表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
千年物語~戦場に降りた舞姫と4人の後悔の果て~  作者: しょうじ
第2章:義妹の章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/14

2-1 忘れていた想い

今回から『第2章:義妹の章』のスタートです。

ここからは、義妹視点のお話です。

2-1

義妹は、本来、少女のことが好きだった。

幼い頃、父の家の庭で、二人はよく遊んでいた。

庭には季節ごとに花が咲き、風に揺れていた。

義妹は、いつも少女の後ろを追いかけていた。

「義姉さま、待って――」

それが口癖だった。

少女は、たびたび振り返って笑う。

その笑顔を見ると、自然と足が前へ出た。

明るく、優しい少女。

そして、陽の光を受けて、柔らかく輝く黒髪。

その後ろ姿を追いかけるのが好きだった。

母も穏やかで、二人を分け隔てなく可愛がっていた。

食卓では三人で笑い合う――それが当たり前の日常だった。

ずっと続くものだと思っていた。


だが――

父の家が没落してから、すべてが変わった。

父が亡くなった後、母は後始末に追われた。

父は多くの人に金を貸していたが、そのほとんどは戻ってこなかった。

母は資産を整理し、家を手放し、三人で実家へ戻った。

実家では、母の弟が商売を継いでいた。

だが経営は上手くいっておらず、借金まで抱えていた。

使用人からも軽く見られていたほどだ。

そこへ入った母が、店を立て直した。

名目上の主人は叔父だったが、実際に支えていたのは母だった。

だからこそ、三人はこの家で暮らしていけた。

だが、その直後――母は倒れた。

高熱を出し、一か月以上も寝込んだ。

医者が何度も訪れ、そのたび義妹は不安になった。

夜中、一人で泣いている母の姿も見ている。

母まで死んでしまうのではないか。

何度も、そう思った。

幸い、二か月ほどで歩けるまで回復した。

再び店の指揮を執り、周囲も安堵していた。

これで元に戻る。

義妹も、そう思っていた。


しかし――

変わってしまったものがあった。

少女に対する、母の態度だった。

最初は、小さな違和感だった。

本来なら使用人に任せる仕事を、少女にやらせるようになる。

次第に声が荒くなり、些細なことで怒鳴るようになった。

「何をしているの!」

「そんなこともできないの!」

少女への叱責が、いつしか日常になっていく。

義妹は戸惑っていた。

(どうして……?)

(どうして、義姉さまばかり怒られるの?)

理由が分からない。

理解できない。

ある時、少女を庇おうとしたことがある。

「お母さま、そんな言い方――」

そこまで言った瞬間だった。

母の視線が向く。

見たこともないほど冷たい目だった。

「あなたは黙っていなさい」

低い声。

逆らえない圧。

身体が固まり、それ以上何も言えなくなった。

その後、少女はさらに叱られた。

「あなたのせいで、私が責められたでしょう!」

義妹が口を出した分、少女の咎が増えた。

そんな日々が続いた。


やがて――

義妹の中で、一つの考えが根を張る。

(母の機嫌を損ねてはいけない)

それが最優先になった。

そして、もう一つ。

(母と同じように振る舞えば、母の機嫌は良い)

そう思い込むようになった。

少しずつ、母の言い方を真似る。

最初は強い違和感があった。

だが、回数を重ねるうちに、それも薄れていく。

(これも、義姉さまを守るため……)

そう自分に言い聞かせた。

胸の奥に、小さな引っかかりを抱えたまま。

少女は、少しずつ変わっていった。

会話が減り、目を合わせなくなる。

怯えるように動き、いつしか小間使いのように扱われた。

その変化を見ながら、義妹もまた変わっていった。


そこへ、さらに別の感情が重なった。

初恋の男の子。

父の取引相手の息子。

幼い頃は、三人で遊んだこともある。

気さくで、笑顔が好きだった。

母の実家へ移った後も、時折店へ来ていた。

そして、そのたびに少女を気にかけていた。

「大丈夫ですか?」

優しい声。

自然な気遣い。

そのすべてが、少女へ向けられていた。

時々だけ、義妹へ視線を向ける。

何か言いたげな、困ったような顔で。

それが責められているように感じた。

胸が痛む。

理由は分からない。

ただ、叫びたくなる。

(私だって辛いのに――)

(なんで、義姉さまばかり!)

その感情を吐き出さずにはいられなかった。

少年が帰った後、少女へ冷たい言葉を向ける。

「“お”義姉さまばっかり、お話しできていいですね!」

必要以上に棘のある言い方。

まるで母と同じだった。

そうすると、少しだけ胸が落ち着いた。

それを繰り返すうちに、次第にそれが当たり前になっていった。


やがて少年は、町を離れた。

別れの言葉も交わせなかった。

その時、義妹の胸に強い感情が生まれる。

行き場のない苛立ち。

そして、喪失感。

その全てを、少女へ向けた。

理由を探すように欠点を並べる。

些細なことでも責める。

そうしていれば、自分を保てる気がした。

だが――夜になると苦しかった。

布団に入り、一人になると、胸の奥に重たいものが沈んでいく。

息が詰まるような感覚。

理由は分かっていた。

ただの八つ当たりだ。

だが、認めたくなかった。

(母だって責めてる……)

(私は悪くない……)

そう思い込み、無理やり眠ろうとする。

それを繰り返すうちに、苦しさも少しずつ薄れていった。

――あの日までは。


冬祭り。

義妹の奉納舞は、すでに終わっていた。

出来は悪くない。

だが、特別でもなかった。

観客の反応も予想通り。

それ以上でも、それ以下でもない。

義妹は観客席へ移動し、最後の組を見ていた。

その中に――少女がいた。

息を呑む。

視線が、その姿へ固定される。

(……お義姉さま?)

化粧をし、見慣れぬ簪を挿している。

だが、その簪には見覚えがあった。

昔、少女が宝物のように見せてくれたもの。

亡き母の形見だと言っていた簪。

貴族の衣装をまとい、普段の怯えた雰囲気はどこにもない。

それでも、黒髪だけは変わらない。

義妹には、それだけで十分だった。

幼い頃、毎日追いかけていた髪。

見間違えるはずがない。

だが、隣の母はまるで気づいていなかった。

やがて音楽が鳴り、舞が始まる。

その瞬間、義妹は目を奪われた。

強く、しなやかな舞。

下半身は安定し、足は滑るように動く。

腕は流れ、指先から感情が零れていくようだった。

春風のようであり、雪解けの水のようでもある。

その舞を見た瞬間、身体が震えた。

(心が――震える……)

観客のざわめきも、遠くなる。

他の演者も目に入らない。

少女だけが、はっきり見える。


その時だった。

胸の奥を、何かが突き抜けた。

溜まっていた泥を、一気に吹き飛ばされるような感覚。

痛みとも熱ともつかない感覚が走る。

頭が真っ白になった。

そして――

忘れていた記憶が、一気に溢れ出す。

少女と笑い合った日々。

追いかけた後ろ姿。

好きだった気持ち。

全部が押し寄せてくる。

(……私は、何をしてたのかしら)

その問いが、自然と浮かんだ。

(どうして、お義姉さまを傷つけ続けていたのかしら……?)

言い訳も浮かぶ。

父の没落。

母の変化。

初恋の喪失。

だが、その全てが崩れていく。

(違う……)

(私は、自分を守りたかっただけだ……)

最初は、少女を守るつもりだった。

だが、いつの間にか、自分から傷つけていた。

気づかないふりをしていただけだ。

本当は、最初から分かっていた。

(本当は……大好きだったのに)

その感情が、今ようやく形になる。

同時に、嫉妬の正体にも気づく。

常に少女と比べ、負けていると感じていた。

だから、責めていた。

そうすれば、自分の弱さを認めずに済むから。


その事実を理解した瞬間。

足元が崩れる感覚に襲われた。

自分の立っていた場所が消える。

奈落へ落ちていくような感覚だった。

落ちながら、自分の過ちが次々浮かび上がる。

もう、目を逸らせなかった。

その後の祭りのことは、ほとんど覚えていない。

義妹は、ただ茫然と母の隣に座っていた。

次回【2-2 贖罪の始まり】は、明日7時に公開予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ