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『魔力炉の最適化? いいえ、二度寝の環境整備です。~怠惰な生活を送りたいだけなのに、なぜか国中のエリートが私を「聖女」と崇め始めました~』  作者: こもり詩


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第12話:断頭台の悪夢と、痺れる愛の重み

 

  カシアン・G・バウムガルトは、深い眠りの底でかつての記憶を辿っていた。


 辺境伯としての義務――。

 この領地の心臓部である「魔力炉」を維持するため、魔力が豊富な名門エインズワース家に縁談を申し入れたときのことだ。


 そこで紹介された少女、リゼット。

 彼女は流行遅れの質素なドレスを纏い、華やかな姉の陰で、感情を失った人形のように佇んでいた。


(……魔力炉の重責を負わせるには、あまりに脆すぎる)


 カシアンは、彼女を「道具」にすることを即座に棄却した。

 無理な役目は与えず、穏やかな衣食住を用意し、一人の女性として守る――それが、彼なりの不器用な誠意だった。


「白い結婚」を選んだのも、政略で娶った少女を、彼女自身の心が追いつかぬうちに汚したくないという騎士道精神ゆえの配慮だった。


 ――そのはずだった。

 だが、あの「呪い」が、すべてを狂わせた。


 初めてそれを見た夜、カシアンは自らの正気を疑った。

 夢と呼ぶにはあまりに鮮烈な、五感への暴力。

 焦げた匂い、肌を焼く熱、灰色の空の下、崩れ落ちる瓦礫と炎に包まれる屋敷。


 絶望の中で微笑みながら、自分を庇って炎に消えていくリゼットの姿。


(……ただの夢だ。疲れているのだ、私は)


 そう自分に言い聞かせた翌朝、愕然とした。

 夢で見えた、彼女の「労いの言葉」。

 人形のようだった彼女が、生まれて初めて見せた小さな変化。

 その光景が、予知夢の内容と完全に一致していたのだ。


(……芽生えたのは、加護ではない。逃げ場のない「残酷な真実」だ)


 しかし、今のリゼットは以前とは明らかに違っていた。


 屋敷が火を噴くはずだった「あの日」。

 リゼットが紡いだのは、詠唱も魔法陣すら介さぬ、あまりに異質で緻密な力の行使だった。


(……ああ、リゼット。君は、一体何を代償に、その力を得たのだ……?)


 風に吹かれる花のように儚かった彼女が、目の前で全能なまでに「悲劇的な未来」を書き換えている。


(まさか……私を救うために。君は、乙女としての平穏を捨て、人ならぬ神域の理をその身に降ろしてしまったのか……!)


 カシアンの脳裏に激しいノイズが走る。

「燃え盛る屋敷」の残像がかき消えた。


 だが、安堵は一瞬だった。

 かき消えた光景の奥から、新たな不吉な予兆が、より冷酷に浮かび上がる。


 灰色の空の下、断頭台へと続く階段。民衆の罵声の中、銀糸の髪をなびかせ、白い薄衣うすごろもを纏ったリゼットが、力なく歩まされていく。


(……っ! 炎は消えた。だが、今度は人の手による断罪か……!)


 助けようと伸ばした手は虚空を掴み、鈍い音と共に刃が落ちる――その瞬間、カシアンは自らの悲鳴で闇から引きずり出された。


「……っ、は、……ぁ……っ!」


 乱れた呼吸を整えようと目を開けた視界に、月の光を透かす銀糸の髪が映った。  鼻先を掠めるのは、石鹸の柔らかな香りと、彼女自身の清らかな体温。自分が横たわっているのは、驚くほど柔らかく温かな――妻の膝の上だった。


「あら。お目覚めですか?」


 リゼットが困ったように眉を下げて微笑んでいた 。

 かつての人形のような彼女ではない。

 今の、あの穏やかに微笑み、自分を案じてくれるリゼットだ。


「……あ、ああ。……悪い、夢を、見ていただけだ」


 カシアンは、彼女の細い腰に、確かめるように腕を回した。


 守らねばならない、消え入りそうな聖女。

 そう思っていたはずなのに、膝から伝わる柔らかな感触と、リゼットの「生」の温もりが、彼の心にうずくような熱を灯していく。


「……リゼット。君を、どこへも行かせはしない。たとえ世界が君を魔女と呼ぼうとも、私はこの命を賭して、君という聖域を守り抜こう」


 それは、予知夢の恐怖を打ち消すための、悲痛なまでの誓いだった。  だが、リゼットの反応は、予想外のものだった。


「……だ、旦那様。……誓いは、嬉しいのですが……。そろそろ、……限界、ですわ……」


 リゼットの顔が、苦悶に歪んでいる。

 カシアンは戦慄した。

 さきほど自分の命を分け与えるような慈悲深いことわりを私に分け与えた代償が、今まさに彼女を蝕んでいるのではないか!


「リゼット! やはり無理をさせたのか! 今すぐ休ませよう!」


 カシアンは慌てて彼女を抱き上げようとしたが、リゼットは「ひゃっ」と情けない声を上げて、そのまま崩れ落ちた。


「……足が……。私の太ももが、……物理的に、死にましたわ……っ!」


 リゼットは聖女の微笑みなど放り出し、涙目で感覚の消えた自分の足を必死にさすっている。


(重い……。カシアン様の頭、鍛え上げられすぎてて鉄塊みたいだったわ……。ああ、血が巡ってきた……痛い……痺れる……っ!)


 カシアンは、その様子を愕然と見つめた。


「足の感覚が消えるほど……。私を癒やすために、それほどまでの魔力を消費したというのか。ああ、リゼット、君という人は……!」


「……違いますわ。旦那様、……重かった、だけ……」


 リゼットの蚊の鳴くような弁明は、カシアンの「なんと献身的な……!」という咽び泣きと、決意に満ちた抱擁にかき消された。


 未来への恐怖と、深刻な運動不足による痺れ。


 二つの真実は、夜の静寂しじまの中で、今日も絶望的に噛み合わないまま更けていくのであった。


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