記録:4
この世界に来てから力が溢れてくるのを感じていた。
体の中心が熱くて、グラグラと煮えたぎっている。
今なら、なんだってできる気がするのだ
黒夜に言われるがまま壁際に身を潜める。
どうやら地下には上にある酒場用の酒の保管庫。
それと地下牢も兼ねているようだ。
ルマの連れ去り方やアジトの位置からして相当手馴れている。
大男がルマを地下牢に入れると奥にある部屋に入っていった。
どうやらもう五人程仲間がいるようだ。
「どうするリユウ、人数が多すぎる」
誰もが魔法という攻撃手段を持っているのだ。
現世のように強行突破は難しいと黒夜は考えている。
そんなこと、リユウは全く気にしていないようだが。
「大丈夫なのだよ、白露クン。いくら異世界とはいえ相手は人間」
なんとかなるものなのだよ、と笑うリユウ。
やはり嫌な予感しかしない。
「白露クンはここで待っているのだよ」
リユウの手を掴もうとするが、それは叶わなかった。
リユウが地下牢を目指して飛び出してしまったのだ。
もちろん見張りがいる為、速攻でバレてしまった。
「誰だてめぇ!」
大男の仲間が大声を上げる。
その声につられてぞろぞろと奥から出てきてしまった。
「あれぇ、ここはどこだね?迷ってしまったのだよ」
リユウはわざとらしくキョロキョロを辺りを見渡す。
どうやら迷い込んだで誤魔化そうとしているようだ。
流石に無理があるだろう。
「迷子だか何だか知らねぇがここがバレちゃあしょうがねえ。お前も商品になってもらうぞ」
やはりだめだった。
リユウは後ろ手に縄で縛られあっけなく牢に入れられてしまった。
なんとかなっていないじゃないか。
しかしここで黒夜が飛び出すのは得策ではない。
実際リユウの方が身体能力が高く、護身に長けている。
黒夜が突撃したとて二の舞になるだけだ。
「これは珍しい髪色だな。高く売れるんじゃねぇか?」
「白に青のメッシュなんて、変わってますなぁ」
大男たちの会話が響いて聞こえてくる。
隠れる必要がないからかなんとも好き勝手言ってくれているようだ。
黒夜は思わず懐に忍ばせているものに手をかけた。
リユウに秘密で取り寄せた、拳銃。
あっちの世界で作ったコネクションによって手に入れたもの。
これはなるだけ使いたくないのだ。
リユウが危なくなったら使うしか。
人生で一度も使ったことのないそれはズシリと重い。
いつでも撃てるようにセーフティーを外しておく。
さてリユウ、お前は何を企んでいるのか。
思った以上に手をきつく縛られたリユウは乱暴に牢に入れられた。
思わず呻き声が出てしまうが、仕方のないことだ。
下品な笑い声を響かせる大男一味の目を気にしながらルマに話しかける。
ルマは未だに震えが止まっていない。
「ルマクン、大丈夫かい?助けにきたよ」
なるべく小声で会話をする。
ここは声が響く。
大男に聞かれたくないのはもちろんのこと。
それに加えて黒夜にも聞かれたくないのだ。
「ラ、ランポさん。貴方まで捕まってしまったら」
不安そうにしているルマを安心させるため、リユウはにっこり笑ってみせる。
「大丈夫。僕はこう見えて手品が得意なのだよ」
大男達を横目で見る。
どうやら在庫の酒を飲んでいるようで見張り一人いない。
今がチャンスとばかりに縄抜けをするリユウ。
少しきつかったが難なく抜けることができた。
「わぁ、凄い!」
目を輝かせるルマ。
どうやら落ち着いてきたようだ。
「そうだろう。僕は優秀だからね、ピッキングなんかもできてしまうのだよ」
「ピッキング!ここから出られるの?!」
ルマの注意が散漫になっている間に縄をほどいてしまう。
幸いポーチの中身は取られていない。
中からピッキングツールを取り出し音を立てないように慎重に作業する。
構造は現世の物と変わらず単純なものだ。
一分もかからずに解錠することができた。
「こ、これで出られる!」
ルマは早速牢から出ようとする。
しかし今出ても連れ戻されるだけだ。
「今出るのは危険なのだよ」
その言葉でルマの顔は一気に曇る。
やはり子供は分かりやすいな、とリユウは少し面白くなった。
「じゃあどうするの?」
ルマは不安げにリユウを見つめる。
そんな不安をも吹き飛ばすような笑顔でリユウは手招きをする。
「少し、知恵を借りてもよいかね」
リユウが牢に入れられてから三十分程経過した。
未だにリユウのアクションが無く、黒夜は苛立っていた。
大男達は収入が増えたことで浮かれたのかかなりの量の酒を飲んでいる。
確かにリユウの髪色は珍しい。
髪色や見目が関係してくるという事は人身売買辺りをしているのだろう。
リユウがそんな下衆な奴らに捕まったのかと思うと無性に腹が立ってくる。
拳銃を握りしめ今か今かと待っている黒夜の目に、一筋の光が入ってくる。
それはメラメラと燃えている。
発生源は牢屋のようだ。
黒夜は一気に焦りを覚えた。
火を起こせるようなものはマッチ以外持たせた覚えがない。
それに危険だから何本使ったかしっかり数えるからなと脅している。
よほどの緊急時以外は使わないはずだ。
じゃあ何故火を起こせるのか。
黒夜は肝が冷えた。
そういえば牢屋にはもう一人、この世界の女の子もいたはずだ。
「おぉ、本当に出せたぞ!誰でも使えるのだな!」
そんなまさか、リユウがこのひと時で魔法を使えるようになるなんて。
「ランポさんすごい!この調子ならもっと強いの出せるかも!」
流石にこの事態では呑気に飲んではいられない。
大男達が慌てて武装し、リユウに立ちはだかる。
「てめぇら、いつの間に抜け出しやがった!」
大男の指示で下っ端がリユウに殴りかかる。
しかし簡単にいなされ壁に叩きつけられた。
「今そんな事気にしてる場合かい?」
先ほどまで捕まっていたのに、今では余裕さえ感じる。
そんなリユウに押されたのかさらに三人が殴りかかる。
その奥で大男が何かを唱え始めた。
リユウは焦ることなく一人ひとり気絶させていく。
ルマも魔法を使い援護している。
残るは大男だけとなった。
リユウから攻撃を仕掛けるも躱されてしまう。
流石に一筋縄ではいかないようだ。
「てめぇら、よくもやってくれたな!!」
呪文を唱え終わったのかリユウのよりも大きな火炎が広がる。
咄嗟に瓦礫を盾にして回避するが、火炎が止まる様子はない。
いっそのこと撃ってしまおうか。
黒夜は標準を大男の眉間に合わせる。
少し遠いが外すことはないだろう。
トリガーに指をかけ、あと一押し。
その瞬間、リユウの声が響いた。
「いいのかね、そんな馬鹿みたいに炎をだしても」
リユウの戯言だと思ったのか大男は鼻で笑う。
「強がりか?それとも命乞いか?あんなちっぽけな魔法でイキりやがって」
ぶっ殺してやるよぉ!!と叫ぶ大男。
それに呼応するように火炎は勢いを増す。
しかしこれは決して戯言や命乞いではない。
「本当に、いいのかね。キミ自身の手で仲間を殺めることになっても」
リユウのその言葉に釣られて辺りを見渡す。
そこには轟々と燃えさかる火の海が広がっていた。
さっきリユウが出した炎が酒に引火したのだろう。
それを大男の火炎が助長したのだ。
奥の方で倒れている奴らはまず助からない。
それを悟ったのか大男は炎を出すのを慌ててやめた。
しかしもう遅い。
大男の仲間達が苦しむ声が聞こえてくる。
肌が燃やされ焦げる感覚はとてもつらいだろう。
「お、お前たち!!」
慌てて炎の中に飛び込もうとする大男をリユウが止める。
炎の中に飛び込むのは無謀だと判断したのだろう。
「おい、邪魔だ、退け!」
大男がリユウに殴りかかるが簡単に躱して、抑え込んでしまった。
「嫌に決まっているのだよ。今までの罪はきちんと償ってもらわないと」
そう言って大男を絞め落とし、縄で縛り上げた。
リユウが縛られていたもの使っているのは嫌がらせだろうか。
「ルマクン、急ごう」
大男を担ぎながらルマの手を引くリユウ。
流石に重荷だろうと大男を担ぐのを変わってやることにした。
「よぉ、上手くやったみてぇだな」
ひょこりと顔を出す黒夜。
余程驚いたのかリユウは大男を落としかけている。
「なんだ、いたのかい白露クン。てっきり逃げたのかと思っていたのだよ」
そう言っていたずらっぽく笑うリユウ。
「俺はそこまで薄情じゃねぇっつーの」
お互い軽口をたたいて満足したのか逃げることに専念する。
大男は黒夜が途中でさりげなく受け取っていた。
リユウがルマを背負い一足先に階段を上がる。
黒夜はふと立ち止まって振り返った。
後ろには燃える酒樽と大男の仲間数名。
そして足元にはまだ微かに意識が残っている大男の仲間が一人転がっている。
しかしリユウは優しい男だ。
自身の命が危険に晒されたというのに罪を償う機会を与えるなんて。
まぁ自分から捕まりに行ったともいえるが。
それにあの時大男がリユウのいう事を最初から聞いていればこんな惨劇は起きなかっただろう。
リユウは助かるチャンスを与えたのだ。
足元の男に向かって拳銃を向ける。
太ももに一発、腹に一発弾丸を打ち込む。
このまま意識を失い死ぬくらいなら、もう少し苦しんでもらおう。
どうせ息絶えることに変わりはないのだから。
「白露クン、早く来るのだよ!」
少し遠くからのリユウの声で冷静さが戻った。
弾の無駄遣いをしたな、と反省する。
しかしそんなくらい感情を気取られぬようなるべく明るい声で返事をする。
「分かってるよ」
初めて自身の手で人を殺した。
最悪の気分だ。
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