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Chapter: 6 Trial and Error and Silver Bullet

「うーん、激動の人生だったね。にしても、今でも死に方が解せない。何であんなことしたんだろう? 見ず知らずの子だったのにな。映画やドラマじゃあるまいし……、ねえ?」

自分の人生を俯瞰するという数奇な経験の後、俺の意識はまた黄昏の時計台へと戻ってきた。

目を開いて、話を振った相手を見る。レイの両目がナイアガラ状態になっていた。

「君、人死ぬたびに泣いてたら、仕事にならなくない?」

「ずびばぜぇん……」

涙どころか、鼻水まで出ていた。ずびっという音と共に、ローブで顔を拭いている。

「もう、これ見てると、辛くて、悲しくて、やりきれなくて、ぐちゃぐちゃで……。どうしてこうなっちゃったんだろうって、ずびっ、ううー!」

「どうしてこうなったは俺が言いたいよ。ハンカチはないの? 派遣くん」

「派遣って言うなぁ……。ハンカチ、持ってますぅ……」

もう一度ローブで顔を拭った彼女は、数分の後落ち着いて、きりっとした顔をこちらに向けた。

「シリアスの準備はもういいの?」

「お恥ずかしいところを……。でも、見ておいて良かった。再確認できました。……やらなきゃって。この使命を遂げるのは、わたししかいないんだって」

紫の瞳が、炎のように揺らめく。人情派な死神もあったものだな、と思う。

「改めまして、雪白さん。お願いです。……生き還って、過去を変えてくれませんか?」

「どうして?」

「ど、どうしてって! 何言ってるんですか! あんなの見て、どうにかしたいって思わないんですか!? 人として当たり前のことでしょう!?」

「人道的な観点はひとまず置いとこうよ。君、契約書は読まずにサインするタイプかい?」

「え、契約書って、名前書いて判押す以外に何かあるんですかー?」

「……地獄って治安よさそうだね。じゃ、率直に言うけど、俺に取引を持ちかける理由は?」

俺がそう答えると、ふわっと浮いていたレイが地面に足を付けた。目を丸くしている。

「今の体験から、君が超常の存在であることは認めるよ。でも、俺が生き還って、過去を変えて……。君はどこから得をする? 一方的にうまい話なんておかしいよ」

なんせ、死神だ。俺と同様、胡散臭さの極み。後出しジャンケンで無理難題を押し付けられてはたまらない。それに古来から、悪魔や死神は代価として魂を持っていくものだ。

そんなことを思っていると、鎌を杖代わりにしたレイは力無く笑い、言った。

「雪白さんって、本当にアレな人ですねえ。かわいそうだから、じゃ駄目ですか?」

「それ、死神として矛盾してるよ」

「あはは。ま、そうですよねー。…………本当のこと言います。死にすぎたんです」

「何?」

「ですから、死に過ぎたんです。一度に」

実体のない雪が、彼女の鎌の上に落ち冷たく消えた。幼く小さな印象を抱かせる彼女の声に、死という単語が妖しく踊る。

「……それもおかしい。大量死の度に過去改変があるなら、戦争とか事故はどうなる?」

「今までそれで、一度でも人類が滅びましたか?」

「そんなわけないだろう。俺が今の今まで生きてたんだから」

「はい。そういうことですよ」

この紫の小さいのは一体何を言っているのか。……だって、この言い方ではまるで。

「……俺も結構嘘つきだけど、君には負けるよ」

「わたし、嘘、苦手です。……だから、ほんとです。人類は、ほとんど滅びます」

「ここ、な、なんだってー! って言うところかな?」

「嘘じゃないです! ほんとなんですってば!」

言いながら、頭を回す。困ったことに心当たりがない。自宅に世界破壊爆弾でも置いてたか?

「えっと。雪白さんが死んじゃうと、困るんですよ。わたしら的に」

「いつから俺の存在はセカイ系になったんだい? 北の国に登用を願い出てみようかな」

「セカイ系って何かはわかりませんけど。……直接的じゃなく、間接的にやばいんです」

間接的? だったら、俺の関係者か。

「そんな、俺の周りに世界を滅ぼせそうな奴なんているわけがあるね。あ、普通にいた……」

「はい。六花さんです」

意識を手放す前、わずかに香った彼女の匂いを思い出す。

「あの、わたし一応未来の投影もできるんですけど。……信じられないなら、見せますよ?」

「いや、結構。リアル怪獣大戦争を見る気はないよ。……オルギアだね?」

「はい。……雪白さんが亡くなった後、六花さんは暴走してしまって、……あの、その」

「ああ。いい。わかった。大丈夫。……今までで一番、説得力があるよ」

最終兵器彼女、という単語が脳裏をかすめる。ため息をついて、再び冷たい地面に座った。

続けてくれと頼むと、レイは空を見上げてもう一度、死に過ぎたんです、と言った。

あの後、死別という失恋を経験した彼女は弾け、世界をゲームオーバー直前にまで追い込んだのだという。五大陸消し飛ばすって何事なんだ。

俺たちにとって世界とは有架島だけを指すが、それが本当になるのは少し滑稽さを感じる。

「死者が多すぎて、天界は大パニックで。魂の処理がおっつかなくて。……それに、人間がいなくなったら、わたしたちも困るから。だから、上のえらーい人たちが、うんうん唸って協議して、決めたんです。今回に関しては、特別に人間界に干渉することにするって」

「魂の処理とは興味深いね。そこ掘り下げていいかい?」

「ダァメです! とにかくですね! 上の人は、人間にチャンスを与えることにしたんです。

選ばれたのは雪白でしたと、そういうことなんですっ」

レイは高跳びの棒のように鎌を使って俺の下へとふわりと飛んでくると、ローブのポケットの中からにゅるっと銀色の何かを取り出して、俺に手渡した。

「てれれれ~ん、リデンプションくん二号~!」

「どう見ても銃だよね。一号は?」

「諸事情で二号です。見た目は銃、ですけど。実はぜんぜん別物です」

無骨な銃だ、と思った。一度コルトのモデルガンに触れたことがあるが、大きさはそれより小さい。なのに、遥かに重い。純銀で出来ているのだろうか。

手渡された六発装填のリボルバー型の銃を横向けてみる。グリップには絵が彫られていた。

林檎に向かって、ねじれ合った二匹の蛇が伸びていく絵だ。

「意味深な銃だね。これで、何ができるんだい?」

「はい。ルナティックを、治せます」

「……へえ」

さすがにそれは、興味深い話だ。

「正確には、取り戻すんです。……マイナスの雪白さんは、周りにいるプラスの皆さんに、心の欠片を持っていかれてる。それは知ってますよね?」

「知ってるよ。それが皆の、ギフトの源なんだろう? 確たる証拠なんてないけど、ルナティック研究では定説中の定説だ。これが覆ると、色々揺らぐね」

「それ、合ってます。ということはです。もし雪白さんが、六花さん達から心の欠片を回収できたら、彼女たちはルナティックじゃなくなると思いませんか。……そうなれば」

「オルギアも起きなくなって、誰も死ななくなる、と。そういう論理?」

「はいっ。だから、世界を。……いえ、天界を代表してわたしがお願いに来ました!」

「なるほどね」

だからRedemptionか。貸したものを取り返す。債権の履行。そんな意味だったはずだ。

俺は冷たい地面から二本の足で立ち上がって、長針一つの時計を見つめた。

幻想的な空と海に、降りしきる雪の中。死神の少女は手袋の付いた右手を差し出した。

「雪白さんっ。行きましょう! わたしと一緒に……皆さんを、世界を救いましょう!」

次から次へと、雪崩のように迫り来る奇跡の数々には、まるで現実感がない。

けれどこの少女の、人の未来を願う声は、間違いなく血の通った本物だと思った。

だから、俺は答える。

「いやー、別にもういいんじゃないかな。滅びても」



「ぼんどうにおねがいじまずよう……!」

「わかった、わかったから足にすがりついて泣くのはやめてくれ……」

「誰のせいでこんなことしてると思ってるんですかあっ! わたしの立場もちょっとは考えてくださいよ! こんなの聞いてないんですけどっ!」

「そんなこと言われてもね。俺もみんなも死んでしまったものは仕方がないと思うし、自分が去った後の世界なんて興味ないからな。それより今この状況の方が、遥かに興味深いね」

「雪白さんは常識という線路から外れたまま走ってますっ! ふつう、人は死んだら生き帰りたいし過去を変えたいし喉から手が出るほど永遠の命が欲しいんですっ! なんですかなんなんですか悟り切ったみたいなこと言っちゃって! あなたには未練というものがあぶぶぶぶぶ」

両足にすがりついたまま顔を上げてくるので、右手でレイの顔面を押しつぶした。しつこい。

サックスが欲しくてガラスに張り付いた黒人みたいになっていた。

「未練? ……そんなものは、」

ない、と言い切る前に、ひとつだけ、生き還ってやりたいことが思い当たった。

これは未練と言うのだろうか。微妙だな。

ただ、いい加減こいつもしつこいし、さっき「わかった」と言ってしまったしな。

「ないこともないらしい。……わかった、君には負けたよ。やろう」

「あびがどうございまふう……」

いい加減手を離してやるか。絶妙に声がデブだった。

「雪白さんといると、疲れます……」

「飽きないってことだ。嬉しいね」

「ああ、もう、それでいいです……。説明します……」

レイは立ち上がると、またポケットに片手を突っ込み、ばらばらっと、俺の手の上に大量の銀色の弾丸を落とした。もらった銃の重さと比べると、一つ一つの重さは驚くほど軽い。

殺傷目的には、使えなさそうだ。

「えー、これは銀の弾丸です。先程渡したやつに入れて使ってもらうことになります。用途は心の回収です。ルナティックのアザに向かって、撃ってください。あ、時間を超えて多重に同じ人から回収するのはやめてくださいね? 人間越えて、心の化け物になっちゃいますから!」

あれか。俺達の烙印。

俺のようなマイナスは必ず心臓の位置に三日月型の蒼い痣ができるが、プラスの赤い痣の場合は変わってくる。例えば蓮のは右手の甲にあるし、三柑は額にあるのが見えた。

二葉は昔一緒に風呂に入ってたから知ってる。へその辺りだ。

ただ、肝心の六花はどこだか知らない。服の下に隠れる場所なんだろうけど。

「それで、時間の戻し方です。わたしに言ってくれたら、その日に跳ばしますっ」

俺は、レイが指差す時計塔を見つめた。

「あの数字は、戻れる日を表しています。1が初日の二月十一日です。順番に2、3、4が十二、十三、十四日になって、0が雪白さんが死んじゃった日になります。ちなみに、いきなり二日目に跳んだりした場合、一日目の行動は生前と完全に同じになります。大丈夫ですか?」

「ふーん。じゃあいきなり最終日に戻って、死なないように引きこもるってアリなのかな。そうすれば六花のオルギアは起きなくなって、万事解決じゃない?」

「……あっ! それ、いいんですかね!? ……でも、三柑さんたちが」

「……本当にそれでどうにかなれば、だけどね」

そんな浅知恵でどうにかなるものだろうか。全世界規模の悲劇が。

あの日の不可解な身体の動きを思い出す。断じて人情に駆られたわけじゃない。

あれは一体何だったのか。まさしく制御不能だった。抗えない、何か。

後で試してもいいが、また同じことが起こるような気がしていた。

「あの、雪白さん。続けていいですか?」

「ん、ああ。悪いね」

まあ、これは今考えるべきことではないだろう。考えるのは動いた後でいい。

「じゃ、続けますね。……これ、どうぞ」

「今度は金の弾か」

レイから今度は一つだけ、金色の弾丸を手渡される。

「雪白さんには今から過去をやり直してもらうんですけど、もし、途中でダメだと思ったら、この時計台に戻ってきて、また一からやり直すことができます。一言、アゲイン、と言えば」

「なるほど。いわゆる、ゲームのリセットボタンみたいなものか」

「……その言い方、何かイヤなんですけど。そうです。で、その金の弾丸なんですが、銀と違って、一度のやり直しにつき一発しか撃てません。わたしの力じゃ、それが限度でした……」

「その分、メリットも大きいと。効果は?」

「はいっ。なんと金の弾丸はですね、ウィッチに当てると、オルギア状態を打ち消せるんです! これすごいと思いません!? わたしが独自改良して生み出したんですよ!」

なるほど、と応えながら考える。役に立つような、立たないような弾丸だ、と。

あの六花に、果たして銃が当たるのかな。 

銃弾の後ろに回り込んでつまんでしまいそうだけどな、彼女……。

「もう説明は終わり? 後でそういえば忘れてました~とかで不利な追加ルールが来たら、俺はこの五日間を世界征服にしか費やさないよ」

「やめてくださいっ! 今から制限についても話しますっ!」

ほら来た。生き還るのが無償なんてありえない。むちゃくちゃな制限じゃなければいいが。

「えっとですね。金の弾丸はそんなことないんですが、銀の弾丸は満月の日が来るまで、パワーが溜まらないので使えません。えーっと、……星海祭が、その満月の日になります!」

「……なるほど。これは結構めんどくさいな」

頭の中で論理を組み立てる。これで、初日から銃乱射魔のルートはなくなった。

「もうない?」

「……や、あります。一番最後の、どでかいやつです」

「驚きすぎて死なない程度の決まりでお願いするよ」

いや、もう死んでるか。図らずもブラックジョークになってしまった。

「……いえ。誰か一人には、確実に死んでもらう程度の決まりです」

レイの声がいきなり冷気を帯びた。彼女は死という単語がちらつく時、いつもこんな風になる。

本職の凄みか、プロ意識か。どちらにせよ、努めて冷淡であろうという姿勢が垣間見えた。

「雪白さんは、六花さんのオルギアを止められたら。無事二月十六日を迎えられたら、やり直し終了です。終わった後、長い夢だったことにして生き直してくださいっ。それが、雪白さんへのご褒美です! ……ただ」

「ただ?」

「わたしは死神だから、ハッピーエンドはこまるんです」

少しほどの間を置いて、レイは「あの子のことを覚えてますか」と言った。

「あの子? ……もしかして、俺が庇った、黒髪の?」

「はい、そうです。あの子はルナティックでも何でもない、ただの一般人でした。……実はですね、あの子は本当は、あの場所で死んでおくべきだったんです。雪白さんのせいで、色々ねじれちゃいましたけど」

「自分でも理解不能の行動だったけど、それが世界規模の大迷惑になるなら悪くないね」

「そうですね。ほんと大迷惑です。……だからですね、雪白さんがこの仕事を終えた時。二月十六日。わたしは雪白さんの代わりに、あの子の魂を持ち帰らせてもらいます。いいですかね?」

「なるほどね。全員生存ハッピーエンドはお呼びじゃないんだ。死神っぽいね」

「あはは。オトシマエ、ってやつです。ほんとは、黙って持っていって、出世するつもりだったんですけど。……いいですよね? わたし、知ってるんです」

何をと言うと、レイは妖しく笑った。人を利用する、悪魔のそれだと思った。

「雪白さん、人が死んでも悲しくないんでしょう? ……だったらモブの一匹くらい、生贄にしちゃっても問題ないですよね?」

「……いいね。俺は君のことが気に入ったよ」

純粋なのか悪いのか、はたまたどちらかが仮面なのか。

そういう込み入った内面を持つ者に、憧憬を抱くようにできている。

「改めて、この話を呑もう」

「はいっ。ありがとうございます。これで、わたしのお話は終わりです。行きましょう!」

「OK、まずは初日から行ってみようか」

レイが伸ばした、手袋を嵌めた右の拳から力が溢れ、世界が白く染まっていく。

リアルな夢か、本当か。

このまま死んだとしても、それはそれでいいかな、と思ったりもした。



首筋に襲い掛かってくる冷風が、白んだ意識に形を与えた。

「うぐ……。寒っ!」

思わず開いた目が、午前七時を示す時計と、無味乾燥な部屋を映し出した。

……おお、本当だったんだ。いや、もしかしたら俺の夢オチ説もあるか?

寝ていたにしては、はっきりしている思考をまとめていると、

「ナニー。ソレハタイヘンダー。アッタメナキャー!」

結構な衝撃があった。本当に、戻ってる。

時間的にはそんなに経っていないのに、もうずっと声を聞いていなかったような気がした。

いい匂いのする暖かい物体が布団の中に入ってくる。前はこれを避けた。

だから、景気付けの第一弾として、今回は守りに入らず攻めていくことにした。

映画のワンシーンを参考に、入って来た二葉をぎゅっと抱きしめてみる。

「……へっ!? あ、あれっ!? なに、なにこれ、なんなのこれっ!?」

「おはよう、二葉」

限界まで作った声で二葉の耳元で囁いた。びくっと身体を震わせた後に一瞬固まると、

「ぎゃわーっ!」陸に上げられた魚のようにじたばたして逃げ出した。

「ちょっ、痛い! 力入れ過ぎだよバカ」

「ち、痴漢! この人痴漢です! 生粋のレイパーですっ!」

「二葉が布団に入って来たんだろう。合意のもとだよ」

「あたしは女だからアウトなのっ! 前科欲しくなかったら示談金よこせっ!」

「君のような輩がいるから冤罪は無くならない」

ベッドから飛び退いた二葉は、珍しく耳まで真っ赤にしてぜーはー言っている。

本物だった。体温があったし、石鹸よりもいい匂いがしていた。

「うーん。いざ体験してみるとこれはアンビリーバボーだね」

「ななななな何がっ! それより何なのあの声っ! 詐欺師みたいな声だったよっ!」

「それはね……お前を食べるためだよ!」

「ひいいいっ!」

そうか。今まで気付かなかったけど、二葉ってイレギュラーにすごく弱い?

亀みたいだな。防御力高いけど、ひっくり返ったらじたばたする無力になる。

……何しよう。何して遊ぼう。つくってあそぼ! していいのかな。

「か、一人くん。……あの、これ、もしかして、あたし、あの……」

「ははは」

尻もちをついたまま壁際にまで後ずさった二葉を、両手をわきわきしながら追い詰める。

そうか、二葉には心ダダ洩れだったな。まあいいや、終わった後対策を考えよう。

「あっ、これ終わった。さよなら、あたしの純潔……」

「ドンマイ。気にしない気にしない」

『ドンマイなのはお前の頭だっ!』

後頭部に衝撃。振り向くと、レイが鎌の柄の方をこちらに向けて残心を取っていた。

「痛い……。殺す気か」

『二重に死ねっ! 開始数分で脱線しないでくださいよっ! いいですか、十八禁的行為の一切は禁止です! えろいやつはダメです! PTAに怒られるでしょうが!』

「人バタバタ死んでたけどあれはいいの? ゴア表現とか二十一禁じゃない?」

『こまけぇことはいいんです! ダメなもんはダメです! わたしがルール!』

「あの、一人くん……? さっきから、一人でぶつぶつ、何言ってんの……?」

『あっ、ちなみにわたしの姿も声も、雪白さんにしか届かないんでよろしくでーす』

そういうことは事前に言って欲しかった。まあいいけど。

「ああ、いや、悪い……。今さっき頭を打ってね。寝ぼけていたらしい」

「ほ、ほんと? ……良かったぁ。びっくした。一人くん、頭大丈夫?」

「大丈夫。かろうじて致命傷で済んだよ」

よし。とりあえず今日から、クリアのために一肌脱ぐとしようか。

「さあ、朝食と行こうか。今日はホットドッグとコーヒーだろ?」

「……あ、あれ? あたし、昨日言ったっけなー?」

おっとミスった。……これ、情報の制御が凄く難しいな。二葉相手だと特に。

読まれる前に、なんとか誤魔化そう。

「なあ二葉。俺、未来から来たって言ったら、笑う?」

「一人くん、頭大丈夫?」

これでよし。さあ、二葉のコーヒーを飲みに行こう。

楽しみだ。なんせこの為に、人生をやり直すことにしたんだから。



「ねー、一人くん。明日の放課後は予定入れんでねー。あたしにちょーだい」

「うん? どうして? 明日はロードショーが天空の城だったと思うから、万全を期したいんだけど」

「アレ一年に三回くらいやってるよね。あたしは豚さんのやつが一番好き。……じゃなくて、それまでには終わらせるからさ。四十秒で支度するから! たのむよ!」

「構わないよ。何を……、って、ああ」

「うん、部会! やるから! 今月はまだやってないし、大事な話もあるんだー」

よし。これで一言一句間違ってないはずだ。完全記憶能力にこんな使い道があるとはね。

余計なことを考えると二葉に読まれる。当時考えていたことまで再現しないと。

『あのー、雪白さん? ちょっといいです? 雪白さんってばー』

ガン無視。今はひたすら無視だ。今は再現と観察、それのみに専心する。

「あたし今日はバイトとやることあるからさ、一人くん、みんなを赤紙っといてくんない?」

『ちょっとー! 無視しないでくださいよー!』

「了解。……そう言えば、昨日六花と二人で会っていたようだけど、何かあったのかい?」

『……ふふっ。どうしてわたしがみなさんに見えないか知ってます? 大切なものは目に』

「なるほど。だったら手を引かざるを得ないね」

「……心配してくれたん?」

『人でなしーっ! 心痛まないんですか心ーっ!』

「もちろん。胃が万力で締め付けられたみたいだったよ」

「ふふ。ありがと、嘘つきさん。じゃ、教室行く前に明日の部活申請してくるから、一足先に行くねー。じゃっ。愛してんぜー」

二葉は去っていく。タスクをこなし終わって、空を見上げて溜息を吐いた。

吉川が飛び去っていく。つまり世界は変わりない。俺の頭上にレイが浮いている以外は。

「地獄の教育マニュアルに苦言を呈したいね。仕事は黙ってこなせって書いてなかった?」

『ええー? 仕事って楽しくやるものじゃないんですか? 嫌々やるものじゃないでしょう?』

根本的な価値観の相違が横たわっていた。

『大体雪白さんがいきなりサボるからじゃないですかー。どうして前と同じことするんです?』

「対照実験って知ってるかい? 下手にいじって、ゲームの乱数が変わるのが嫌なのさ」

『……またゲームって言った。はいはい、もー黙ってますよーだ』

そう言うとレイは、ローブのポケットから黄色の球体棒付きキャンディを取り出し、口に放り込んだ。拗ねて煙草を吸ってる姿に見えて、少し滑稽だった。



「友愛数というものがある。自分自身の数以外の約数を足したとき、和が――」

うん。やはり授業の内容も変わっていない。問題を当てられた奴も同じだ。

歩幅や入る時間を変えても変化はなかった。多分、神はサイコロを振らないと見た。

藤田教官の二つのポケット、拳銃とPHSのうち、平和な方がぴりりと鳴る。

「私です。どうしました? ……そうですか。下ですか? 上ですか?」

『……あの、吉川って人でしたっけ。助けても、いいんですよ?』

「よっぽど暇だったらやってもいいけどね。それで歯車が狂ったら面倒だ。特に影響もないし時報代わりになってもらうよ」

『……そういう言い方とか、見た目とか、声とか。雪白さんの方が、死神っぽいですね』

「ふっ。綺麗な顔してるだろう? 死んでるんだ、これ」

教官がオルギアの事後処理に向かって、教室がざわついていたことを利用して会話する。

レイは俺の席の窓際最後列のさらに後ろ、掃除箱の上で足を組んで座っていた。

飴をばりばりと噛んでいる。不機嫌だ。

『ふんだ。雪白さんなんて爪の間に紙入れられてシュッてされればいーんですっ』

想像すると痛いからやめろ。それより、蓮がそろそろ来る。ちょっと遊んでみるか。

「よっ。熱視線に応えて参上したぜ。惚れてくれっか?」

「よく来たな、ゴドー。待っておったぞ」

「……何っ? い、いきなり何言ってんだ? てか、ゴドーは結局来ねぇ」

「俺、不条理の権化らしいから。リスペクトしてみた」

「……不意打ちだわ、ベケットとは。……そう来るとは思わなかった」

よし。朝も確認したけど、他人との会話や行動は、ちゃんと変えられるみたいだ。

RPGのNPCみたいに、ずっと同じ会話と行動されたら詰んじゃうからな。

『雪白さーん。ゴドーってなんですかー? 退屈でーす』

それは男女間の友情存在と同じくらい人類普遍の謎。答えるように肩をすくめた。

演劇ネタで怯んだ自分が悔しかったのか、そこから英国演劇史について年号まで交えてレクチャーされた。完全に藪蛇をつついた、と思っていると、俺の腹が鳴る。

「もうじきチャイム鳴るし、飯食いに行くか?」

「賛成。俺も上に用があるんだ」

時刻は十二時半まであと少し。生理的欲求は、時間を渡り歩こうが変わらないんだな。

こうなると、長い睡眠が必要な体質もいつも通りだろう。

まあしかし、ささいな情報だ。多分。



「だからシェイクスピアは色んな意味で革新的だったわけだ。特に、いわゆるキャラとシナリオの関係。それまでの演劇は、キャラが、単にシナリオの都合で動く駒でしかなかった。けど、ここでキャラが『動く』っていう概念が出てくる。命が生まれるんだな。特に――」

『お、覚えきれませーん!』

「わかった。降参だ。もういい。興味がない」

「そうか。複数名義説とかの話もしようかと思ったんだが」

蓮はそう言って両手で缶を包み込み、拝むようにして赤い缶コーヒーを飲んだ。よく見れば、前回の周とコーヒーの種類が変わっている。変化だ。

話の内容を変えるだけで、色々と変わってくるんだな。これは気を遣わないと。

考えていると、蓮がポケットから携帯を出し、画面を見て呟く。

「今日の授業は終わりだってよ。対処に揉めたらしい」

「ああ、知ってる。一年の吉川がオシオキされちゃったんだってね」

月に代わって、「オシオキ」。

ルナティックがオルギアを起こしたら、その時点で殺害していいことになっている。

というか、必須だ。そうしないと、もっと死ぬ。

何か新しい情報を得られはしないかと、知らないフリで誘ってみた。

「知ってんのか。……あいつは多分、潜伏型だったんだろうな。今思えば、だが」

「親しかったのかい?」

「あいつはオレを慕ってた。部活や学年の違いであんま会わなかったけどな。……最近、朝ボーっとしてしまうことが多いとか、何してたか思い出せなくなるとか、サインはあった」

潜伏型の、典型的な症状だ。しかし、自覚したところでルナティックは自首しない。当然だ。

待っているのは「処分」だけ。申し出る奴は、よほどの博愛主義者だ。

「そうか、お悔やみ申し上げるよ。……そう言えば蓮、明日の放課後なんだけど――」

二回目ともなるとスムーズなもので、部会への誘いを難なく取り付けた。

すると、階下から美しいピアノの音色が漂ってくる。何度聞いても、いいものはいい。

『ふわあ……。なんか、頭がぼーっとしちゃいますね。素敵……』

感性に種族の違いはないらしい。時計を見て、ピアノが流れる時間を覚えた。

「ご指名だぜ。行って来いよ」

「ああ、でもその前にやることあるから。蓮、先帰っといてくれないか」

「ん、ああ、そうか。……にしてもお前は相変わらずだな」

「ん? 何がだい?」

「ブレまくってるところがブレてない。……お前らしいよ。じゃあな」

そう笑いながら言い残して、蓮は去っていった。

『蓮さんって言動が爽やかですよねー。ああ、それにしてもこのピアノ……ふわー。雪白さん、はやく三柑さんのとこ行きましょうよ!』

「いや、今周は行かない。屋上でやることがあるって言ったじゃないか」

俺は天文ドームに向かって歩いて行き、梯子をのぼった。結構な高さだ。

『へっ、やること? 何するんですか?』

俺は狭い足場の中、ギリギリまで下がる。風向きはアゲインスト、だがいい風だ。

「いいね……いい人生だよ! 風を拾うんだ!」

『へっ?』

そう言って俺は、足場の端から端まで全力で駆け、そして――、

「ゼアッ!」

『ちょ――――――――っ!! 何してんですかあああああっ!』

翔けた。頭を下にしてきり揉みに回転して、屋上からのフォーリンダウン。

うわあ結構浮遊感って気持ち悪いなそう言えばかつてコマのおもちゃって流行ったよなああ待てよ窓の方を見てたら誰かと目が合ってトラウマをのこせそうだなよしやって――、

以下、ホワイトアウト。



「……………………うん? あ、やっぱり。そういう感じか」

白んだ意識が戻って、自分の状態を確認する。初めてレイに会った時と同じだった。

夕暮れ時のオレンジと夜が混ざり合った黄昏時。雲のない雪。空、海、時計台。

変わっているのは、目の前で本気で鎌を振りかぶっている死神だけだ。大地を揺るがす勢いで振り下ろしてきたので、しゃっと後ろに下がって避けた。

『ふぁーっく! 死んでくださいっ!』

「ははっ、今死んだじゃないか」

『真面目にやってくださいよおっ! 何いきなり自殺ぶちかましてんですかっ! 頭おかしいんじゃないですか! 頭! あんた何考えてんですか!』

「結弦ってみた」

『ユヅってみたじゃないんですよっ! 馬鹿の世界新おめでとうございますっ!』

「文句言うなら助けてくれれば良かったんだ。飛べるんだろ?」

『わたしは世界に干渉できないんですっ! 雪白さんを叩いて痛覚与えたりとかはできますけど、あっちの世界でモノ触ったりとか、雪白さんが聞いてない情報聞いたりとか、そういうのは無理なんですっ。雪白さんの観測第一なんですっ! ……あーもー、ほんとやだぁ』

なるほど。なら、レイは俺の意識だけに存在する、幻みたいなものなんだな。

「まあそう言わないで。……これで、一つまた指針が立った」

『わたしは腹も立ってますけどねっ! 命で遊ぶなっ! ……ほんと、なんで、こんな人が』

「前提を知るのは大事なことだよ。事故死が永久死に繋がるんなら、ゲームとして少し難しいからね。この島、人よく死ぬし。良かった、死んでもタイトル画面に戻るだけだ」

『……雪白さん、やっぱりおかしいですよ。死ぬの、怖くないんですか?』

「まあね。産まれた瞬間も泣かなかったらしいよ。……さて、チュートリアルは卒業だ。本気で行こうか。とりあえず俺は、滅びの最初のドミノを倒さないようにすればいい、と考えてる。駄目ならやりなおそう。行こうか」

『最初のドミノ? ……えーっと、あ。そういうことですか?』

「うん。三柑がオルギアを起こさなければ、そもそも何も起きないんじゃない?」


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