妹と僕
泣きじゃくる妹の頭を撫でる。
可哀想で可愛い妹、妹の胸の傷はそのまま僕の傷になった。
そしてその傷は誰のせいでもない、僕が、僕自身がつけた傷。
僕だけなら良かったのに……僕はあの時の事を思い出す。あの傷をつけた時の事を……
あれは僕が小4の頃だった、小1になったばかりの妹、母さんは買い忘れた物があったと僕達兄妹を置いて家を出た。
いつもは妹を連れていく母さんだが、その日は飛鳥がぐっすり寝ていた。
ちょっとの買い物、起こすには忍びないと思った母さんは、僕に「飛鳥お願いね」と言って出かけて行った。
僕はちょうど見たいテレビがあったが、寝ているのだから普通に見れるだろうと母さんには何も言わなかった。
テレビが始まり暫くすると、妹が起きてしまった。
「お母さんは?」
そう聞くので僕は「買い物に行ったよ」と普通に答えれば良かった。
でも、そこで泣かれるのは嫌だ、テレビが見れなくなると思ってしまい、僕はつい嘘をついてしまった。
「2階で隠れてるから探して来な」
たわいもない嘘だった、子供のたわいもない嘘……
母さんはすぐに帰ってくるし、テレビはもうすぐ終わる、どっちにせよ10分位妹の気を紛らわせられればと……
妹は2階にかけ上がって行った、かくれんぼをする鬼の様に、宝探しをするかの如く楽しそうに……
暫くすると外から大きな音がした……何かと思い、窓を開け外を見ると……
そこには…………血だらけで倒れている……妹がいた。
母さんを探したが見つからない妹、2階にいると言った僕の言葉を信じ各部屋を探したが見つからない。ひょっとしたら家の外じゃないか? 天井じゃないか? と思ったらしい。
妹は窓から身を乗りだし外を探そうとし、そのまま下に転落した。
幸い下には花壇があり、小さな木の上に落ちた。
落ちた場所が良かった、コンクリートなら死んでいたかも知れない。ただクッションになった植木の枝が妹の胸に刺さり出血をしていた。
直後に帰って来た母、すぐさま救急車に電話をして病院へ、胸の木は深く刺さってはおらず命には別状は無かったが、大腿骨も骨折しており、妹は手術と長期の入院、そして長期のリハビリとなってしまった。
僕は泣いた、とにかく泣きじゃくり、妹に何度も何度も謝った。そして妹の世話を全てやった。
それで僕の罪が少しでも軽くなれば、妹の怪我が少しでも良くなればと一生懸命に妹の世話をした。
その間妹は僕を一切責めなかった。
今の今まで一度も……僕を責めなかった。
昔から母さんにべったりだった妹、僕にも妹にも優しかった母さんが病気で天国に行ってしまい、僕も妹も落ち込んだ。特に妹の落ち込み方は酷く、学校に段々と行かなくなり、今は部屋から殆んど出てこなくなった。
妹は僕だけ部屋に入れる、他人と父さんは絶対に入れない。なので妹の全ての面倒は僕が見ている。
あの怪我した頃のように、一生懸命僕が見ている……いや、見ていた。
そう、今までと違い、疎かになっていた。それに妹は気がついた。
最近毎日帰りが遅くなり、ご飯が手作りから冷凍に変わった。
そして今日、休みの日まで出掛けたとなれば、さすがにおかしいと思うだろう。
妹は僕にメールを送り電話もかけた、しかし連絡は無い……パニック寸前だったろう。
僕に頼って生きている妹、その僕から見捨てられたら……
「ごめん、ごめんな……」
「うん……だい……じょうぶ……私も……ごめんなさい」
「ううん、いいんだ、僕が全部悪いんだ、だから謝らなくていいんだ」
「ううん、お兄ちゃん……ありがとう、いつもありがと」
上半身肌で僕にしがみつく妹、甘えさせては駄目なのかも知れない、中学2年で引きこもってしまった妹を突き放さなければいけないのかも知れない。
でも……僕には出来ない……妹を突き放すなんて事は……僕には……出来ない。
僕の脳裏には今でも焼き付いている、今でもフラッシュの様にあの光景が甦る。
血だらけで倒れている妹の姿が……今でもはっきりと。