第7話:聖女(仮)の健康管理は、だいたい拷問である
聖女(仮)としての生活が始まって数日。
私のニート生活は、かつてない危機に瀕していた。
原因は明白だ。
カシアンが手配した――
「特別健康管理チーム(という名の監視部隊)」である。
「奥様。本日の朝食でございます」
メイドが差し出した銀のトレイの上には、
白身魚の蒸し物(味なし)と、浄化済みのハーブティー。
「…………肉は?」
沈黙。
「厚切りのベーコンとか。脂が乗ってて、噛むと幸せになれるやつは?」
「旦那様より、『聖なる力を使うお体には脂質と塩分は毒である』との厳命が下っております」
【設計図からの絶望通知】
・現在のストレス値:85%(限界)
・推定残HP:お肉を摂取しないと停止
・旦那様の過保護度:SSSランク(突破済)
(……あの社長、良かれと思って一番キツい食事制限を導入してきやがった!)
ここは修道院じゃない。
私の、安眠と怠惰のためのホワイトな生活拠点のはずなのに。
しかも地獄はそれだけじゃない。
扉の外では、二十四時間体制の騎士たちが待機しており、
私が寝返りを打つたびに、
「奥様! 何かお困りで!」
「すぐに聖水を!」
……寝返りすら打てない。
「……もう限界だわ」
私はベッドの中で、低く呟いた。
「福利厚生(食事)が最悪な職場なんて、即ストライキ案件よ」
――というわけで。
私はこっそりと、「世界の理」をいじり始めた。
目標は二つ。
この監禁に近い過剰管理を骨抜きにすること。
そして、カシアンにバレずに肉を食べること。
まずはキッチンだ。
調理工程を、魔力炉直結の「自動調理システム」に書き換える。
火力制御は遠隔。
配膳ルートは――私のトレイだけ、裏メニュー対応。
(名付けて、リゼット専用隠しコマンド。完璧)
指先を動かしていた、その時。
不意に扉が開いた。
「リゼット、体調はどうだ」
カシアンだった。
最近この人、「進捗確認(安否確認)」の頻度が分単位で増えている。
「食事は喉を通っているか? 足りない栄養があれば、王都から薬草を――」
「……ええ。旦那様のお心遣い、胃に……いえ、痛いほど届いておりますわ」
※本音:心臓に悪いから少し現場を離れて。
彼は私の枕元に腰掛け、そっと手を取った。
その手は、「絶対に壊してはならない宝物」を扱う人間の、それだ。
「君はこの屋敷の要だ。
君が倒れれば、領地は終わる」
重い。
とにかく重い。
「だから君は外に出てはならない。
毒になるものも、一切口にしてはならないんだ」
【分析】
旦那様の責任感が「強迫観念」に進化しました。
(このままだと、そのうち空気すら選別されそう……!)
彼が去った後、私は深くため息をついた。
この状況を打破するには、
彼自身の「仕事量」を増やし、私への関心を物理的に逸らすしかない。
「……ジャネット。旦那様、今日もお仕事?」
「ええ。奥様をお守りするための『鉄壁の警備計画』に、一日の大半を」
(……完全に私のせい)
良かれと思って効率化した結果が、
全部「警備」という名のストーカー行為に変換されている。
その時、ジャネットがふと空気を扇いだ。
「……妙ですね」
「なにが?」
「本日の献立にはないはずの、
『香ばしいお肉を焼く、非常に誘惑的な香り』が漂っているような」
「き、気のせいよ。ほら、聖女の奇跡、とか」
苦しい言い訳だった。
「左様でございますか」
彼女は淡々と続ける。
「調理場の魔力が『一流職人でも不可能な精度で制御されていた件』とも、関係が?」
(確信してるよね? それ)
「……旦那様には?」
「報告いたしません」
即答だった。
「私は『仕事のできる上司』を支えるのが、メイドの務めですので」
その目は一瞬だけ、
完全に“同僚”のそれになっていた。
【状況更新】
ジャネットが「裏工作」の共犯者になりました。
私は再び布団に潜り込む。
カシアンの重すぎる愛。
ジャネットの鋭すぎる観察眼。
この二人に挟まれながら快適なニート生活を再構築する難易度は、
前世のデスマーチ以上かもしれない。
(……こうなったら、物流システムごとハックね)
寝ながら美味しいものが届く環境。
ついでに騎士の鎧の音も完全消音。
――この時の私は、まだ気づいていなかった。
屋敷運営がスムーズになりすぎた結果、
カシアンが生まれた「余剰時間」を、
すべて私の見守りに注ぎ込もうとしていることに。




