第22話:美食家への「水際対策」と、空からのデトックス
三日後。領地の境界線に、グラナート侯爵一行の豪華な馬車列が現れた。 その豪華さは、もはや「表敬訪問」というより「大名行列」に近い。
「旦那様、いよいよお見えですわ。……ノア、準備はいいかしら?」
『グルルゥ(万全だ、ご主人様)』
リゼットの足元で、ノアが不敵に喉を鳴らす。 今日のノアの任務は、侯爵の馬車を「歓迎の意を込めて」空中から護衛すること。……ただし、リゼットが組んだ「特特別高負荷プログラム」に従って、だ。
「さあ、行ってらっしゃい。……あまりやりすぎちゃダメよ?(※適度に三半規管をバグらせてね)」
ノアは大きく翼を広げ、音もなく空へと舞い上がった。
【グラナート侯爵の馬車内にて】
「ふん。カシアン辺境伯も、ようやく街道の整備を終えたか。おかげでこの私の自慢の馬車が、揺れもせず進めるというものだ」
侯爵は、ふかふかの椅子に腰掛け、優雅にワインを口に運んでいた。 彼は美食家を気取っているが、その本質は「他者のもてなしに難癖をつけるのが趣味」という、サービス提供者にとって最悪のクレーマー体質である。
「さあ、カシアン辺境伯の嫁が聖女だか何だか知らんが、私の舌を満足させられるかな……。もし不味ければ、王都での評価を最低に――」
その瞬間、窓の外が急激に暗くなった。
「な、なんだ!? 日食か……?」
ドォォォォン……!!
地響きのような風切り音と共に、巨大な漆黒の影が馬車のすぐ上空を通過した。 次の瞬間、暴風のようなダウンウォッシュ(風圧)が馬車を直撃する。
「うわあああぁぁ!? 何だ、この揺れは!! 船か!? 嵐か!?」
「侯爵閣下! 空に、空に黒嶺竜が!!」
御者の悲鳴が響く。窓の外を見れば、ランクSの災厄が、馬車の目と鼻の先で並走しているではないか。 しかも、ノアはリゼットの指示通り、「馬車が最も激しく揺れる角度」で、交互に左右から風を叩きつけていた。
「ひ、ひぃぃぃ! ドラゴンが! ドラゴンが私を食おうとしている!!」
「閣下! あれは辺境伯家が差し向けた『先導役』だそうです! 歓迎の印だとか……!」
「歓迎だと!? 殺す気か!! ぐ、ぐふっ……ワインが……吐き気が……!!」
美食家自慢の繊細な胃袋は、屋敷に辿り着く前に、ノアによる「強制デトックス」の餌食となった。
【ジャネットの視点:冷徹なるコストカット】
私は正門の前で、奥様の後ろに控えて「その時」を待っていた。 遠くから、規則正しい爆鳴音と、それに混じって豚を絞めるような悲鳴が風に乗って聞こえてくる。
(……ノア様、実に忠実に『迎撃』を遂行しておいでですわね)
隣にいらっしゃる旦那様は、腕を組み、感銘を受けたように呟かれた。
「見ろ、ジャネット。あんなにも激しく揺れる馬車は見たことがない。リゼットは、侯爵の『美食への執着』という脆弱性を突き、屋敷に着く前にその牙を抜いたのだ。……なんと無駄のない防衛策だ」
「……左様でございますね。奥様の『おもてなし』は、常に効率的でございますから」
やがて、正門にボロボロになった馬車が滑り込んできた。 扉が開くと、中から出てきたのは、真っ青な顔をして今にも崩れ落ちそうなグラナート侯爵だ。かつての傲慢な面影はなく、ただの「重度の乗り物酔いに苦しむ老人」がそこにいた。
「……あら。侯爵閣下、ようこそ我が領へ。……空からの歓迎は、お楽しみいただけましたかしら?」
奥様は完璧な「聖女の微笑み」を浮かべて出迎えた。 侯爵は、奥様の背後に着陸し、悠然と首を振るノアを見て、ガチガチと歯を鳴らした。
「あ、あ、あああ……。かん、げい……感謝、する……。だが、今は、何も、喉を通りそうに……オェッ……」
「まあ、お食事が召し上がれないほどお疲れで? ……困りましたわ、とっておきの贅を尽くした品々を用意しておりましたのに(※一文字も献立を考えていない)」
私は、奥様が背中でそっと小さな「勝利のガッツポーズ」をされたのを見逃さなかった。 食材の発注をゼロに抑え、調理の工数を完全に排除し、かつ相手に「辞退」させる。
(……まさに、経営の鑑。……ですが奥様、少しお顔が『してやったり』と、不敵に歪んでおりますわよ?)
私はそっと手拭いを用意し、青息吐息の侯爵を、客室(隔離施設)へと案内させるのだった。




