参拾漆 勇者一行2
大変遅くなりました。
勇者一行二話目です。
ケンゾウ達が宿に着く頃には辺りはすっかり暗くなっていた。日が傾くにつれて人が増えた街道は進むには時間がかかったのだ。
合流前の出来事の衝撃が強すぎた、というのも足取りが重くなった一因でもある。
つまるところそれは、異世界に招かれ、魔物を殺し、盗賊を、悪人を懲らしめ、時に殺めてしまっても尚残る、魔法や神などという神秘のない世界で培われていたものが未だ残っているという証明であった。
結局、人というものは理解し得ないものに遭遇すると、目を逸らし思考を鈍らせようと現実逃避を始める生き物なのだ。
ケンゾウのは正にそれだ。
「帰ったぞー」
「ふえぇぇー……疲れた」
宿に入るなり二人はルルーアとユウリのいる部屋まで行くと椅子にドカリと座り込んだ。
その疲労感はいつもの行軍よりは無いものの、久し振りに人混みに塗れることが通常よりも多くの疲労を上乗せしていた。
「買い出しでそんなに疲れるなんて何があったのよ」
「コイツの足がおっそくて帰りの混雑時間に巻き込まれたんだよ畜生!」
「……すまない」
「へえ。あなたでも足取りが重くなることがあるのね。鉄仮面貫いて何にも動じない堅物野郎かと思ってたわ」
「あんたにとっての俺のイメージってそんなだったのか……」
「け、ケンゾウ君は堅物なんかじゃないですよ!?思考や感情の柔軟性と表情の硬さが反比例してしまっているだけで!」
「ユウリ、それフォローになっとらんだろう…」
「なぁに?硬派に見えて実は軟派だったってわけ?」
「例えるならそうなんだけど、そうじゃない……」
「ケンゾウ君は常識と良識を兼ね備えてて、多分私達四人の中で一番元の世界の常識が残ってると思います。私やルルーアさんの魔法を見る度に首を傾げて「原理がわからん」と言ってるので、きっと帰りにそれっぽいことが起きてきっとキャパオーバーになってしまったんだと思います!」
「ああ…もうそれでいい………」
おいおいそれで良いのか、とジェンバは隣に座る男を見た。
その視線に気づいたケンゾウは、これ以上ややこしくなるのはゴメンだしかなり的を得ているからもうこれでいい、という意味を込めて視線を送る。
目だけで会話するという高等技術をしながら二人は防具を解いて寛ぎ始めた。
というのも、大人数が泊められる大部屋と二人部屋しか空いていなかったこの宿しかもう空きは無く、その二人部屋を当然とでも言うようにキイチとアイリが占領してしまったのだ。
幸いだったのは大部屋に仕切りがあり部屋を二分する事ができることと、残った四人の仲が良好だった事だ。野宿で雑魚寝する事に慣れていた事も四人の抵抗を減らしていた。
「そんで、首尾はどうだ?操れるようになったかい?」
「流石に一日二日でどうこうなるようなものじゃないわよ。センスがいいからそこら辺にいるような奴らよりは早く済むでしょうけど」
「キイチが文句を言いそうだな。アイリも」
「ううっ……」
「そんなもの言わせておきなさい。どうせポンコツがどうこう言ったところでポンコツはポンコツ。どうやってもユウリの方がセンスも器量も格段に上よ」
「あぅ、ありがとうございます…!」
キイチを貶す言葉の後に自分への褒め言葉という不意打ちにあったユウリは驚いて顔を俯かせた。周りは彼女の耳が赤くなっているのが見えてふふっと笑った。満場一致で全員(ユウリを除く)が可愛いと『念話』で伝え合う。
可愛いと言えば、とケンゾウは露店で買った物を思い出した。
「今日露店で良いものを買ったんだ。どうだろうか」
そう言って袋から青い髪飾りを取り出して見せる。
すると、三者三様の反応を見せた。
一人はボッと顔を赤らめ、一人は「あらあら」と感心し、一人は「ヒュ〜」と口笛を吹きニヨニヨと肘で突いた。
イラッときた反応にケンゾウは脳天に手刀をくらわせた。頭を押さえて「痛てぇよ!」と言うが、その実ダメージはそこまで通っていない。寧ろ、反対にケンゾウは手が痛いと思う程だ。
つまり彼は、常人が痛いと思うであろう事柄に対し「痛い」と口にしたに過ぎない。
ケンゾウは彼の矮人としての地の頑丈さを改めて痛感した。しかし、だからこそ彼はこの勇者パーティーの中で壁役を任されるのだ。
その頼もしさに感謝はできれど、やはり先程の彼の言動はムカつくのでケンゾウは再度手刀をお見舞いした。
「あの馬鹿は放っておいて、ケンゾウ……あなたいい買い物をしたわね。勲章ものよ」
「そこまでは……」
「形は何であれ今の私達には必要な物よ、それは。渡す相手にも配慮があるのって良い男の証よ、ねぇユウリ?」
「ふえ!?あっ、そ、そうですね!!?」
「あなた、動揺し過ぎじゃないかしら?」
「そ、そそんな事ないですよ!?とっても似合うと思います!ルルーアさんに!!」
「何を言っているの?これはあなたに向けてのものでしょうが」
動揺、狼狽……取り敢えずあらゆる落ち着きの無さを引っ括めたような状態のユウリは、ルルーアの言葉を頭の中で二度三度復唱した。そして理解した。
「え、私!!?」
「そうでしょうよ。水属性の属性石に『魔力制御(水)』、『魔法補助(水)』、『魔法威力上昇(水)』って、これでもかと水属性に対して加護かと思う程の恩恵があるのよ?あなた以外に誰がいるって言うのよ。え、何?嫌なの?」
「そうなの、か……」
「いや、いやいやいやいや、嫌じゃないです嫌なわけないですって!」
青い髪飾りを持ったケンゾウの方をちらりと横目に見ながらユウリは叫ぶように言った。
拒絶を必死に否定し、寧ろ嬉しいということを全力で肯定する。
「見ず知らずの人から貰うよりも、ケンゾウ君みたいに知ってる人から貰った方が何倍も嬉しいですっ!」
と、言うと、その場にピタッと止まり自身が言ったことを思い返してユウリは赤面した。
「これがあれば、お前の魔法の補助になるだろうと思ったんだ。受け取ってくれるか?」
「……ぅ…ぅぅ…は、ぃ」
最後の方の声が小さく萎みながらも、ユウリはケンゾウから髪飾りを受け取った。
手に取り装飾を見て小さく「綺麗…」と呟くと、手鏡を取り出して左の髪に挿した。
ニコニコと喜びを隠しきれない様子を、三人は気付かれない範囲で温かい目で見守っていた。
〇
「す、すごい……すごいです!!この髪飾りとってもすごいですっ!!」
「おぅ…凄いぜ……」
「えぇ…凄いわ……」
「あぁ…凄いな……」
遠い目をする三人を余所に、ユウリはキラキラした目で魔法を使っていた。
三人の視線の先、ユウリが魔法を放った後には、大きなクレーターができていた。砂浜であるためサラサラと舞い上がった砂は戻っていくが、硬い岩盤まで届いているらしく周囲には岩片が散乱している。
「あれってあんなに相乗効果あったっけか」
「知らないわよ。…私でもあんな威力にはならないわ」
「そうなのか?」
「ええ、余程相性が良いんでしょうね。水とは流動、変容、そして寒冷という意味があるわ。変容と似た意味で適応とか寛容と言ったりもするかしら」
「ああ、ならユウリにぴったりだ。彼女は人に対してかなり寛容だ。人の流れに乗るのもな。それで意見に流されてしまうのが玉に瑕だが……。そして適応能力が昔から飛び抜けて良い。この世界に一番に順応したのは彼女だからな」
「あら意外。てっきりあのポンコツだと思ってたわ」
「あいつが一番受け入れ難くしていたよ。今もまだしていないだろう。ゲームだと思って現実だと受け入れられない状態だ。まあ、俺も理解はして受け入れて入るのだが、超常現象を目にするとどうしてもまだここは異世界なんだなと痛感して驚くのが抜けていないがな」
「そうやって自覚している方が何倍もいいわよ」
「そうだぜ。まだたった一月しか経ってねえんだぜ?それでここまで来れてるんだから重畳よ!」
「そう言ってくれると助かるよ」
三人がそう談笑している間にもクレーターは増えていき、ユウリも何が狂ったのか延々と魔法を撃ち続けていたため、ルルーアよりストップが入った。止められたユウリは少し拗ねていたが今まで上手くいっていなかった分が思い通りにいって、拗ねなど一瞬で吹き飛び大層機嫌を良くしていた。
「ふっふふ…これならキイチ君も文句言わないでしょう!そうだよね、ケンゾウ君?」
「寧ろ、本当に一日で仕上げて顎が外れるんじゃないか?」
「ハッハハハハハッ!!そうなったらおもしれぇなぁ!!」
「朝から煩いわよ」
「良いじゃねぇかよ他に人がいねぇんだからよぉ」
「私の耳に響くのよ」
「二日酔いかっ」
「あんたと一緒にしないで」
ニコニコと笑うユウリとケンゾウの後ろでルルーアとジェンバが肘でど突き合っていた。ゴスッ、ドスッ、と凡そ人の身では出ないような音をBGMに、ケンゾウはキイチとアイリがどれ程遅れてやってくるのだろうと内心大きな溜め息をつきながらユウリが落ち着くまで待っていた。
ルルーアの言った「変容の似た意味」という所で疑問が出たであろう皆様に補足説明です。
変容とはつまり変わること
水はそれぞれ変化します。氷、霧、雨、雪となりますが、水である、水であったことに変わりはありません。
そして、型に入れられるとその形に変わります。しかし水であることは変わらない。型に入ったことで形は変わりましたが、ちゃんと水なのです。
適応とはその場に、その状況に合わせること。型に入れられた水と同じように、芯の部分は変わらずとも、状況によって思考や行動を変えます。
そこから取りました。
寛容とは他人を受け入れること。つまり、他人に対して受け入れる器を変化させて相手に合わせるということ。自分自身は変わらず、受け入れる所だけ変化させるのは、柔軟に変化する水と同じだと思いました。
どちらも私自身の独自解釈から来るものです。
ん?となってもスルーするのが一番の対策法で解決法です。
ブラウザバックも一つの手ですね。
というわけで、ここまで読んでくださりありがとうございます。
ブクマ、感想お待ちしております。
次話もどうぞお楽しみください。