弐拾弐 だって俺の
イラプションサイドです。
今俺は盛大に後悔している。
やってしまった、の一言に尽きるような事ではないが、それでも迷惑をかけることをしてしまったことには変わりない。
「はああぁぁぁぁぁぁ……」
「その溜息、俺がしたいくらいなんだが」
「だって、だってぇ!ヴェ二ーが絡まれてたんだぞ!?それにどうやって冷静に対処しろってんだよぉ!無理だろう!?」
「そうだったな。あんた超短気だからな」
「ううううっ……」
俺は唸りながらさっきまでの出来事を思い出す―――
最初に気付いたのはアトラだった。真横にいたはずのヴェ二ーが流れてきた人混みで一瞬でいなくなった事で、焦りと不安が混じった青ざめた表情で俺達の所に来たのだ。魔力の感知はできる。だが、正確な居場所が腐る程いる人間族のせいで全く見当がつかなかった。
視界の限り、目に見える範囲以上を、目を凝らして一人一人を見ていく。だが、どこにも見えない、見つけられない。
ヴェ二ーは俺達の中で背が低い方だ。だからといって人間族達の中で比べたら大きい方ではある。だから、それでも見つけられないのが、俺にはショックでしかなかった。
大っ嫌いな人間族達の人混みを掻き分けて前に進んでも、それは変わらなかった。もしかしたら後ろの方に流されたのかもしれない、そう思ったこともあった。だが、後ろから押し寄せる波に逆らって来た方向に行くのは、無理矢理にでもやらなければ無理だろうと、それは危険だろうと、レクトに反対された。
じゃあ……じゃあ…じゃあ、どうすりゃいいんだよ。ヴェ二ーはどこだ、どこにいるんだよ!
イライラが募るばかりで何も進まない。叫んで呼んでも返事すら聞こえない。
目の前が真っ暗になりそうだった。
「くっそ、いねえ!どこにいんだよ!!」
「イーラ、ちょっと落ち着き…」
「落ち着けるかっ!!」
探せ、探せ、探せ探せ探せ探せ探せ探せ探せ!!どこにいる、魔力の残滓を追いかけろ、声を拾え、ヴェニーはどこだ、俺達の、俺達の…………俺の、ヴェニーはどこだ!!
その時、俺の中に情報が走る。
「…っ、あ、ああぁっ!」
見つけた…見つけた……!!
知ってる魔力、知ってる声、どれも、何よりも大事で、俺の一番愛しいもの。
「俺ちょっと行くわ」
「は?ちょ、あんた待てよ!」
「イーラ!?」
「噴炎龍様!」
「イーラ、止まるのだ!」
レズフォンス達の静止を振り切って俺は俺が感じ取った中央へ向かう。
流れに沿っているからか、とてもスムーズに前に進む。進むにつれて人間族の数が減ってきて、前が開けてきて視界が良好になってくる。
そして、あの緑の髪がチラリと見えた。
「ヴェ…………………………は?」
俺の目に見えたのは、数人の男に囲まれているヴェニーだった。
その瞬間、目の前が真っ赤に染まる感覚がした。
何してんだ何してんだ何してんだ何してんだ何してんだ何してんだ何してんだ何してんだ何してんだ何してんだ何してんだ何してんだ何してんだ何してんだ何してんだ何してんだ何してんだ何してんだ何してんだ何してんだ何してんだ何してんだ何してんだ何してんだ何してんだ何してんだ何してんだ何してんだ何してんだ何してんだ!!!!!!!!!!
殴りかかりたい衝動を抑えながら今いる丁度ヴェニー後ろから近づく。
腕を握られ、引っ張られたヴェニーが少しよろける。俺はそれを肩を引き寄せて阻止した。
誰だ、と振り返ったヴェニーがぎょっとした表情で俺を見つめる。
「あ…い、イーラ?」
「ヴェニーちょっと黙って」
「え、あ、はい」
「王に対してその対応は何だ!」とレクトからお仕置きを受けそうだが、今はそんな事どうでもいい。こいつらどうしてくれようか。このまま燃やし尽くして灰にしてやってもいいんだが。だが、俺はそれを却下した。せっかくのヴェニーとのお出かけ。何か問題を起こして(すでに起こしているけど)それで二度と一緒に行かないなんて言われたら、俺は多分立ち直れない。
そう思ったら、俺は少しヴェニーを掴む力を強めた。痛みが出ないように優しく、強く。
いやでも立ち直る立ち直らないの問題よりも今現在進行形で進んでいるこの状況をどうにかしないとだな。
何をするべきだ?さっさとここから出たいけどこいつらなんかしつこいんだよな。後ろにはまだ人間族めっちゃいるし前は勿論だけどこのクソ共がいるし。上は……目立つから駄目だよな。十分目立ってるだろうけどこれ以上は流石にやばいと思う。
なんかまだ何か言ってるし。黙れようるせえな。
「なあおい無視すんなよ」
「聞こえてんなら返事くらいしろよ」
「なあ、マジでその子の何?ほんとに連れ?なんか喋れよ」
あ"ぁ!?おめえらに話すことなんざ一言もねえよ!どっか消えろよマジで!!
「あのさぁ、その子の彼氏でもないんだったらマジでさっさとどいてくんない?」
ビキッ
ああ、また目の前が赤くなりそうだ。
俺は近づいてくる男を前にして、理性が弾け飛びそうになった。しかし、俺の横にいるヴェニーを見た時、それがスンと収まった。
……やっぱ、駄目だわこれ。かなわないや。もう色んな意味で。
で、だ。おいてめえ今何つった。「彼氏でもないのに」だと?俺が今一番なりたいもん今ここで言うんじゃねえよ!!んでもって!!!!
「俺のヴェニーに近づくんじゃねえ!!」
男達を殴る…否、拳が当たるスレスレの位置を調整し、風圧で吹き飛ばした。
十メートル位の高さまで、人間族が死なないギリギリの高さまで。
山のように積み重なって落ちた男達からは、微かに呼吸の音が聞こえた。
ちゃ、ちゃんと生きてる、な。おおおおおおおおおお俺、ちゃんと手加減できた……!!
そう心の中で表情には出さずに歓喜していると、バタバタとこの街の警備員みたいな人間族がやってきた。どうやら、男達が吹き飛んだのが見えたらしい。
「君達!一体何をしているんだ!」
「何って、こいつらが…」
「す、すみません!事情を説明しますから少し待っててもらえませんか?」
警備員達が話しかけてきて、歓喜の中にいた俺はそれを遮られて少し苛ついた口調で答えようとすると、ヴェニーが俺が言いかけているのを遮って代わりに答えた。しかも敬語で。
「ん?ヴェニー、何でこいつらなんかに」
「ちょっと来い」
「え」
「いいから」
有無を言わさぬその目に若干恐怖を感じた俺は、そのヴェニーについて行った。
そして近くの壁に来た時、額に手刀を受けた。
「いっ!?」
「ばっか何そんな苛ついた口調で答えているの!今の私達がどういう設定でここに来ているのかわかってる!?たしかに逸れてあの男達に絡まれた私も悪いけど、それを解決してくれて感謝する。でもね、私達はあくまで一般市民!警備隊はこの街で力のある集団なの。一般市民ならばそれに逆らうようなことはしない。言ってる意味、わかる?」
「お、おう…」
小さい声だが、言い聞かせるように話すヴェニー。俺の小さな返事を聞くと、すぐに警備隊の元へ戻ってしまった。
頭を下げて「すみません」と言う姿を見て、俺が何をしたのか、改めて、深く、反省した。
「ねぇ、イーラ、あれ、どういう状況」
「事と次第によっては、許さぬぞ」
「ヒュッ」
背後からヌルッと出て肩を掴んできたシーとレクトに、俺は脂汗が止まらなかった。
やばい、と心の中で延々と連呼する。
特に、レクトに関しては本能が警笛を鳴らすくらいには。
「あ、あっ、あの、だな」
「何故王が人間族に向かって頭を下げているのだ。王が何か粗相をするとは思えない。よって、原因はお主だな?」
「言い訳無用よ、レクト、やっちゃって」
「言われずとも」
「ああ、ちょっと待って」
話を終えたヴェ二ーが駆け寄ってきた。表情に僅かな疲労が見えたが、嬉しそうに笑っていた──
「さっきはああ言っちゃったけどさ、来てくれてありがとう。そうだよね、怒るよね」
──爆弾を持って。
「皆の王様なのにさ。でも嬉しかったよ。俺のって言ってたからさ、ちゃんと王様って認められてる気がしてさ」
「…………」
うっそぉ…………。
「ヒェッ」
「……ァァァ」
「はぁぁ……」
「ヴェニーちゃん……」
「ん?どした?」
「いや……うん、何でもねえ」
「何か顔色悪いよ。どっか…」
「ヴェ、ヴェ二ー!ちょっとこっち行こっか!な?皆さんも、少し抜けていいですかね!?レズフォンスさん!」
「あ、ああ、そうしてくれ!!アトラ頼んだ、今度は手を離さないように、な!!」
「はい!さ、行きましょ、行きましょ」
「ちょ、アトラ!?」
「茶葉!そう茶葉見に行きましょう!ね?ね!?」
「お、おう…」
そのまま背を押され、だがしっかり手を繋がれた状態で俺らのいる所から離れた。
―――そして現在に至る。
やってしまった。本当にそこだけは後悔してもしきれないんだけどさ、でもさあ、アレはなくね!?掠りもしてねえじゃん!
姿が見えなくなると、俺の背後から三つの手の平が肩を叩いた。同情するような、慰めのような手だった。
「その……ドンマイ」
「あんたのことは、本当に気の毒だとは思うけど、あの強敵に挑んだのはあんた自身だから、俺は何も言えねえけど…頑張れ」
「おいこらレズフォンス、見えなくなった途端にそっち方面に回るか、普通」
「王は、強いぞ」
「お前らぁ………!」
「だがそれとこれは別」
「は?」
「王にあのようなことをさせたこと、まだ許してはおらん」
「は!?今の流れでそれ言うか!?」
「さあ来るのだ。我は手加減はせぬ」
「ヒェッ…!れ、レズフォンス!シー!」
俺はレズフォンスとシーに助けを求めたが、それは却下された。明後日の方向を向いて「関係無い」と完全に敵陣地にいる。
そのまま俺は背を掴まれ、レクトに異空間に連れ込まれた。
やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいぃぃぃぃぃぃぃっ!!!
マジでやばいって!!
レクトの説教はマジで怖いんだって!!
レクトもといマザーレクトは、温厚で、冷静で、寛容で、そして最も非道且つ激情家である。
普段は優しく朗らかな龍であり、怒りなど微塵も感じさせない。しかし、マザーレクトの持つ大罪能力は、〈憤怒〉。怒りを冠する大罪。
いくらイーラが短気で怒りっぽいと言われようが、その怒りのエネルギーがレクトに敵うわけがない。
俺達が前に怒った時だって、レクトは全然本気じゃなかった。あいつが本気で怒ったらそれこそ天変地異で世界が終わる!大地そのものを動かすんだぜ?地震一つでも人間族は大きな影響を受ける。大地を動かし山をも躍動させ噴火を促し、津波すらも起こさせる。俺達の力を介さずともそれをやってのけるんだ。地割れだってお手の物さ。一度それやって深く反省したのか今ではもう本当に丸くなって〈忍耐〉の方が強くなってるからいいけど、それでもマジで怖いから俺もシーも怒られるのだけは本当に怖んだよ!
「さて、話をしようかの」
「ひゃぃ……」
延々と口から出てくる言葉一つ一つが俺にはもう恐怖でしかなかった。
肩に置かれた手が酷く冷たい。
恐怖を感じたくない俺は、軽く意識を飛ばした。しかし、すぐに引き戻される。
「イーラ、聞いておるのか?」
「い゛って!っつねんなよ!ヒッ…!」
「うん?どうかしたか?」
つねられたことに抗議しようとレクトの方に振り返ると、俺は小さく悲鳴を上げた。レクトの顔は目が最大限まで開ききり、口も引き攣り上がり、普段の温和な表情からは想像もつかない顔をしていた。
「ぁ……ぁっぁぁ……」
「どうした、そのように口を開閉して。魚の真似でもしておるのか?」
「いや、あの、だな?」
「話はまだ終わっておらんぞ。早く終わらせねば、王も買い物を済ませてしまう」
「!!」
やっべ、そうだった!
………隙きを見てここを出
「出られると思ったら大間違いだぞ?」
「ひぇえっ!」
「そうだの。先は拳を振り上げておったし、肩もみでもしてやろうかの」
「いやいや、いらねえから。そんなのいいから早く出ようぜ?な?な?」
「そう遠慮するでない」
「いやだから遠慮なんかじゃってでででででででで!!」
「ほーれほーれ、凝っとるのお」
「凝ってなんかっただだだだだだ!!」
「まるで質の悪い蓄音機じゃな」
「ああ゛!?」
「なんじゃ」
「………ゴメン」
「そうじゃそうじゃそれでよいわ」
それからずっと肩をゴキゴキ言わせながら、肩もみという名の拷問を受けた俺は、レクトの「そろそろかの」という言葉で開放された。
「この次はないぞ」
「わぁってるよ」
肩を回しながら俺は異空間を出る。その後ろからレクトも一緒に出てくる。出た所はさほど目につかない路地裏で、少し歩けば先程レズフォンスとシーと別れた所に出た。
辺りを軽く見渡すと、よく知る青い髪と赤い髪が見える。それ以外にも知っている顔が見えた。リゴーテやシェロン達と合流したのだろう。
「た、ただいま…」
「おかえりなさい。久しぶりのお説教、どうだったかしら」
「ほんともう二度と経験したくない」
「それならもう二度とやらねえでくださいよ…」
「俺頑張って耐えてたのにそれ言うか!?」
マジで本気で殴らないようにしたのに!
それを知らないレズフォンス達は好き放題に言う。しかし、皆同じく最後にはこう言った。
「まあ、気の毒だけど、ワタクシ、応援する気はサラサラないわ。茶化しはしそうだけど。せいぜい頑張りなさいな」
「俺はまあ、あんたは俺のご主人だし何も言わねえけど、もう一度言うけど、頑張れ」
「我は王の邪魔になるようなら相手するぞ。だがまあ、頑張ることだ」
「も、マジでなんっなんだよ!!」
頭に血が上りそうなところで、ハッと俺は気付く。
「そういや、ヴェニーとアトラは?」
「この街の西側にある商業区で紅茶の茶葉を買いに行ったわ。あなたが出てくるちょっと前にやっと店に着いたって言ったたから、今選んでいる最中でしょうね」
「ああそうか、何ともないんだな?」
「今のところは、としか言いようがないわ。ヴェニーちゃんって、案外トラブルメイカーなところがあるもの」
「それ、ヴェニーの前で言うなよ?」
「わかってるわ。言わないわよ。言うつもりもないわ。嫌われたくないし」
「そう言ってはおるが、実際どうかはわからぬぞ」
「大丈夫よ、多分」
「その根拠は?」
「だってヴェニーちゃん、こっちから向ける感情だけには、鈍いようだし」
「は!?」
「まあ、殺気とか敵意とかそういう命を脅かすものに関しては敏感に反応するけれど」
「いや、は!?」
な、なんだそれ!それじゃあ俺無理じゃね!?鈍いってマジで!?
俺の勝機ないじゃん!!
「そうがっかりするんじゃないわよ。ヴェニーちゃんにちょっとずつ自覚させていけばいいだけの話よ。手伝いはしないけどね」
「こんの薄情者がっ!」
そう言った瞬間に、シーから怒気のようなものが溢れる。顔を近付けたシーの顔から、俺は目を離せなかった。
「あら、ワタクシはあなたに〈嫉妬〉せずに〈感謝〉の心を持って接しているのよ?このワタクシが、あなたに対して、よ?この意味、わかるかしら?」
「…………」
俺は無言になってそれ以上は何も言う気にはなれなかった。
正直言って、俺はシーが何に対して〈嫉妬〉し、何に対して〈感謝〉しているのかわからない。
それはそれで、俺もまた原龍種という名の仲間の感情を汲み取れない薄情者でもあるのかもしれないと思ったのはちょっと秘密だ。
考えを放棄するのは俺の得意とする事。今は、この事に対して考えるのをやめよう。きっと、このお出かけの間それだけを考えてしまうかもしれないから。考え続けるのは俺の得意とする事だから、しようがない。
だからもう、今は〈怠惰〉、お前の力を少し使う。〈勤勉〉、今は少し眠ってくれ。
スッと目を開け、思考を整理した俺はニッカリと笑って言った。
「そうだな…。ゴメンなシー。…俺達もそろそろヴェニーのところ行こうぜ。俺も少し見てみたい!」
「ふう…、まあいいわ。レクト、行きましょう」
俺達は三人で、後ろにレズフォンス達を連れて商業区へ向かった。
その時、幾分か人間族達が道脇に避けたのだが、俺達はそれに気が付かない。
鈍ちゃん!鈍感!
流石にここまで来ると書いている私でもわかるというか…。
鈍くしすぎたかな………。
ご意見、感想、ブックマーク、お待ちしております。




