1-1 何も望まない少女
作者のしょうじと申します。
『千年物語~戦場の舞姫と4人の後悔の果て~』を始めます。
おそらく人生初にして、唯一の作品だと思います。
キーワードに「ダーク」と入れた瞬間、
【自分にとってダーク(黒歴史)になるのでは?】
と、思いました。不安でいっぱいです。
まずは、『第1章:少女の章』のスタートです。
約1か月ほどで完結(全話公開)します。
一日2話。朝夕に公開。
1話5~10分程度が多いです。
よろしくお願いします。
1-1
『君の心には、何も見えない……』
『――生きようとする意志すら』
『それでも、願いはあるはずだ……』
『教えなさい』
そんな夢を見た翌朝――
少女の手の中には、小さな袋があった。
中には、淡く光る粒。
――見たことのない、不思議な薬。
少女は、それをしばらく見つめていた。
(……願いなんて、分からない)
そう思いながら。
これは、名も残らぬ時代を生きた、ある五人の話。
人は、大切なものを失って、初めてその重さを知る。
それを、何度も繰り返してきた。
この話も、その一つ。
――――――
ある寒い朝――
少女は、まだ暗いうちに目を覚ます。
外は静かだった。
壁の隙間から入り込む夜気は冷たく、室内の空気も底から冷え切っている。
鳥の声も、まだない。
夜と朝の狭間――どちらにも属さぬ時間。
少女は、音を立てぬよう、ゆっくりと上体を起こした。
敷かれた布は薄く、身体の熱をほとんど残していない。
冷えた床に足を下ろした瞬間、全身が震える。
「――ッ……」
わずかに息を呑み、少女は黒髪を布で覆う。
髪が擦れる小さな音さえ気になる。
身につけた服は、何度も繕われた粗末なものだった。
袖口は継ぎ足しだらけで、布の色も場所ごとに違う。
固くなった縫い目が肌に当たる。
(早く動き出さないと……)
少女は寝床である小屋を出て、母屋へ向かった。
桶の水で顔を洗う。
刺すような冷たさに、一気に意識が冴えた。
そのまま大きな桶を持ち、井戸へ向かう。
乾いた木肌が、指先に引っかかる。
(今日も、先に済ませておかなければ……)
彼女たちが目を覚ます前に。
機嫌を損ねる前に。
外はさらに冷え込んでいた。
空はわずかに白み始めているが、朝の光はまだ弱い。
吐いた息が白くほどけ、すぐ消える。
井戸の縁に手をかけると、石は冷え切っていた。
少女は静かに桶を下ろす。
水面に触れる音が、小さく響いた。
少女は反射的に家の方を見る。
(……良かった)
特に変化はない。
安堵しながら、縄を引く。
荒れた指に、繊維が食い込む。
水の重みと共に、指先に痛みが走る。
冷えた縄は硬く、指先の感覚まで奪っていく。
それでも、少女は手を止めない。
音を立てぬよう、一定の速さで引き上げる。
細い腕が、わずかに震えた。
(落としたら……起きてしまう)
そう思うだけで、力が入る。
少女は何度も水を汲み、ようやく朝の仕事を終えた。
次は、かまどに火を入れる。
薪を選び、細い枝から組み上げる。
時折、ささくれや棘が指に刺さった。
火打ち石を打つ。
小さな火花が散る。
その音さえ抑えるように、慎重に打ち続ける。
やがて火が移った。
ぱちり、と小さな音。
頼りない炎が、ゆっくり広がっていく。
少女は、その小さな火を見つめた。
手をかざすと、わずかな熱が返ってくる。
冷え切った指先に、少しずつ感覚が戻った。
たったそれだけで、張り詰めていた心が微かに緩む。
「……暖かい」
かすれた声が漏れた。
その時だった。
家の奥で、床板が軋む音がする。
少女の身体が強張った。
指先に力が入り、動きが止まる。
(遅れてはいけない……)
(何もしていないと思われたら……)
足音が近づいてくる。
一定の間隔。
迷いのない足取り。
少女の喉が、小さく鳴った。
(先に言わなければ……!)
ためらえば、それだけで機嫌を損ねる。
少女は振り返り、深く頭を下げた。
「おはようございます、お義母さま……」
声が、わずかに震える。
義母は足を止め、少女を見下ろした。
床、桶、かまど、少女の身なり――粗探しをするように視線が動く。
わずかな沈黙。
少女は息を詰めたまま、頭を下げ続ける。
(何もありませんように……)
背中に、じわりと汗が滲んだ。
やがて義母が、小さく鼻を鳴らす。
「……ふん、今日は早いのね」
「何か企んでないかしら?」
咎める理由は見つからない。
それでも、何か言わずにはいられない――そんな声音だった。
(良かった……)
少女は、ほんの少しだけ力を抜く。
だが、まだ顔は上げない。
その時、奥の部屋から別の声がした。
「どうせ何をしても同じですよ、お母さま」
「お義姉さまのやることなんて」
軽やかな声。
明るい金髪が揺れ、朝の薄明かりを受けて淡く光る。
整えられた衣服は、少女のものとはまるで別世界だった。
少女は、一瞬だけ義妹へ目を向け、すぐに目を伏せる。
「それより、お義姉さま、今朝の支度は?」
「すぐに準備します」
少女は火加減を調整し、鍋の位置をずらした。
湯が静かに温まり始める。
朝が来る。
いつもと同じ一日が始まる。
少女は、特別なことを望まない。
(ただ今日が、静かに終わればいい……)
それだけだった。
(それ以上を望めば、失うだけ……)
その考えが、心に深く染みついていた。
だがある日、少女は手に入れる。
淡く光る、不思議な薬。
それが――
すべての始まりだった。
次回【1-2 白い夢の中で】は本日19時ごろの予定です。




