第24話:隠された「終焉」――あるいは、呪いとしての愛
グラナート侯爵が、憑き物が落ちたような顔で去っていった。テラスで見送るカシアンは、つい先ほどまで「リゼットのスープを教典に刻むぞ!」と騎士たちに鼻息荒く宣言していた。
しかし、遠ざかる侯爵の馬車を見つめる彼の背中が、急激に強張っていきます。リゼットが余った野菜の端切れを揚げた「即席スナック」をポリポリと齧りながら、ノアの背中に寄りかかろうとした、その時
「……リゼット。……一つ、聞いてほしいことがある」
振り返ったカシアンの顔からは、先ほどまでの熱狂が嘘のように消えていた。代わりにそこにあるのは、今にも泣き出しそうな、それでいて何かを必死に堪えているような悲壮な色だった
(……え、何。さっきまであんなにノリノリだったのに、急にシステムがフリーズしたみたいな顔して……)
「今まで、君を怖がらせたくなくて黙っていた。だが、侯爵が君を『聖女』と讃えて去っていくのを見て……もう、耐えられなくなったんだ」
カシアンは震える手で、リゼットの肩をそっと抱き寄せる
「……私は、夢を見る。君が……君が王都の断頭台で、民衆に罵られながら処刑される、残酷な予知夢を」
リゼットの咀嚼が止まる
「夢の中の君は、今のように『聖女』と崇められ、王宮に召し上げられていた。……だが、名声を得れば得るほど、君を狙う陰謀の渦は大きくなる。最後には『国を惑わした偽りの聖女』として、その命を散らすんだ……」
カシアンの声は、慟哭に近い響きを帯びていく
「君の今の有能さが、美しさが、私には恐ろしい。君が誰かを救うたびに、あの絶望的な未来の足音が大きくなっていく……!」
【設計図からの警告:重大なメインシナリオを受信】 【分析:名声の上昇率と予知夢の整合性を確認……一致率 85%】 【結論:リゼットの安眠生活のゴールは、『物理的な消滅(死)』である可能性が浮上しました】
「リゼット、怖がらせてすまない。……だが、私にとって君は、もう失うことなど考えられない存在なんだ」
カシアンは、リゼットの華奢な体を、壊れ物を守るように強く、切実に抱きしめました。それは領主としての義務ではなく、一人の男としての、悲痛なまでの愛の告白でした。
(…………重いわ。旦那様の愛も重いけど、設定も重すぎるわ……!)
リゼットはカシアンの胸の中で、冷静に現状を分析していた。彼女にとってカシアンは「恋愛対象」というよりは、自分をここまで高く評価し、守ろうとしてくれる「超優良な経営者(夫)」だ。彼を失うのは、今後のQOL維持において最大級の損失。
(有能すぎて死ぬのが未来の出力結果なら、やるべきことは一つ。……王宮が手を出したくないほど、めんどくさい女に擬装するか、あるいはこの予知夢という『致命的な不具合』自体を叩き潰すかよ)
リゼットは、表情を硬くして必死に自分を守ろうと誓うカシアンを見上げ、そっと溜息をつきました。
「旦那様……落ち着いてくださいませ。その不吉な夢、私が全部『お直し』して差し上げますから」
「……お、直し?」
「ええ、不具合の修正です。……私、こう見えても納期……いえ、死期を悟って諦めるタイプではありませんの。あなたに倒れられては、私の安眠計画が台無しですわ。だから、そんなに泣きそうな顔をしないでくださいませ」
リゼットは、慰めるようにカシアンの背中をポンポンと叩きました。……が、そこでまたしても。
「あだだっ!?」
慰めるつもりが、自分の指がカシアンの硬い鎧の隙間に挟まり、リゼットは涙目で悶絶。
「リゼット!? やはり無理をして……!」
「違います、これは単なる物理的な事故ですわ……!(※指が抜けない)」
【ジャネットの視点:愛の重力圏】
私は離れた場所から、抱き合うお二人を眺めていた。旦那様は、奥様の「偉大さ」を誰よりも理解しながらも、同時にそれが奥様を死に追いやることを病的なまでに恐れておいでだ。
(……旦那様。奥様はきっと大丈夫ですわ。……奥様にとって『運命』とは、従うものではなく、効率よく書き換えるための素材に過ぎないのですから)
私は、指を挟んでジタバタしている奥様を助けるため、静かに歩み寄るのだった。




