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『魔力炉の最適化? いいえ、二度寝の環境整備です。~怠惰な生活を送りたいだけなのに、なぜか国中のエリートが私を「聖女」と崇め始めました~』  作者: こもり詩


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第20話:私はただの飼い主です! ――朝の運動と空飛ぶ騎士団長

 


 ふかふかのベッドの中で、私は心地よい目覚めを迎えていた。

 全身を苛んでいた筋肉痛は、一晩ぐっすり眠ったおかげでだいぶ引いている。


(ああ……よく寝たわ。やっぱり邪魔されない睡眠って最高ね)


 幸せな気分のまま寝返りを打つと、腕の中に「温かくて、すべすべした黒いぬいぐるみ」のような感触があった。

 無意識に撫でていると、不意に頭の中に声が響いた。


『……おお……主様の手、とても温かい……我、至福……』


「……へ?」


 飛び起きて視線を落とすと、私の枕元には、丸々とした真っ黒な仔竜が、気持ちよさそうに目を細めて丸まっていた。


「……ノア? あなた、そんなサイズになれたの?」


『はっ! 主様の安眠の邪魔にならぬよう、自らの魔力を圧縮して形態を変化させました。以後、お見知りおきを!』


 得意げに短い尻尾を振るノア。

 念話もペラペラ喋れるし、サイズも自由自在とは、本当に便利な生き物だ。


「リゼット! 目が覚めたか!」


 そこへ、カシアン様が部屋に入ってきた。

 そして、私のベッドにいるノアを見るなり、感極まったように声を震わせる。


「おお……昨日まで空を覆っていた災厄が、君の膝の上でまるで仔犬のように……! 厄災すらも愛で包み込む、君はやはり、神に遣わされた真の聖女だ……!」


「違います旦那様」


 私は即座に否定した。


「 この子が大人しいのは、私がおやつ(魔力)をあげたからですわ。聖女だなんて、そんな大層なものじゃありません!」


 本当に、勝手に崇めないでほしい。

 私はただ、自分の平穏な生活を守りたいだけの俗物なのだ。

 しかし、カシアンは「己の偉業を誇らない、その謙虚さこそが聖女の証……!」とさらに拝み始めてしまった。

 ……もう、勝手にしてちょうだい。


「あ、そうだノア。こちらは私の旦那様のカシアン様よ。絶対に噛みついたり、火を吹いたりしないでね」


『ふん、主様の伴侶か。心得た(※我の最大のライバルだな)』


 ノアがカシアンをじろりと睨むが、当のカシアンは


「竜が私に挨拶を……!」とまた謎の感動に包まれている。厄災と旦那様、どっちもチョロくて助かるわ。



 朝食後。

 私はノアを抱き上げ、昨晩の被害状況を確認するために裏庭へと出た。

 庭には、アルフレッドをはじめとする騎士団がずらりと並び、私の腕の中のノアを見て極度の緊張に顔を強張らせている。


「あ、あの……奥様。その、恐るべき黒嶺竜は、本当に大人しくなったのでしょうか……?」


「ええ。ノアは賢いから、無闇に暴れたりはしないわ。ね?」


『当然です主様! 我はこの聖域を守る門番ですからな!(※デザートのために)』


 とはいえ、騎士たちがノアを恐れたままでは、今後の警備に支障が出る。

 私はノアを地面に下ろすと、ぽんぽんとその背中を叩いた。


「ノア。少しだけ元のサイズに戻って、騎士の皆さんの訓練相手になってあげて。……ちゃんと手加減してね?」


『承知いたしました! 主様のご慈悲、我がしかと代行いたしましょう!』


 ノアはポンッと音を立てて、馬ほどの「中型サイズ」に巨大化した。

 それだけでも凄まじい威圧感だ。

 アルフレッドがゴクリと喉を鳴らし、大剣を構える。


「いざ……! 奥様の御使いよ、俺たちを鍛えてくれ!!」


『ふん、手加減してやる。かかってこい、人間!』


 アルフレッドが果敢に突っ込む。

 しかし、ノアが太い尻尾を軽く振った瞬間――。


「ぐわあああぁぁぁっ!?」


 アルフレッドの体は、見事な放物線を描いて、文字通り「空の星」のごとく裏庭の端まで吹っ飛んでいった。


「……ちょっと、ノア。手加減してって言ったわよね?」


 私は眉をひそめた。

 あんな勢いで壁に激突したら、全身の骨が折れているかもしれない。

 私は早足で、彼が墜落した茂みへと向かった。


「アルフレッドさん、生きてる? 骨が折れてるなら――」


「お、奥様……!」


 茂みの中から、アルフレッドがピンピンした状態で立ち上がった。  鎧に土がついているだけで、かすり傷一つない。


「すごい……! 衝撃の瞬間、柔らかな魔力の風が俺を包み込みました! まるで羽毛のベッドに投げ出されたかのようです!」


『ふん。主様の言いつけ通り、衝撃を分散させてやったのだ。感謝するがいい』


 ノアがドヤ顔で鼻息を鳴らす。

 ……よかった。

 ホッと胸を撫で下ろした瞬間、私はふと、先ほどのアルフレッドが空を飛んでいく軌道が、妙に芸術的でシュールだったことを思い出した。


 私はドレスの裾を払い、高貴な夫人らしく優雅な足取りで、テラスのティーテーブルへと戻った。


 そこには、完璧な所作でハーブティーを淹れて待つジャネットの姿がある。


「……アルフレッド様、無事で何よりでございましたね」


「ええ。ノアがちゃんと手加減してくれて助かったわ」


 私は温かい紅茶を一口飲み、ふう、と息をついてから……ポロッと本音をこぼした。


「……でもジャネット。アルフレッドさんが吹き飛ばされる軌道、なかなか芸術的で面白かったから……怪我がないなら、あと三回くらいは見てもいいわね」


「畏まりました」


 ジャネットは静かに一礼すると、テラスの端へと進み出た。

 そして、庭で尻尾を揺らすノアに向けて、無言のままスッ……と指を『三本』立て、さらに手のひらを少し上へと向けるジェスチャーをした。


『グルルゥ……(心得た)』


 カシアンや騎士たちには「気安く触れるな」と威嚇していたノアが、なぜかジャネットのその動きには、静かに、そして力強くコクンと頷いたではないか。


(えっ、今ので通じたの!? というかノア、他の人間には塩対応なのになんでジャネットとは歴戦の同僚みたいな空気出してるの!?)


 私がツッコミを入れる間もなく、ノアは『主様からのご期待だ!』と嬉々として尻尾を振り上げ、アルフレッドさんが「奥様の御心に応えろぉぉ!」と感涙しながら再びノアへ突撃していく。


「見ましたかカシアン様! 奥様が、あえて騎士たちに恐怖を乗り越えさせる試練を与えておられます!」


「ああ……! リゼット、君の騎士団への深い愛、しかと受け取ったぞ!」


(違う。ただのバラエティ番組的な面白さを呟いただけだし、愛とか試練じゃないって言ってるのに……!)


 青空をより高く、美しく舞うアルフレッドと、嬉々として尻尾を振るノア、謎の連携を見せる完璧なメイド、そして謎の感動に包まれる旦那様と騎士たち。

 騒がしい裏庭の惨状をティーカップ越しに見つめながら、私はこっそりとため息をつくのだった。




【カシアンの視点:君を守るための剣】


 その夜。

 私は、静かな寝息を立てる妻――リゼットの寝顔を、ただ静かに、熱を帯びた瞳で見つめていた。


 月の光に透ける銀糸の髪にそっと指を這わせると、胸の奥が甘く、そしてひどく痛む。


(ああ、君に触れたい。この身が焼け焦げるほどに強く抱きしめ、私のものだと世界に誇示したい……)


 だが、その衝動を必死に理性の奥底へと封じ込める。

 己の命を削ってまで私や領地を救ってくれるこの気高き聖女を、私の浅ましい欲望で汚すことなど許されない。

 今の私にできるのは、ただ狂おしいほどの情念を隠し、彼女の安寧を守ることだけだ。


 ふと視線をずらすと、リゼットの枕元には、丸々とした黒い仔竜――ノアが、主の温もりにすり寄るように眠っていた。

 その姿を見て、私は静かに拳を握りしめる。


 魔力炉の暴走を鎮め、あろうことか伝説の厄災である黒嶺竜すらも、こうして愛犬のように従えてしまった。

 世界は必ず、彼女の規格外の奇跡を恐れ、「魔女」として断罪しようとするだろう。

 私や領地を救ったがゆえに、彼女は破滅の運命に立たされているのだ。


「……だが」


 私は、リゼットの足元で無防備に眠る、絶対的な「力」を見つめた。  

 本来の予知夢には存在しなかった、イレギュラーな存在。


「……この厄災ノアが、今は彼女の剣となり、盾となるのならば」


 あの無邪気な笑顔を奪うというのなら、運命のほうが間違っている。  私はリゼットの白い指先に、触れるか触れないかの距離で、ひざまずいて誓いの口づけを落とした。


「……リゼット。君を、あの冷たい石畳の上には立たせない」


 君を守るためなら……私は喜んで、この厄災と共に世界を敵に回そう。

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