記録:2
「ここが異世界への扉であってんのか?」
大臣に案内され着いたのは古びたアパート。
その一階にある不自然な場所に取りつけられた扉は奇妙なデザインだ。
傷んでおり、禍々しさを感じる。
「この扉から異世界人の彼が出てくるのをハッキリと確認している。間違いないよ」
リユウにポーチの中身を確認させてから扉の前に立つ。
念のためにと行く前に準備をしたがとても不安だ。
心なしか大臣の表情も暗い。
それもそのはず、依頼料としてかなりの額を前払いとして搾り取ったのだ。
これで依頼失敗なんて言われでもしたら大きな損害になる事は確実だろう。
「リユウ、準備は良いか?」
「あぁ、OKなのだよ!」
一応“心の”準備はいいか、と聞いたつもりだったのだが心配なさそうだ。
やる気に満ち溢れキラキラとした目で扉を見つめるリユウ。
早く行きたくてたまらないのだろう。
「それでは、検討を祈っている」
「うむ、行ってくるのだよ!」
大臣に背を向け扉を開ける。
扉の先は真っ暗で何も見えない。
一瞬足が竦んだが、何とか一歩前に進む。
完全に中に入ると扉が閉まった。
逃げられない。直感的にそう感じる。
「おいリユウ、大丈夫か!?」
黒夜よりすこし先に入ったリユウの姿が見えなくなる。
声は反響しているものの返事がない為聞こえていないのだろう。
しばらく歩くと光が見えてくる。
黒夜はその光に向かって思いきり走った。
きっとあの光の先だ。
黒夜が目を開けるとそこは一風変わった街並みだった。
道の舗装はアスファルトではなく石畳。
建物は近代的なものでも、日本家屋でもない。
所謂中世ヨーロッパのような街並みなのだ。
「あ、リユウ!どこだ!」
異世界に来てしまったのか、という衝撃で頭がおかしくなりそうだ。
しかし依頼はこなさなくては、リユウが悲しむ。
その想いが黒夜を正気に戻した。
「リユウ!返事しろ!おい!!」
大声で名前を呼ぶも返事は帰ってこない。
まさか何かトラブルでもあって異世界に来れなかったのか。
それはまずい。非常にまずい。
原理は分からないが、世界の境界を飛び越えて来ているのだ。
もし扉の所に取り残されていたら。
嫌な考えが頭をよぎる。
そんなことあっていいはずがない。
早くリユウを探さなくては。
「リユウ!!」
黒夜は再び走り出す。
叫びながら走るせいで注目を集めてしまっている事なんざ、気にも留めずに。
「ふぁあ。よく寝たのだよ」
同時刻。リユウは呑気に欠伸をしながら原っぱに寝転がっていた。
あの扉に入った瞬間からの記憶が飛んでおり、いつの間にか草原にいたのだ。
「全く、いい歳して迷子だなんて。白露クンには困ったものだよ」
迷子なのはどちらなのだろうか、なんて突っ込んでくれる彼は今はいない。
迷子の時はなるべくその場から動かない方が賢明である。
しかし多動性のリユウにそんな事は無理なのだ。
こんなに大きな草原は日本には存在していないだろう。
それに見たことのない動物のようなものが自由に駆け回っている。
異世界に来れたのだ。そう実感するのにそう時間はかからなかった。
異世界に来てからする事といえばなんだろう。
そう、探索だ。
この世界はどんなところなのか、知る事が大切なのである。
そう結論付けたリユウは早速近くの森に入ってみることにした。
木々が生い茂り、所々に湧水がある。
自然が豊かで人間の開拓が進んで無い事が伺える。
「それにしても白露クンは何処へ行ったのだろうか。彼を探すことを優先するべきか?」
珍しくまともな思考になったリユウ。
基本自由人だがやる時はやる男だ。
草原の方が見渡しやすくて探しやすいか、と元の道に戻ろうとした時。
目の前に一匹のウサギが現れた。
それもただのウサギではない。角が生えたウサギだ。
ウサギはリユウを見据えた後、目の色を変えて突進してくる。
きっとここは彼の縄張りだったのだろう。
これが現世のウサギなら、可愛いなぁで済むだろうが、ここは異世界だ。
角が生えたウサギに突進なんてされれば、腹に風穴が開くこと間違いなしだ。
「おぉぉ!これが異世界!スリリングなのだよ!」
そう曇りなき眼で喜ぶリユウは、物凄い勢いで迫るウサギの角に手を添えて突進を受け流す。
次の瞬間ウサギは地面に叩きつけられた。
その衝撃でウサギは失神し、ぴくぴくと痙攣している。
「今夜の晩御飯ゲットだ。早速白露クンに」
自慢しよう。そう思い振り返るも黒夜はいない。
今リユウは一人だ。この広大な森に独りなのだ。
そう自覚した瞬間に寂しさが襲ってくる。
このウサギは絞めずに起きるのを待とう。
せめて生き物が近くにいた方が、寂しさが紛れると思ったのだ。
時間は過ぎ、辺りはもうすっかり暗くなった。
ポーチに入れていたマッチのおかげで灯りに困る事はないが、やはり孤独だ。
黒夜が来る前はずっと独りだったのに。
「慣れとは、怖いものだな」
キミもそう思うだろう?
なんて火にあたりにきた角突きのウサギ達に話しかける。
気絶させたウサギを巣穴に返し、気絶させたお詫びにと近くで焚火をしていた。
冷えてきているからいい暖房になるかもというリユウなりの優しさだ。
そうするとウサギの家族たちがワラワラと集まってきたのだ。
ウサギ達のおかげで寂しさはだいぶマシにはなった。
(あぁ、沢山歩いたから疲れたのだよ)
慣れない獣道に体力を奪われたのか疲れが酷い。
眠気に勝てずウトウトしているとウサギ達に袖を引かれた。
こっちにこい。そう言っているかのようにリユウを引っ張って案内する。
少しして着いたのは街はずれにある馬小屋のようだ。
いつの間に街にいたのか気になるが、眠気で頭が回らないリユウは深く考えないことにした。
「だってここ、異世界なのだよ」
言い訳がましいが、確かに異世界なのは事実だ。
ウサギ達は慣れているのか裏道をひょいと潜り抜ける。
そうして中に入ると馬はおらず、代わりに沢山の藁が積まれていた。
少しチクチクするが、寒さも凌げていい匂いだ。
「感謝するよ、ウサギ諸君。キミ達も一緒に寝ようではないか」
そう言い残すと電池が切れたのか眠ってしまったリユウ。
そんなリユウの周りをウサギ達が囲い、皆で眠りについた。
「クソ、もう街全部探しちまった」
リユウが呑気に寝ている間に黒夜は徹夜で捜索を続けていた。
今いる街からそう遠くない所にいると踏んでいたのだが、どこを探しても見つからない。
「あとは街はずれの馬小屋だけだが」
いるわけないが、探さないわけにもいかない。
思わずため息が出てしまう。
近くの店主に馬を借り、急いで馬小屋に向かう。
少し遠い所にあるそれはあまり立派なものではないが、旅人の為にと設置されている。
最近は馬に乗って旅する冒険者や旅人は少ないと聞いていたが。
馬小屋に着くとそこには不自然なモフモフがいた。
白い塊のように見えたそれはウサギのようだ。
何故馬小屋にウサギが?
疑問に思った黒夜は馬小屋の中に入る。
そこには藁に埋もれて眠るリユウと沢山のウサギ達がいた。
「ウサギ、お前がリユウをここまで連れてきてくれたのか」
そう黒夜がウサギを抱き上げるとウサギは笑いながら話し出す。
「コレハトクベツダ。オマエノモトマデ、ミチアンナイシタマデダ」
片言のそれは確かに言語だ。
ウサギが喋るなんてまた異世界チックがすぎる。
しかしそんな超常現象までも“異世界だから”で通ってしまうのだ。
「ありがとよ。このツケはきっちり払う」
「フン、マヌケナコゾウダ」
ウサギは離せと言わんばかりに黒夜の腕を蹴る。
それが伝わったのか黒夜は素直にウサギを下した。
ウサギはぴょんと跳ね、仲間の元に戻る。
次の瞬間にはウサギ達は姿かたちも無くなっていた。
「一体何だったんだあいつら」
「おい起きろ。風邪ひくぞ」
流石に寝てる成人男性を運ぶのは骨が折れる。
馬の上では寝てもいいが、そこまでは自分で歩けとリユウを蹴飛ばした。
「ん?ここどこだい?」
記憶が曖昧なのかぼんやりしているリユウの肩を支える。
探検したのが楽しかったのは覚えている、と笑うリユウに黒夜は呆れた表情だ。
「ほら、もうちょいで街だぜ」
リユウを探しているときは必至で気づかなかったが、夜景が中々綺麗だ。
馬から見る街は少し新鮮で面白い。
「綺麗だな」
「あぁ。せっかくなら写真撮りたかったのだよ」
カメラ、探しとくか。
また黒夜の心のメモに新しく追加された一文。
しかし、悪い気はしない。
今まで感じたことのないこの安心感は、相棒が近くにいるからだろうか。
知らない世界に来て急に独りだった時の孤独感は、一生味わいたくない。
波乱万丈な異世界ライフは、まだ始まったばかりに過ぎないのだ。
「アノコゾウ、ドウナルトオモウ?」
「ワザワザゴクロウナコトダ」
「ケドカワリナカッタゾ」
「ナニガアッタンダロウナ」
「マァアンナイヤクニハカンケイナイコトダ」
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