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第一章:第四十一話 燃えぬ桜のために

 無事に上洛を果たした信長は、主要な家臣たちと京・本能寺に集い、上洛を祝う宴を開いていた。

 その中には先の戦で降伏し、傘下に入った久秀の姿もある。意外なことに、打ち解けているようだった。

 盛り上がるみんなの様子を、小春は少し離れた場所から眺めていた。


「小春」


 名前を呼ばれて振り返ると、半兵衛が近づいて来て小春の隣に腰を下ろす。上洛を果たし、信長は濃姫を京に呼び寄せた。半兵衛は彼女に付いて一緒に京へ来たらしい。


「無事に上洛したね」

「うん。信長ならできると思ってた。やっぱり乱世を打ち破れるのは信長だ。約束どおり、やってくれた……」

「約束どおり?」

「……ううん。なんでもない」


 やがて宴は進み、みんなの絆を願い桜を囲んでいた。


「今あそこにいる人たちが、また桜を一緒に囲める関係が続けばいいけど」

「そうだね。あの桜が燃えちゃうことのないようにしたいな……」


 ここは本能寺――信長が最期を迎えた場所。長政の運命を変えると決めたのだ。変われば、信長の運命も、もしかしたら――


「ところで、例の文の差出人には会えた?藤堂高虎、だっけ。運命の人だった?」

「全然違ってたよ」

「それは残念だね。むさ苦しいおじさんだったの?」

「ううん。手ぬぐいくんだった」

「手ぬぐいくん?」


 疑問符を浮かべる半兵衛が、あ、と短く声を出す。


「もしかして……彼のこと?」


 半兵衛の視線の先には、高虎が立っていた。


「君が藤堂高虎か」

「そうだが、あんたは?」

「俺は元斎藤の軍師・竹中半兵衛。今は織田家臣の秀吉様に仕えてるよ」

「あんたが小春の夫か」

「違うって。いつまでその話信じてんの」


 矩影の勘違いがきっかけで、まったくいらぬ誤解を与えまくりである。


「俺と小春が夫婦?そんな話になってるの?ちょっとやめてほしいんだけど」

「私もだよ」

「織田の姫に手を出したなんて知ったら、信長が怒るよね。姫様も黙ってないだろうし、俺の生存確率劇的に低下する」

「そんなことはないから大丈夫」

「生存確率上げるためにも昼寝してくるよ」


 それとこれと何の関係が……と思ったが、半兵衛が何かと理由をつけて昼寝をするのはいつものことだ。


「次あだ名で呼んだら刈り取ってやると言ったはずだが」


 半兵衛が立ち去った後で、高虎は小春を睨みつけた。


「やだな。冗談じゃん」

「それはそうと、あんたに訊きたいことがある」

「なに?」

「なぜあんたは、信長に味方する?」

「……それは……」


 不意とも言える質問に小春は黙る。先の戦での信長の態度に、高虎と吉継は不満を持っている風だった。後の越前朝倉攻めで長政が寝返らないように、その道を長政が選ばないように、高虎には信長に対して良い印象を抱いてもらわないといけない。そしてさりげなくでもいいから長政に話してくれるといいのだが……。


「……あの三人と出会ったのが、始まり」


 悩んだ末、小春はそう口を開いた。

 あの日に思いを馳せる。信長、秀吉、家康と出逢い、一緒に夕陽を眺めて誓った約束を。


「三人の中でね、一番小さな男の子がいたの」

「ほう」

「弱小大名の嫡子で、親が離縁してお母さんと別れた。その後、人質に差し出されて……お父さんは家臣の謀反に遭って亡くなった」

「壮絶な人生だな」

「全部、政治絡み。乱世だから起きたこと」


 高虎は黙って聞いている。


「でもね」


 小春は小さく笑った。


「乱世じゃなかったら、泰平の世だったら、そんなこと起きなかったんじゃないかって思った」


 ずっと震えて泣きそうになっていた竹千代を思い出す。


「だから約束したの」


 小春は真っ直ぐに言った。

 高虎は黙ってその顔を見ていた。


「約束?」

「みんなで泰平の世を目指そうって」


 そして小春は言った。


「乱世を終わらせて、天下を統一して、その世を守るって」 

「その一人が、信長」

「つまりあんたと信長は盟友なわけか。他には?」

「秀吉と……家康」

「秀吉とは、織田家臣だな。家康は?」

「徳川の当主。今川から独立したばかりの」

「徳川?……ああ、あの」

「今話した小さな男の子」


 なるほどな、と高虎は呟いた。


「だから信長は義元を攻めたのか。子どもの頃に約束した盟友を助けるために」

「え、あ、うん。そうなの。信長、ああ見えてすっごく優しくて、いい子なんだよ!」


 嘘である。信長はただ単に危機を脱するために義元を攻め、それが家康を人質から解放することになっただけだ。信長のやり方では、下手したら家康は死んでいた。


「だが信長は容赦ない。先の戦で、六角に従う将兵どころか民まですべて斬れと命じたらしいぞ。長政様が民だけは見逃してくれるよう意見したようだが、どうなったか」


 それは初耳だ。しかし信長ならやりかねない。別段驚くことでもなかった。


「織田家臣は信長に媚びへつらってる。だが長政様は信長に意見した。俺はそんな長政様を尊敬しているが、信長は長政様をすでに駒扱いだ。上洛を成した信長が、権力を得ることは必至。このままでは奴の苛烈な行いを誰も止められん」


 そこまで言って、高虎は小春を見た。


「……やはりそうか」

「なにが?」

「あんた、今の話を聞いて驚かなかったろう。信長ならやると思ってたんじゃないのか?」

「そ、それは……」


 心臓がどくんと大きく鳴り、小春は口ごもる。


「信長は苛烈だ。わかっていて、なぜあんたは信長の娘に成り下がる」

「……泰平の世を目指すために、信長を助けないとって思うから。それに、信長の願いを三つ叶えるって約束したの」

「願いだと?」

「信長の娘になれって。そばにいて協力してほしいってことなんだと思う」

「だから娘になったと?律儀な奴だ。俺の願いも叶えてほしいものだな」

「あ、いいよ。私が未来に帰れるように協力してくれるんだもんね。高虎は大人だから、一つだけね」


 そう言うと、高虎はふっと笑った。


「冗談だ。望みは自分で叶えるからこそ意義がある」

「それもそうだね」

「だが、せっかくあんたが言うんだ。何か考えておく」

「手ぬぐい百枚欲しいとか言われたらどうしよう……」


 それはさすがにないとは思ったが、高虎なら言いかねない気もした。

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