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『魔力炉の最適化? いいえ、二度寝の環境整備です。~怠惰な生活を送りたいだけなのに、なぜか国中のエリートが私を「聖女」と崇め始めました~』  作者: こもり詩


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第22話:傲慢な美食家と、最速にして最恐のエスコート

 


【リゼットの視点:迫り来る面倒事とペットの派遣】


 吐く息が本格的に白くなり、初冬の冷たい風が窓ガラスを揺らしていた。  

 私は日当たりの良い長椅子で、至福のお昼寝タイムを満喫しようとしていた。


「リゼット、休んでいるところをすまない」


 カシアン様が、少し硬い表情で部屋を訪れた。  

 彼の緋色の瞳には、私を案じる深い憂いが浮かんでいる。


「まもなく、王都よりグラナート侯爵が視察に訪れる。彼は有能だがひどく傲慢で、食にもうるさい男だ。この辺境の粗末なもてなしに文句をつけるだろう」


「まあ……それは、大変ですわね」


 私は儚げに眉を下げる。  

 内心では「うわぁ、超絶面倒くさいクレーマーおじさんが来るじゃないの」と舌打ちしていた。


「君の清らかな心を、王都の俗物で乱したくはない。応対はすべて私が引き受けるゆえ、君はどうかこのまま、自室で安らかに休んでいてくれ」


「……旦那様。お気遣い、感謝いたしますわ」


(よっしゃ、ラッキー! 面倒な接客は全部旦那様に丸投げして、私はこのまま二度寝させてもらおう!)  


 私は心の中でガッツポーズを決め、毛布を引き上げた。


 だが、安らかな微睡みはすぐに破られた。

 窓の外から、けたたましい足音と暑苦しい怒号が聞こえてきたのだ。


「急げ! 侯爵閣下を道中までお迎えする護衛隊を編成しろ!」


「相手は王都の重鎮だ! 我らが辺境の備え、しかと見せつけるのだ。気合を入れろぉぉっ!」


「「「おおおおおっ!!」」」


 アルフレッドたち騎士団が、出迎えの準備でバタバタと走り回り、異様な熱気で歓声を上げている。  

 ……うるさくて眠れない。


「……もう、静かにしてほしいわ。そうだわ」


 私は毛布から顔を出し、枕元の特注クッションで丸まっている黒い仔竜をつついた。


「ノア。あなた、ひとっ飛びしてあのお客さんをエスコートしてきてくれないかしら? あなたが連れてくれば安全だし、騎士たちも出発しなくて済んで静かになるわ」


『むっ? 主様の安眠を妨げる輩を連れてくればよいのだな。容易い御用だ!』


 ノアは短い尻尾を振り、窓から飛び立つと同時に本来の巨躯へと姿を変えた。  

 空を覆う巨大な影が、王都へ続く街道へと飛んでいく。


(ふぅ……これで静かになるわ。おやすみなさい)  


 私は再び、ふかふかの枕へと顔を沈めた。



【グラナート侯爵の視点:絶望のドライブ】


「まったく、忌々しいことだ」


 ガタガタと揺れる馬車の中で、グラナート侯爵は不機嫌に鼻を鳴らした。  

 王都の美食家として知られる彼にとって、辺境への視察など左遷に等しい苦行である。


「辺境伯も哀れなものよ。魔力炉を鎮めるためとはいえ、今にも命の火が消えそうな令嬢を娶り、領地は魔物に怯える日々。出される食事も、どうせ泥水のようなスープだろうな」


「閣下、あまり大きな声では……」


 向かいの席で、真面目な側近騎士・ライネルがたしなめる。  

 その時だった。


 突如、太陽の光が遮られ、馬車の周囲が不自然な闇に包まれた。


「なんだ? 雲でも出たか……」


 ドンッ!!  


 大地を揺るがす衝撃と共に、馬車のすぐ横に『漆黒の山』が降り立った。  

 真紅の瞳を持つ、伝説の厄災――黒嶺竜だ。


「ヒィヒィィィィィィンッ!?」


 馬たちがパニックを起こし、泡を吹いて狂ったように駆け出した。  

 馬車がひっくり返らんばかりの勢いで暴走を始める。


「な、ななななっ!? なぜこんな所に厄災がっ!?」


「閣下、おつかまりください!!」


 侯爵とライネルが車内で揉みくちゃになる中、後方から巨大な竜の咆哮が響き渡った。


「グオオオオオオオオッ!!」


 侯爵たちにはただの恐ろしい咆哮にしか聞こえなかったが、竜は頭の中でご機嫌に呟いていた。


『ふむ。なるほど、主様をお待たせせぬよう、そなたらも急いでいるのだな? よかろう、我も手伝ってやる』


「ひぃぃ!? 竜が襲ってきたぁぁぁっ!?」


 ゴォォォォォォォッ!!  


 竜の鼻先から放たれた強烈な突風が、馬車を背後から猛烈な勢いで押し出した。  

 車輪が宙に浮き、馬車はもはや地上を走る乗り物ではなく、音速の弾丸と化していた。


「ぎゃああああああああっ!?」


「閣下ぁぁぁぁぁぁっ!!」


 王都の誇る大貴族とエリート騎士の絶叫が、枯れ野に空しく響き渡る。




【辺境伯カシアンの視点:奪われた出迎えと妻の慈悲】


 私と、騎士団長アルフレッドをはじめとする精鋭たちは、王都からの使者を道中まで迎えに行くための護衛隊を編成し、慌ただしく出立の準備をしていた。


「アルフレッド。相手は王都の重鎮だ。我らが辺境の規律の高さ、しかと見せつけよ」


「ハッ! 馬車の準備、整っております!」


 金属の鎧が擦れ合う音が、冷たい空気の中に響き渡る。  

 いざ出立の号令をかけようとした、その時だった。


 バサァァァァッ!!  


 突如、我々の頭上を巨大な影が覆い尽くした。  

 見上げれば、漆黒の巨躯に真紅の瞳を持つ伝説の厄災――黒嶺竜ノアが、本来の姿で王都の方角へと空を切り裂いて飛んでいくではないか。


「……なっ? なぜノア殿が王都方面へ?」


 アルフレッドがポカーンと口を開け、出立しかけていた騎士たちも呆然と空を見上げている。  

 だが、我々が事態を呑み込むより早く、事態は動いた。


 ゴォォォォォォォッ!!  


 空へ飛び去ってからわずかな時間しか経っていないというのに、王都へ続く街道の彼方から、凄まじい土煙が猛スピードで迫ってきたのだ。  

 強烈な突風と共に、我々の目の前で急ブレーキをかけたのは、車輪から白煙を上げる見慣れぬ馬車だった。  

 そしてその背後には、馬車を鼻先で押して帰ってきたノアが、誇らしげに息を吐いている。

 ノアは私を一瞥すると、『仕事は終わったぞ』とばかりに裏庭の方へ飛び去っていった。


「こ、これは一体……?」


 ガチャリ、と馬車の扉が開く。  

 中から、白目を剥いて泡を吹くグラナート侯爵と、顔面蒼白の側近騎士が、ボトリと地面に転げ落ちた。


「こ、侯爵閣下!? 大丈夫ですか!?」


「あ、ああ……辺境伯……。竜……竜が……うっぷ」


 私が慌てて駆け寄ると、侯爵は完全に疲労困憊しており、そのまま地面に突っ伏して気を失ってしまった。  

 完全武装で出立しようとしていた我々騎士団は、完全に仕事を奪われ、ただ立ち尽くすしかない。


(……なるほど。そういうことか、リゼット)


 私は、軍服風の黒衣を翻し、愛する妻が眠る屋敷の二階を見上げた。  

 我が妻は、長旅で疲労するであろう侯爵たちを案じ、わざわざ自らの守護竜を『道中の護衛』として差し向けたのだ。  

 なんて慈悲深い思いやりか。

 ノアが少々張り切って「急ぎすぎた」のは誤算だっただろうが、彼女の深く清らかな心には、ただ感服するほかない。


「アルフレッド! 侯爵閣下を至急、最上級の客室へお運びしろ!」


 私は、気絶した王都の重鎮を抱え上げながら、妻の不器用な優しさに胸を熱くしていた。



【リゼットの視点:迫り来る責任問題】


「……奥様。大変です」


 再び心地よい眠りに落ちかけていた私の耳元で、ジャネットの冷静な声がした。  

 目を開けると、彼女は少しだけ呆れたような顔をしている。


「……ん? ノアはもう帰ってきたの?」


「はい。ノア様の『エスコート』により、侯爵様一行が到着いたしました。ただ……」


 ジャネットが窓の外を指し示す。  

 玄関前には、車輪から白煙を上げるボロボロの馬車。  

 そして、白目を剥いて足の震えが止まらず、地面に這いつくばる侯爵と側近の姿があった。


「……極度の乗り物酔いと恐怖により、侯爵様は完全に行動不能に陥っております。本日の歓迎の晩餐会は、キャンセルとなりました」


「…………え?」


 私が慌てて視界の端に『ステータス画面』を呼び出し、玄関前に倒れ伏す侯爵に焦点を合わせると、禍々しい赤い文字が警告音と共にポップアップした。


【警告:対象(グラナート侯爵)の極度な生命力低下を検知】

【状態異常:重度の疲労、胃腸機能の停止、恐慌状態】

【予測:このまま放置した場合、深刻なショック状態に陥る危険性があります】


「う、嘘でしょ……!?」



 私は血の気が引くのを感じた。  

 面倒な接客をサボりたかっただけなのに。  

 王都の大物が、うちのペットのせいで到着早々瀕死になっている。


(待って。このまま王都の大物がうちのペットのせいでショック死でもしたら、大問題じゃない! 査問委員会の対応だの、王都への謝罪だので、私の平穏な引きこもり生活が完全に終わってしまう!!)


 安眠を貪っていた私の心に、かつてない強烈な危機感が警鐘を鳴らしていた。

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