Chapter : 14 Holy night, Holly knight.
静寂の中、小さな盤に駒を置く音だけがことりと染みる。絹のような夜だった。
十手も打つと、六花には実力がすぐバレる。本気になる時の、刃物みたいな顔付きが好きだ。
「君は、綺麗だなぁ。……ずっとずっと、そう思ってた」
「……手加減は、しないわ。心を乱すのは、やめてくれない?」
「本気なんだけどな。まあ、自業自得か。……だから、人は約束を守るんだね」
俺の手は、六花に比して早い。思考スピードが違う。既に、考えてきてあるからだ。
くっと、彼女の唸りが理知的な唇から洩れた。小さな仕草だが、いつもどきりとする。
「一体、どこで……こんな……。私が、ここで、一人の間……。あなたは、どこで……」
「……君の信用、ないよね、俺は。だから、今から言うことも、信じてくれないだろうな」
ことり、とナイトを進める。夜の陰、柊の騎士はいつも見えない所で俺を守っていた。
「君だよ。ずっとずっと、俺は君と二人でチェスをして、教わったんだ。時間を繰り返して」
「……嘘よ」
「嘘じゃない。それこそ、嘘をついたのは君の方だったよ」
ぱっと、盤上にかじりついていた顔が俺を見る。……ああ。だから、キスをしたんだな。
「二十年早いって、君は言ったな。嘘つき。二十年なんかじゃ、全然足りなかったよ。君は、本当に強くてカッコいい。美しいよ。……俺の、みんなの、何よりの憧れだ」
人目につかない所で、たった一人で頑張っていた彼女だからこそ、わかる。
人は、急に賢くならない。なんでも出来るようにはならない。地道を歩く以外、ないのだ。
「俺はずっとずっと君と向き合った。その間ずっと、六花のことだけを想った。だから、強くなれた。憧れの炎は、君にどこまでも惹かれてる。……だから、全然、苦しくなかったよ」
時を重ねた一手を、雪が落ちるように、優しく。ほろりと、美しいものが彼女を伝う。
「なあ、六花。君は、ずっと一人で……二葉みたいに、一緒にいられなかったって、そう思ってるかもしれないけど、違うんだ。……俺はね。ずっとずっと、君と二人きりだったんだよ」
「嘘よ……うそ、よっ……。……っ、ゃだ、……くっ、……ゃだぁ」
「俺は、嘘ばかりだった。だから、約束が軽い。折角君から貰った、綺麗なものだったのに。だから取り戻すんだ。君との時間を、嘘にしたくない。……勝つよ。それが償いで、約束だ」
想いを、積み上げて。罪を重ねて、積み重ねる。……そして、最後の、詰みを。
「……チェック、メイト」
最後の一手を、ことりと置いた。お疲れ様と、肩を叩くように。
目の前で彼女はさめざめと泣いた。何度見ても、心が痛む。
「もう一回は、無しだよ。やり直せないから、人間で、綺麗なんだ」
声を上げて、彼女は泣いた。抱きしめる。……やっと、強がりを溶かしてやれた。
想いの結晶が溶けだしたように、暖かい。そんな聖なる夜だった。
「……貴方の話は、わかったわ。狙いも。中身も。……その上で、どうしてもわからないの」
全てを話して、出発の前。あすなろ抱きを要求されて、されるがままの俺だった。
「その、私に何度も勝ったのよね? ……なら、どうして、今あなたは「恋」を回収していないの? 人に、戻りたかったんでしょう? おかしいわ。不合理じゃない」
「……君はさ、何度も言うけど、本当に頭のいい馬鹿だよ。ちょっと考えたらわかるだろう?」
振り向く顔。至近距離で、本気でわからないわという顔をしていた。……ああ、もう。
「だって、そんなことしたら、俺は君を好きになっちゃうじゃないか。……それは、困る」
だって、何もわからない状態でもキスしてしまうくらい、君に惹かれていたんだぞ。
そう言うと彼女は、今までで一番の笑みを浮かべ。ゆっくりと、人の早さでキスをした。
「頑張って。私に勝ったのよ。貴方は、この世で一番強い魂だわ」
「……ああ」
俺を今まで守ってくれた最強の背中に、心よりの敬意を。
「……ねえ、一人。私、自分に約束する」
「何を?」
後姿が誰より似合う、格好のいい去り際だった。
「次は、負けない」




