。今日もメンタル様が活躍しましたわよ!」
「いや一番活躍したのはラブシャワーだ」
ラブシャワーのすぐ後ろで訂正するメンタルだが、彼の鎧に付着する返り血の量が凄まじい。妖精の加護が強化されてから、ラブシャワーに付いていけるようになった彼の力量はラブシャワーの突撃に耐えるほど強固だ。
「森も落ち着いた。そろそろ帰還するが、ラブシャワーは悪徳妖精が居ないと探していた」
「気付いたら傍にいますけれど、戦闘中にちょっと見えました。居るなら一緒に帰りましょう」
そう言ってラブシャワーはぶちゃいくな猫を抱っこし直した。
この少女は、自分が規格外な契約を更新中だとわかっていないのか、悪徳妖精を相棒のように扱う。
細腕に抱かれながら、悪徳妖精は居心地悪そうに身動いで逃げだそうとした。しかし魔法少女の腕力には勝てなかった。あっさり抱き直される。
『結果的になんとかなっているだけってのに、呑気なものですねィ』
「結果論はお嫌い?」
『嫌ダメでしょ……』
「いいではないですか。なんとかしたもの勝ちですわ」
それはどうなんだ貴族として。悪徳妖精は苦虫を噛み潰したようなくしゃくしゃな顔をした。よく見ると隣のメンタルもしわくちゃな顔をしている。吹っ切りはしたが、悪徳な契約内容にはやはり思うところがあるのだろう。
しかしラブシャワーは、グリンレインは笑う。
「愛している限り戦えるなんて、わたくしは良い妖精と契約できましたわ。今日もありがとうございます。これからもよろしくお願いいたしますわ!」
にっこり笑う笑顔は、メンタルが平和な日常として愛した輝かしい笑顔。
グリンレインの姿になったというのにエフェクトが飛んでくる気がして、悪徳妖精は目を眇めて更にくしゃくしゃな顔になった。
『悪徳だって、言っているでしょォがァ……』
容赦したつもりはないのに、グリンレインはいつだって好意的だ。
契約は悪辣だが、契約者が規格外だったからこうなった。
人様の愛情を囓って削って愛なんてこんな物と嘲笑っていた悪徳妖精の腹は、グリンレインによるメンタルへの愛情でぱっつんぱっつんだった。もういらないと言いたいのに契約期間はグリンレインの愛情が尽きるまで……この状態では、間違いなく数年は終わらない。半年もっていい方だと思っていたのに。もしかしたら十年は続く。
悪徳妖精は脱力して、諦めた。
『ええい、この子の愛情が尽きるまで見張っていてやるゥ……!』
やけくそだった。
女王は毛並みに紛れ、クスクスと笑っていた。
それから魔法少女がどのような活躍をしたのかと言えば。
十数年後。幼い子供達が手頃な枝を掲げて「てぃんくるしゃわー!」と叫ぶくらいには、日々活躍していた。
年をとっても、子供を生んでも。
グリンレインは、魔法少女として旦那様を護り続けた。
それが、二人にとって何よりの愛の証明。
「愛していますメンタル様!」
「愛しているグリンレイン」
想いが返ってくる限り、ラブシャワー愛の戦いは終わらない。
悪徳妖精がラブラブ夫婦による愛の熱に灼かれるのも変わらなかった。
『年を重ねるごとに重くなっていくのなんでぇ!?!?!?』
胃もたれになった。
おばあちゃんだって魔法少女になれるので、グリンレインは愛情が続く限り魔法少女。
常に全盛期の姿で戦う魔法少女。
愛情も常に全盛期。
猫ちゃんの胃はもたれました。




