2-2 贖罪の始まり
今回は、義妹の「ささやかな変化」のお話です。
2-2
冬祭りが終わり、家へ帰る。
そこには、いつも通りの少女がいた。
粗末な服。
布を巻いた頭。
伏せられた視線。
顔色も悪い。
舞台の上にいた少女とは、あまりにも違っていた。
一瞬、本当に見間違いだったのではないかと思うほどだった。
だが――
化粧道具が少し減っている。
受け取った荷物の中には、少女が着ていた衣装も混ざっていた。
(……間違いない)
そう確信する。
だが同時に、強い恐怖も湧き上がった。
(もし母に知られたら……)
折檻程度では済まない。
そう思い、義妹は誰にも話さなかった。
数日後。
母が、いつものように少女を叱りつけていた。
「役立たずが!」
その言葉が、胸に刺さる。
以前なら、聞き流していた。
何も感じないようにしていたはずだった。
だが、その日は違った。
胸の奥が、強く軋む。
(これが……今までの私だったんだわ……)
その認識が、はっきり浮かぶ。
気づけば、口が動いていた。
「……お母さま、そこまで言わなくても」
自分でも驚くほど小さな声だった。
唇が震えている。
母の視線が、ゆっくりこちらを向く。
空気が、一瞬で張り詰めた。
(言ってしまった……)
十年以上続いた、この家の空気。
その暗黙の流れを、自分は壊してしまった。
即座に理解する。
(――それでも、もう……)
母が口を開きかける。
その瞬間――別の使用人が声をかけた。
母の意識が、そちらへ向く。
張り詰めていた空気が、わずかに解ける。
義妹は、その場を離れた。
少女も、何事もなかったように仕事へ戻った。
ただ、一瞬だけ。
少女が、義妹を見た。
視線が交わる。
だが、すぐ逸らされた。
その目が何を意味していたのか、義妹には分からない。
それでも――
胸の奥では、はっきり決まっていた。
(もう、同じことは繰り返したくない……)
(たとえ、今さらだとしても……)
それが、義妹の贖罪の始まりだった。
それから義妹は、少しずつ少女へ話しかけるようになった。
母の目を盗みながら。
母がいない時。
仕事の合間。
ほんの短い隙を見つけて、少しずつ言葉を差し込む。
一気に距離を縮めようとはしなかった。
そんなことをしても、逆に警戒されるだけだと分かっていた。
「……いつも、ありがとう」
最初は、それだけ。
少女は、わずかに視線を揺らした。
「いえ……」
肯定とも否定ともつかない、小さな返事。
警戒が滲んでいる。
ある日、重い水桶を運ぶ少女へ声をかけた。
「……それ、手伝おうか」
少女は、一瞬だけ目を見開き、すぐ視線を逸らす。
「いえ……結構です……」
微かな声。
だが、はっきりした拒絶だった。
身体も、わずかに後ろへ引いている。
無意識に距離を取ろうとしているのが分かった。
そのたびに胸が痛んだ。
鈍い痛みが、奥に広がる。
(……当然よね)
(今まで、あれだけ傷つけてきたのだから……)
少女の反応そのものが、自分の罪を突きつけてくる。
何度も思った。
(今さら、やり直せるわけがないわよね……)
だが、そのたびに考え直す。
(違う……)
(できるかどうかじゃない――)
(私が、やるって決めたんだ)
だから諦めなかった。
急がず、変に踏み込まず、同じ距離感を保つ。
必要以上のことは言わない。
ただ、少しずつ声をかけ続ける。
やがて――
少女の返事が、少しだけ変わり始めた。
「はい」
「大丈夫です」
短い返答。
それでも、最初の頃より柔らかい。
声の硬さが、少しずつ薄れている。
目を合わせる時間も、ほんの少しだけ増えた。
その小さな変化が、義妹には嬉しかった。
胸の奥が、静かに温かくなる。
(もしかしたら……)
(いつか、昔みたいに……)
そんな希望が、少しだけ芽生え始めていた。
次回【2-3 初めての反抗】は、本日19時に公開予定です。




