第14話:余剰魔力(タルト)と、致命的な仕様外
庭の隅。
樹齢数百年の大木が作る、完璧なデッドスペース。
私はジャネットの協力によって手に入れた
**「三十分間の自由(有給休暇)」**を、噛み締めていた。
「……あぁ……これよ」
「これのために、生きてるわ……」
視界に展開した設計図を操作し、
私は周囲に**《保温フィールド》**を張る。
そのおかげで、
ベリータルトは焼きたて同然。
サクッ、じゅわっと、香ばしい。
味のない「聖女食」で枯れ果てていた私の味覚が、
砂糖とバターという
文明の暴力によって、完全復活していく。
【現在の精神状態:多幸感(バフ発動中)】
【周辺警戒:隠蔽パッチ有効】
【騎士の視線:100%回避中】
……だが。
私は、すっかり忘れていた。
システムの脆弱性というものは、
いつだって
「仕様外のイレギュラー」から発生するのだということを。
「……リゼット」
「そんなところで、何をしているんだ?」
背後から響いたのは、
低く、穏やかで――
それゆえに、致命的に恐ろしい声。
「…………はい?」
振り返った瞬間、
私の思考は完全にフリーズした。
そこにいたのは、
書類を片手に立ち尽くす――
カシアン・G・バウムガルト。
(……おかしい)
(彼は詰所にいるはず)
(ジャネットの計算は完璧だったはず)
「だ、旦那様……?」
「どうして……こちらに……?」
「署名なら三分で終わらせた」
カシアンは淡々と言った。
「君が心配でな。
全力で、駆け戻ってきた」
――全力で。
「……それより」
彼の視線が、
私の手元に向く。
「君が持っている
その赤くて甘そうなものは、一体何だ?」
【緊急事態発生:隠密行動の露見】
【分析:帰還速度、予測値の200%を突破】
【原因:愛(※重すぎる執着)】
絶体絶命。
口元には、タルトの食べカス。
手には、半分になった禁断のスイーツ。
――聖女は霞を食べて生きる。
そう本気で信じている男に、
これをどう説明する!?
私はコンマ数秒で思考をフル回転させ、
社畜時代に培った
**「不祥事対応用・即席言い訳」**を、
この世界の設定へと強制コンパイルした。
「……これは……」
「その……旦那様。
どうか、落ち着いてお聞きくださいませ」
私はすっと立ち上がり、
タルトを――
聖なる供物のように掲げた。
「これは、
**《魔力の結晶体(食用)》**でございます」
「……結晶体?」
「ええ」
私は静かに、
しかし大真面目な顔で続ける。
「屋敷の魔力炉から溢れ出た
余剰エネルギーを、
私が身を挺して《固形化》し、処理しておりました」
「……これを放置すれば、
この美しき庭が
爆発する恐れがありましたので」
(※本音:ただのおやつです。めちゃくちゃ美味しいです)
「なっ……!」
カシアンの顔が、
さっと青ざめた。
「君はまた……!」
「そうやって、自分を危険にさらして……!」
「そんな不浄なエネルギーを
食べるなど……!」
「もし、君の体に毒が回ったら
どうするつもりだったんだ!!」
彼は悲痛な顔で、
私の手を掴み、
タルトを取り上げようとする。
――まずい。
このままでは、
貴重なタルトが
**没収(=廃棄)**される!
「だ、大丈夫ですわ!」
私は必死に食い下がる。
「私の体内で……
その……《浄化》しておりますから!」
「ほら、もう一口食べれば、
処理完了ですわ!」
私はカシアンの制止を振り切り、
残りのタルトを一気に口へ放り込んだ。
もぐもぐ、もぐもぐ。
咀嚼しながら、
私は「命を懸けて不具合を修正したプロの顔」を作る。
「……ふぅ」
「……これで、一安心ですわ」
「旦那様」
「リゼット……!」
カシアンは、
心底打たれたように震えた。
「君という人は……」
「どこまで
自己犠牲の精神に溢れているんだ……!」
そして――
その場に、膝をついた。
【カシアンの精神状態:極限の崇拝】
【副作用:
『余剰魔力の固形化』理論を完全に信じました】
【今後の挙動:
おやつを見つけるたび
『リゼットが命懸けで処理した物』として
涙ぐみます】
背後で一部始終を見ていたジャネットが、
そっとハンカチで口元を押さえた。
「……奥様」
「その《言い換え》、
あまりに鮮やかすぎて……」
「私、心から感服いたしましたわ」
(……ジャネット)
(今、絶対に笑ってるでしょ!?)
「さあ、旦那様」
ジャネットは何食わぬ顔で続ける。
「奥様は魔力の処理で
大変お疲れでございます」
「お部屋に戻り、今度は
《特製の洗浄液》――
甘いお茶で、アフターケアを」
その完璧なフォロー(※煽り)により、
私は再びカシアンに抱きかかえられ、
「隔離部屋」へと連行されていった。
自由時間は終わった。
――だが。
タルトは、守りきった。
私はカシアンの腕の中で、
勝利の余韻を噛み締めながら、
次なる**《魔力処理(お取り寄せ)》**計画を
静かに練り始めるのだった。




