第11話:社長を強制スリープせよ! 膝枕という名の緊急メンテナンス
お風呂上がりの私は、かつてないほど「ととのって」いた。 魔法で精密に温度管理された湯船と、独自配合の疲労回復バフ……。社畜時代には望むべくもなかった、最高級のメンテナンスだ。
(よし、この勢いでカシアンを『休養モード』に叩き込んで、私の自由時間を確定させるわよ)
私が寝室の長椅子でくつろいでいると、森から帰還したカシアンが、今にも剣を抜きそうなほど殺気立った様子で飛び込んできた。
「リゼット! 無事か! 森で不審な術の痕跡を見つけて――……っ!?」
勢いよく入ってきたカシアンが、入口で石像のように固まった。 湯上がりで少し上気した肌、そして「お風呂パッチ」でキラキラと輝く私を見て、彼の緋色の瞳が激しく揺れる。
「……リ、ゼット……? 何だ、その……光を纏っているかのような姿は……」
【カシアンの精神状態:パニック(魅了状態)】 【分析:聖なるオーラ(風呂上がり)を至近距離で受信し、脳内の安全装置が作動しています】
(違うわよ、カシアン。単にお肌のコンディションを最適化しただけよ。さあ、次はあなたの番よ)
「旦那様、お疲れのようですわ。……さあ、こちらへ」
私は儚げな笑みを浮かべ、隣の席を叩いた。 カシアンは、魔物の群れを前にした時ですら見せないような緊張した面持ちで、おずおずと隣に腰を下ろす。
「……あ、ああ。だが、私はまだ不審な術式の調査をせねばならんのだ。何者かが結界に干渉した跡があって……」
「お役目も大切ですが、お体が壊れては元も子もございませんわ。……少し、目を閉じていただけますか?」 (※本音:いいから黙ってスリープモードに入りなさい。あなたが稼働していると、私のニートタイムが減るのよ)
私はカシアンの背後に回り、彼の岩のようにこわばった肩に手を置いた。そして、視界の設計図を起動。
【緊急タスク:上司の強制スリープ】 ・肩こり解消:バックグラウンドで実行 ・精神安定:最大出力 ・指先に『微弱なマッサージ振動』を付与
「……っ、リゼット……君の手は……なんと温かいのだ……」
私の指が触れるたび、カシアンの喉が小さく鳴る。 彼は、リゼットが「自分の命を削って、自分を癒やそうとしてくれている」と盛大に勘違いし、その献身と、耳元で聞こえる彼女の吐息に、心臓が爆音を立てていた。
(よし、だいぶリラックスしてきたわね。……仕上げに、これよ)
私は彼のこめかみにそっと触れ、**【睡眠導入(シャットダウン命令)】**の術を流し込んだ。
「……旦那様。……おやすみなさいませ……」
「……ああ……リゼット……君は……本当に…………」
カシアンの意識が、すとんと落ちた。 そのまま私の膝の上に倒れ込むカシアン。なかなかの重量だが、これも平和のためだ。
(よし、ミッション完了! 社長の強制終了に成功!)
「……お見事でございますわ、奥様」
いつの間にか現れたジャネットが、毛布を片手に感心したように呟いた。
「旦那様をこれほど短時間で骨抜きにされるとは。……その指先の技、私どもも教わりたいほどの手際でございます」
「あら……ただの、お祈りですわ」
「左様でございますか。……では、旦那様がこの『強制的な休息』からお目覚めになるまでの数時間、奥様はごゆっくり『裏の業務』に励まれますよう」
ジャネットは、カシアンが起きないように絶妙な静かさで部屋のカーテンを閉めた。
【獲得報酬:自由時間(4時間)】 【カシアンの好感度:測定不能(限界突破)】
私は、膝の上で幸せそうに眠るカシアンの頭を見下ろし、ようやく心置きなく設計図で「新作スイーツのお取り寄せ(物質変換)」のコードを書き始めた。
(ふふ……これでようやく、誰にも邪魔されない私のティータイムね!)
――しかし、私はまだ知らない。 カシアンが目覚めた後、「リゼットの癒やしがなければ、明日をも知れぬ体」になり、さらに彼女への執着……もとい、依存に近い守護責任を加速させてしまうことを。




