第20話:完全自動化(オートメーション)の功罪
裏庭に鎮座した漆黒の巨躯。昨日までの「災厄」は今や、リゼットお手製の肉塊を反芻しながら、幸せそうに喉を鳴らす「お屋敷の番竜」と化していた。
【外部デバイス:黒嶺竜ノアとの同期に成功】 【翻訳結果:「主様、大好き。二度寝の聖域、我、死守する」】
(……翻訳の精度が高すぎて、なんだか親近感が湧きすぎるわね。ノア、あなたとは良い同僚になれそうだわ)
リゼットは満足げにそれを見届け、隣で呆然としているカシアンを振り返った。
「旦那様。ノアはとても賢い子ですから、もう心配いりませんわ。……さあ、あの子にパトロールをお願いして、私たちは……いえ、私は、休んで参りますわね」
「リ、リゼット……。あのような恐ろしきドラゴンと心を通わせ、一晩で手懐けるとは……。やはり君の慈愛は、種族の壁すら超えるのだな」
カシアンの瞳には、もはや隠しきれないほどの崇拝の念が宿っていた。
「愛……? いえ、ただの『適切な労務管理』ですわ」 (※本音:最高級の報酬と福利厚生(寝床)を提示して、正式に契約しただけです)
「……? ともかく、君は疲れている。あとは私と、目覚めた騎士たちでノアの運用を考えよう」
カシアンは「私もノアと信頼関係を築かねば!」と意気込み、恐る恐るノアの足元へ歩み寄る
「……ノア。これからよろしく頼む。私はリゼットの夫、カシアンだ。君と共にこの地を守――」
「グルルッ……(近寄るな、人間。我の主はリゼット様お一人だ)」
ノアはカシアンが近づくや否や、不機嫌そうに鼻息を吹きかけ、露骨に顔を背けた。リゼットが触れるときは猫のように甘えるのに、カシアンに対しては「現場監督の親戚」程度の冷ややかな対応だ
「……なっ。リゼット、ノアが私にだけ厳しいようなのだが……」
「あら、照れているんですのよ、きっと。……それでは旦那様、あとはよろしくお願いしますわ」
リゼットは空中をピアノでも叩くように指を動かし、ノアの脳内に「巡回ルート」と「敵の識別ログ」を直接転送する ……が、そこでまたしてもポカをやらかす。
「よし、送信……ひゃっ!?」
指を動かすことに集中しすぎて、自分の足の小指をベッドの脚(※移動させたばかり)に思い切りぶつけた。
「痛っ……! いだだだだ……! あ、足の指が、あらぬ方向に……(※気のせい)」
「リゼット!? 大丈夫か、また術式の反動が……!」
心配して駆け寄ろうとするカシアンを「大丈夫です……小指の呪いですわ……」と適当な言い訳で制し、リゼットは涙目で自室へと退却する。
【タスク:領地境界線の巡回】 【報酬:帰還後の特製ジャーキー】 【禁止事項:屋敷周辺での咆哮(※リゼットの睡眠を妨げるため)】
「グルルゥ(御意に!)」
ノアはリゼットにだけは優雅に首を垂れると、音もなく(リゼットが魔法で消音設定をした)巨大な翼を広げ、静かに空へと舞い上がる。
(よし、完璧。これで警備は完全自動化されたわ。私はこれで、誰にも邪魔されない二度寝の海へ……!)
リゼットは自室に戻り、最高級の羽毛布団に潜り込んだ。 ……しかし、リゼットは知らなかった。 ノアの巡回が「あまりに効率的すぎた」せいで、領地内の魔物が一掃され、結果として「さらに領地が平和になり、視察や来客の要請が爆増する」という、引きこもりにとって最悪の繁忙期が近づいていることを。
【カシアンの視点:君を守るため】
その夜、リゼットが寝静まった後に、カシアンは一人書斎で月を見上げ、深刻な顔をしていた。
「ノアよ。君という守護者がいれば、あの日見た『処刑』という運命さえも焼き払えるだろうか。……どうか頼む、私の命はどうなってもいい。彼女だけは、あの冷たい石畳の上に立たせないでくれ」
カシアンの握りしめた拳は、愛おしき妻を救いたいという切実な願いで震えていた。
【騎士団長アルフレッドの視点:静寂の恐怖】
昨夜まで、我々は「奥様を守らねば!」と、夜を徹して気合の入った演習を行っていた。だが今は、屋敷の庭に巨大なドラゴンの影が落ちるたび、全騎士が石像のように硬直して沈黙を守っている
なぜなら、あのドラゴン……ノアが、我々が少しでも大きな声を出すと「……あ? 主様の安眠を邪魔する気か?」と言わんばかりの、地獄のような威圧感を放ってくるからだ。
「……(静かにしろ、歩くときはつま先立ちだ)」 「……(鎧の音を出すな)」
我々は、かつてないほど「静かで規律正しい」騎士団へと変貌を遂げた。 すべては敬愛する「辺境の至宝」を守るために。




