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『辺境伯夫人の安眠計画 〜二度寝を邪魔する「破滅フラグ」は、この手で叩き潰させていただきます〜』  作者: こもり詩


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25/25

第25話:生存戦略の第一歩

【現在のステータス:辺境伯夫人(死神にロックオンされ中)】 【現在の課題:処刑フラグ85%の解消】 【直近の目標:夫の情緒を安定させ、二度寝リソースを確保する】


夕闇が迫るテラスから、カシアンに手を引かれるようにしてリゼットは私室へと戻った。漆黒の長い髪を揺らし、軍服風の黒衣を纏ったカシアンの背中は、いつになく強張っている。


(……参ったわね。旦那様の情緒が完全にバグってる。未来のログに処刑なんて文字があるから、システム全体がパニックを起こしてるんだわ)


部屋に入ると、カシアンはリゼットを椅子に座らせ、自分はその前に膝を突いた。緋色の瞳には、守護者としての悲壮な決意が宿っている。


「……リゼット。今まで、君を私の『便宜上の妻』として、ただ守ればいいと思っていた。だが、もしあの夢が……君が王都へ召し上げられ、処刑される未来が現実になるというのなら、私は……」


「旦那様。……落ち着いてくださいませ。その不吉な夢、私が全部『お直し』して差し上げますから」


リゼットは、儚げな美貌に似つかわしくない、どこか冷徹なデバッガーの瞳でカシアンを見つめた。


「旦那様。その予知夢……私に『聖女』という属性ラベルがつき、王宮に利用価値を認められることがきっかけになるのですね?」


「……ああ。王太子エドワード殿下は極めて思慮深く、理を重んじるお方だ。君のスープの奇跡や、この領地の劇的な改善を知れば、国益のために君を王都へ招こうとするだろう。それが君を、陰謀の渦中へ引きずり込むのだ」


(なるほど。エドワード様は『有能な人材を即・現場投入』するタイプのやり手上司なわけね。……最悪だわ。捕まったら最後、一生責任という名のデバッグに追われることになる。それだけは、絶対に阻止ブロックしなきゃ!)


【UIからの警告:将来的な「責任」および「労働」の発生率が上昇中】 【コスト試算:王都出向による睡眠損失:1日平均4時間(致命的)】


リゼットは、机に置いてあった羽ペンを手に取ると、さらさらと紙に図解し始めた。


「旦那様。ならば、私たちがやるべきことは一つですわ。……王宮が、『この女を呼び寄せるのは不利益が大きすぎる』と判断するような、不備だらけの環境を構築しましょう。私が、一日の大半を寝て過ごし、気に入らないことがあればドラゴンを放つような、とんでもない浪費家で悪女だという噂を流すのです」


「リゼット……? 君に、そんな汚名を着せろというのか」


「ええ。旦那様も、私の贅沢のせいで財政が火の車だという報告書を、王都へ送ってくださいませ。……悪女とでも何とでも呼ばせておけばいいのですわ」


(そうすれば、王宮は私を『触れてはいけない地雷案件』として放置するはず。そう、私はただ、誰にも邪魔されずに二度寝したいだけ。そのためなら、評判なんていう不確かな資産、全部捨ててやるわ)


「リゼット……。君は、自分の誇りを犠牲にしてまで、私の……この領地の安泰を願ってくれるのか」


カシアンは、感極まったようにリゼットの白い手を取り、額を当てた。


「……分かった。君がそこまで決意しているのなら。たとえ世界中が君を悪女と呼ぼうとも、私だけは、君の真実を守り抜こう。君が望むなら、この館を君を隠すための鉄壁の聖域に変えてみせる」


(……いや、だから話が『隔離』の方に飛躍しすぎなのよ、この超過保護夫。でも……まあいいわ。泣きそうな顔でフリーズされるよりは、多少重たい愛に包まれている方が、睡眠環境としては安定するしね)


リゼットは、カシアンの手に自分の手を重ね、銀の髪をわずかに揺らしながら、しとやかに微笑んだ。……が、そこでまたしても。


「ひゃっ!? 痛たた……!」


微笑みながらカシアンの背中をポンポンしようとした手が、彼の鎧の鋭い装飾に引っかかった。


「……ま、また指が……。これ、物理的な不具合が多すぎませんこと……?」


「リゼット! 大丈夫か! すまない、私の鎧が君を傷つけるとは……! 今すぐ脱ぐ、今すぐ全部脱ぐから!!」


「ちょ、待ってください、ここで脱がないで!!」


【ジャネットの視点:愛の重力圏】


私は扉の影で、旦那様が奥様の指示に従い、王都への「虚偽報告」の内容を真剣に検討し始めたのを眺めていた。


「奥様。……旦那様は、奥様がご自身を守るために『悪女』を演じようとしていることに、すっかり当てられておいでですね。さらに独占欲が深まったようです」


私が隣で淡々と告げると、奥様は指の傷をフーフーしながら、どこか遠い目をして答えた。


「いいのよ、ジャネット。……旦那様の『過保護』を正しく利用すれば、それは最強の防壁ファイアウォールになるわ。私はただ、その影で誰にも邪魔されずに寝ていたいだけなんだから」


そう仰る奥様の瞳は、相変わらず冷徹な開発者のようだったが。その頬が、先ほど旦那様に触れられた名残で、ほんのりと色づいていることに、奥様自身はまだ気づいていないようだった。

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