第一話 世界の歪み
ハーブティーの味が、しなかった。
「……あれ?」
トシノリは、カップを見つめる。
いつもと同じ香り。
同じ色。
なのに――
何も感じない。
「どうしたの?」
ルルの声。
その声だけが、やけに鮮明に聞こえる。
「いや……なんか、変なんだ」
もう一口、飲む。
やっぱり、味がない。
それどころか――
「……音も、おかしくないか?」
ルルが、動きを止める。
部屋は静かだ。
静かすぎる。
冷蔵庫の音も。
外の車の音も。
何も聞こえない。
「……ねえ、トシノリ」
ルルの声が、少し低くなる。
「それ、“今気づいたの?”」
空気が、張りつめる。
トシノリは、ゆっくりと顔を上げた。
窓の外。
空が見える。
青い空。
白い雲。
――のはずだった。
「……なんだよ、あれ」
雲が、止まっている。
風がないわけじゃない。
カーテンは揺れている。
なのに――
雲だけが、動かない。
いや。
違う。
ゆっくりと。
あまりにもゆっくりと――
“形を作っている”。
「……文字?」
トシノリの背筋に、冷たいものが走る。
その時。
スマホが、震えた。
画面を開く。
ニュース速報。
“世界各地で同時発生”
指が、止まる。
映し出されたのは――
巨大な地上絵。
だが、それはただの地上絵じゃない。
うねり、変形し、書き換わっている。
まるで――
誰かが“今この瞬間”描いているみたいに。
「……これ」
ルルが、呟く。
「ナスカの地上絵」
トシノリは、首を振る。
「違う」
「こんなの……知らない」
画面の中の線が、ゆっくりと動く。
一つの形を作る。
それは――
“目”だった。
見ている。
こちらを。
その瞬間。
声が、響いた。
どこからでもなく。
逃げ場もなく。
「――観測、再開」
トシノリの心臓が、強く打つ。
ルルは、目を細めた。
「……やっぱり」
「終わってなかった」
トシノリは、ゆっくりと立ち上がる。
手の中には――
もう、真珠はない。
あるのは、あの剣。
そして。
消えない記憶。
「今度は……世界全部か」
ルルが、頷く。
「うん」
「規模が違う」
窓の外。
空の“それ”が、ついに形を完成させる。
それは――
理解できるはずのない“何か”。
それでも。
なぜか、分かってしまう。
「……メッセージだ」
誰に向けたものか。
何のためのものか。
まだ分からない。
ただ一つだけ、確かなこと。
「始まった」
今度は――
世界が舞台だ。




