記録:3
次の日の朝、綺麗な朝日を眺めながら街に戻った。
宿屋にでも泊まろうと一度戻ったのだが、この世界の金銭を持っていないのを思い出した。
野宿をするにしても少し冷える。
しょうがないので再び馬小屋に戻り一晩待つことにしたのだ。
「あぁ~、体が痛てぇ」
馬を元の持ち主に返す。
往復3時間以上乗っていたせいで体が硬くなってしまった。
「乗馬なんて中々できない体験だったのだよ!」
「そうだな、これから沢山できるだろうよ」
歌舞伎町の朝を思わせる風貌の黒夜。
寝ずにリユウを探していたのだ。無理はないだろう。
そんな黒夜とは逆にリユウは爽やかさに磨きがかかっている。
「しかしどうするよ。調査をするにしても金がねぇとなんもできねぇぞ」
財布はすっからかんだぜ、と笑いながら財布を逆さにする。
流石に馬小屋暮らしは嫌だ。
調査よりも先に働き口を探す羽目になるかもしれない。
「兄ちゃん達見ない顔だねえ、観光かい?」
行く当てもなく何となく歩いていると、少し太り気味な男に声をかけられた。
手にはたくさんの果物のようなものを抱えている。
「まあ、そんな所だね。お金が無くて困ってるのだよ」
隠してもしょうがないと正直に話すと男はにっこり笑った。
「それならコレ、持っていきな!売り切れなくて困ってンだ」
そう言って渡されたのはリンゴの様な果物。
見た目は綺麗な赤色で、よく熟れているのが分かる。
売れ残って、という事は八百屋なのだろう。
「良いのか、貰っちまって」
「リンゴくらい構わんさ。ここもいつ潰れるか分かんねぇからな」
こっちの世界でもこの果物はリンゴと言うらしい。
嬉々として齧り付くリユウ。
黒夜は少し警戒していたが、誘惑に負けたのか控えめに齧っている。
「何故もうすぐ潰れるって分かるんだね?」
良い音をたててリンゴを齧りながら店主を見据える。
さっきまで笑顔だったのが嘘の様な顔だ。
そんなリユウを見て店主はバツが悪そうな顔をした。
「そら、せっかく観光に来たんだ。時間が勿体ねぇだろ。早く行きな!」
しばらく沈黙が続いたが、その空気を破るように店主が動き出す。
紙袋に沢山果物を詰めてリユウに押し付ける。
そうして急いで店の奥に引っ込んでしまった。
店主は明らかに何かをはぐらかした。
リユウの質問はこの世界ではタブーのものだったのだろうか。
明らかに態度が変わった店主を怪しむ黒夜。
「白露クン、そろそろ行こうではないか」
店主が挙動不審になった原因はなんだろうかと思考中の黒夜を引っ張る。
早く行かないと良い宿が埋まってしまう。
どうやら黒夜達が飛ばされた街は城下町のようで、観光客も多い。
日が暮れると宿を探すのも一苦労なのだ。
「はぁ。どこに行っても金、金。めんどくせえなァ」
「ま、しょうがないのだよ。質屋を探して所持品を売るかね」
仕方ない、とリユウはポーチから売れそうなものを探す。
この世界で価値がある物の基準が分からないが、存在が珍しいので何とかなるだろう。
質屋を探そうと後ろを振り向くリユウ。
すると足元に衝撃が走った。
見てみると傍に女の子が尻もちをついていた。
「ご、ごめんなさい」
痛がるより先に謝罪か、と少し不自然に思ったがすぐに手を差し伸べた。
レディには優しくしなければそれは紳士ではない。
「僕のほうこそすまないね。ケガは無いかい?」
「うん」
女の子は立ち上がるとスカートの汚れを払う。
しかしその汚れは転んだだけではつかない程の量ついている。
よく見ると上の服も泥汚れが酷い。
泥汚れの他にも僅かに血が紛れている。
女の子の顔も少し腫れているようで痛々しい。
ちらりと見えた耳の形も少し変だ。
こんなになるまで殴られたのかと思うと心が痛くなる。
「本当にケガは無いのかね?」
「え」と驚いた顔の女の子。
その顔は何か言いたげで、周囲をせわしなく確認している、
これは何かありそうだとリユウはひっそり楽しくなってきた。
リユウが立ち止まっている事に黒夜は気づいていない。
「キミ。名前を聞いてもいいかい」
ひとまず話しやすくするために会話のキッカケを作る。
知らない人よりお互い名前を知っている関係の方が良いだろう。
「ル、ルマ」
女の子は控えめにルマと名乗る。
「ルマだね。僕の事は藍本と呼んでくれ給え」
リユウと名乗っても良かったのだが、藍本と呼ばれた方が何かと気分がいい。
なんせあの文豪の江戸川乱歩と同じ響きなのだから。
しかし黒夜は中々藍本と呼ばない。
少しくらいいい気分を味わったって良いだろう。
「ルマクン、こんなところで一体何をしているんだい?」
ルマは少し震えながら答える。
「あ、あの。実は」
そう言いかけた瞬間ルマの腕が勢いよく引っ張られた。
「てめぇ!なにやってんだ!」
ルマの腕を引っ張ったのはガラの悪い大男だった。
乱暴に引っ張っているせいでルマの足が地面から少し浮いている。
「ぶ、ぶつかっちゃって」
ルマの震えが大きくなる。
明らかに血縁の者ではないだろう。
「ッチ、餓鬼が手間取らせやがって」
機嫌が悪いのか男はリユウを睨みつけてから何処かに行ってしまった。
男に引っ張られ連れて行かれるルマから何かが落ちる。
どうやらハンカチのようだ。
ボロボロだった見た目に相反して良い布を使われている。
「どうしたリユウ」
リユウが付いてこない事に気づいた黒夜が傍に戻って来ていた。
手に持っている可愛らしいハンカチを見て怪訝な顔をしている。
「いや、あの子が落としたハンカチなんだけれどね」
畳まれたハンカチを開いてみるとそこには"助けて"と血で書かれていた。
焦っていたのか字はガタガタで、ところどころ掠れている。
「さっきチラッと見えたが、あの子指怪我してたぜ」
いつ見ていたのか、リユウでも気づかなかった事なのに。
こういう所が黒夜の恐ろしい所だ。
「ならあの子が書いたもので間違い無さそうだね」
黒夜のおかげでルマが助けを求めている事が分かった。
恐らくさっきも助けてと言いたかったんだろう。
明らかに弱そうなリユウに助けを求めるくらいだ。
相当やばい相手かもしれない。
「まさかお前、あの子助けに行くのか!?」
そんな金になりそうもない事してる時間なんてない。
自分達は慈善活動者ではないのだ。
黒夜は乗り気じゃない。
一刻も早く元の世界に帰りたい一心だ。
リユウはその青い瞳で黒夜を見つめる。
普段とは違う真面目な顔。
探偵として全力を尽くそうとする、黒夜が信頼を置いている顔だ。
「困っている人を助けるのは当然なのだよ、白露クン」
お人好しだ、そうとしか言えない。
しかし黒夜はそんなリユウだから付いていきたいと思ったのだ。
そんな瞳で見られちゃ、断れない。
「分かったよ。ほら、さっさと追うぞ」
やれやれといった仕草をしながら許可を出すと、リユウは目をさらに輝かせた。
「ほら白露クンも!」
「はいはい」
リユウは黒夜の手を引っ張りながらさっきの大男を追う。
男の身長が高いおかげで尾行は簡単そうだ。
大男は周囲を警戒しながら歩いている。
しかし二人の職業は探偵。
尾行はできて当たり前なのだ。
しばらく歩くと大男は路地裏に入って行く。
奥にある扉を開けて建物の中に入ったようだ。
誰かと会話をした様子はなかったため見張りはいないと考えて良いだろう。
ゆっくり扉を開けるとそこは酒場のようだった。
老若男女が酔っ払い大騒ぎしている。
その喧騒の中大男はさらに奥の扉に入っていった。
どうやらスタッフ用の扉らしく、扉の前にはガードマンが立っている。
これはどう誤魔化しても入れそうにない。
「どうするリユウ」
あまり手荒な真似をすると騒ぎになってしまう。
警官を呼ばれれば捜査どころではなくなってしまうだろう。
「まぁ任せ給えよ」
ドヤ顔で宣言するリユウに少し心配になるが、ここはリユウに頼る他なさそうだ。
いつも持たせている探偵帽を被らせる。
顔が割れると後々面倒な事になりかねない。
「いいか、慎重にだぞ。バレたら助けるどころじゃねェからな」
「分かっているのだよ」
リユウは気配を消し、ゆっくりとガードマンに近づく。
リユウに気がついたガードマンが何か言おうとした瞬間。
「あ、あれは確か指名手配犯の!」
リユウは酒場の中心を指差す。
そこには酔っ払った男が騒いでいるだけだ。
しかしガードマンも大男の仲間の可能性が高い。
指名手配犯の!なんて言われたら確認するしかないだろう。
その一瞬の隙をついて顎に一発入れる。
嫌な音がした後、ガードマンはふらりと倒れた。
脳震盪による気絶だ。
「あれは痛そうだ」
どうやらガードマンは一人だけのようだ。
応援が来る気配もないので黒夜も近づく。
「痛くしないと意味がないのだよ」
容赦ないリユウの拳をくらったのだ、しばらくは起きないだろう。
バレないように奥の方にガードマンを隠してから扉を開ける。
ゆっくり先に進むと地下に続く階段が姿を現した。
窓もない地下の階段を下りるのは少々気が引ける。
しかし階段の周りだけ何故か明るい。
何とか視界の確保はできそうだ。
「しかしこれはどういう仕組みなのだね?」
リユウ達が先へ進むたび先が明るくなる。
壁に松明が置かれているわけでもない。
「視界に干渉してくる魔法じゃねぇのか?この世界なんでもありみたいだしよ」
しばらく辺りを観察をしていた黒夜はそう結論付ける。
黒夜曰くこの世界では人間も魔法を使えるらしい。
「これは良いことを聞けたのだよ」
何かを企んでいるのか悪い顔をしているリユウ。
そんなリユウを見て黒夜は身震いをした。
この顔をしている時は大抵悪だくみなのだ。
「くれぐれも、無茶だけはすんなよ?」
大男の足音が近くなってきたため小声になる。
しかし聞こえる程度で強めに言い聞かせておかないと後々面倒な事になるのだ。
「分かっているとも。死にはしないさ」
あぁ、分かってないなコイツ。
こうなったらリユウは止められない。
自分達の命が無事であることを祈るばかりだ。
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