記録:10
鍛冶屋を目指して歩いている最中、リユウは先程貰ったポーションを取り出した。
日に透かして見ても特に変化はない。
効果も全く分からないものだ。
黒夜に飲ませるわけにはいかない。
しかし黒夜に飲んだことがバレたら怒られるのは必至だろう。
飲んだことがバレなければ怒られない。
そう思いついたリユウは今飲んでしまおうととポーションを開けた。
匂いは特にしないが、魔力が込められているのか独特の禍々しさを感じる。
「やはり異世界特有の物は興味深いな。どれどれ」
瓶に口をつけようとした瞬間。
大きな地響きと共に暴風が吹き荒れ、衝撃が走る。
急な出来事に瓶を落としかけるが、何とか堪えた。
「一体なんなのだよ」
文句を言っているようだが、その声色は少し浮ついている。
何があったのか気になったリユウは目的も忘れ現場に向かうことにした。
かなりの衝撃だった為現場は近いだろうと野次馬を探す。
案の定少し行った先で何かあったようだ。
野次馬を搔い潜ると、そこには崩れた建物が瓦礫の山を作り出していた。
「何があったんだい?」
近くにいた人に話を聞くと、どうやら魔法が暴発し、その勢いで建物が数軒崩れてしまったようだ。
何人か巻き込まれたのか瓦礫近くで名前を呼ぶ声が聞こえる。
リユウは急いで救出を手伝う事にした。
どかせる瓦礫を慎重に動かし、なんとか全員助け出す事は出来た。
しかし重症な人が多く、早く手当てしないと出血多量で命の危険があるだろう。
特に小さな男の子の出血が激しい。
どうやら骨折もしているようだ。
とにかく手当てを、とポーチから救急セットを取り出すリユウ。
慌てていたせいでポーチの一番上に入っていたポーションを落としてしまった。
気にせず救急セットを探していると、男の子の両親が声をあげた。
「こ、これ上級の回復ポーションじゃないですか!?」
「え?」
母親であろう女性がポーションを拾い上げる。
その手は震えており、緊張しているようだ。
「本物だ、本物の上級ポーションだ!!」
隣にいた父親が泣きそうな声で叫ぶ
そんなにすごいものなのか、と価値の分からないリユウはポカンとしながら瓶をを受け取った。
「お願いします、どうかそのポーションを息子に使ってくださいませんか!?」
ポーションを持つリユウの手を握りながら懇願する母親。
父親も隣で土下座をしている。
「お金ならいくらでも払います。だからどうか」
どうか、と泣きながら頭を下げる父親を見てリユウは少し心が痛くなる。
息子の為にここまで言い切れる親の姿。
愛しているのだな、と一目で分かった。
どうせ効果も分からないのだ。自分が持っていても仕方ないだろう。
せっかくもらった物だが、必要としている人がいるならその人に渡すべきだ。
そう結論付けたリユウは母親の手を握り返し、微笑む。
「お金なんていらないのだよ。さ、早く息子さんに使ってやり給え」
そのリユウの言葉に涙を流す二人。
早速ポーションを男の子に飲ませると、あっという間に傷が治っていった。
改めてポーションの凄さを思い知ったリユウ。
これなら見舞いにと買った物も黒夜に効くことだろう。
その後助けが来るまで男の子の両親はリユウに感謝を述べ続けた。
母親に至っては礼だと言って持ち合わせた現金を渡そうとしてきている。
「受け取ってください、こうでもしないと気が収まりません!」
父親の方も何か渡せるものはないかとカバンを漁り始める始末だ。
「人助けの時はお金は受け取らない主義なのだよ」
そう言ってお金を突き返すリユウ。
今回は依頼されたわけでもないし、至っては不運な事故に巻き込まれた民間人を助けただけだ。
現世だとこういう時は表彰されたりするのだろう。
しかしそれは国からの感謝であって被害者から感謝の品を巻き上げるものではないのだ。
「情けは人の為ならず。これは僕の為でもあるのだよ」
それでも納得していない様子の夫婦。
そこで父親は閃いたのかカバンから何かを取り出した。
「お金がダメならせめてこれを受け取ってください。今持ってるもので一番良い物なんです!」
カバンから出てきたのはどうやら茶葉のようだ。
様々な種類のものがあるようで、かなりの量だ。
匂ってみるとほんのりといい香りがする。
「これは物々交換ですよ!私からのプレゼントです!」
そう言って茶葉をリユウに差し出してくる。
なんだか支離滅裂だが、どうにかして受け取って欲しいのだと伝わってきた。
これまで否定してしまうと遺恨が残ってしまうかもしれない。
謙虚すぎるとウザがられるものだ、とリユウは受け取る事にした。
「ありがとう。友人といただくことにするのだよ」
夫婦から茶葉を受け取ると、二人は花が咲いたように笑った。
それにつられてリユウも笑顔になる。
この顔が見たくてリユウは人助けをしているのだ。
花束に茶葉にポーション。
これだけあればきっと黒夜も喜ぶだろうとリユウはスキップをして鍛冶屋に向かう。
ヒレシス達と一緒にお茶を飲みながら話をするのも楽しそうだ。
リユウはこれから待っているであろう楽しみに心を躍らせた。
もう少しで鍛冶屋に着く、というところでふと着物を着た少女が目に入った。
この世界で着物を見るのは初めてだ。
こっちにも日本に似た国があるのだろうか。
どうやら泣いているようで、床に涙がこぼれ落ちている。
放っておくという選択肢が無いリユウは余っていたリンゴを手に笑顔で話しかけた。
「どうしたのだね、お嬢さん」
良かったら食べるかい、とリンゴを差し出す。
少女は戸惑っているものの、ゆっくりとリンゴを受け取った。
「僕の名前は藍本だ。キミは?」
リユウの問いかけに答える気がないのかリンゴをかじり始める少女。
人見知りなのかな、とリンゴを食べる様子を見つめるリユウ。
その沈黙は少女がリンゴを食べ終えるまで続いた。
「お兄さん、茶葉持ってるよね」
手に着いたリンゴの果汁を拭いてあげている途中。
少女が口を開いた。
「あぁ、さっきある夫婦から頂いてね」
いい物らしいんだけど、僕はあまり詳しくないんだ。と笑うリユウ。
そんなリユウを見て少女は少し微笑む。
「それ、魔除け効果があるの」
少女はリユウのポーチから茶葉を取り出す。
鼻を近づけて少し匂いを嗅いだ後、吟味するように茶葉を眺めた。
「本当だ。上物だね」
そう言う少女は何処か嬉しそうだ。
「キミは茶葉に詳しいのだね」
少女の頭を撫でてやると、頭をすり寄せてくる。
猫みたいだな、なんて頓珍漢な事を考えるリユウを他所に少女は笑った。
「ねぇ、この茶葉譲ってほしいな」
少女は上目遣いでリユウにねだる。
リユウは少し悩んだ。
せっかくなら自分も飲んでみたいが、お茶の味は分からない。
そういった物を好んで飲むのは黒夜の方なのだ。
それについさっきまで泣いていた少女をこれ以上悲しませるわけにはいかない。
フェミニストな所があるリユウは女性の涙に弱い。
かといって男性を邪険にするわけでもないが。
つまるところお人好しなのだ。
「大事に飲むのだよ?」
そう言って少女に茶葉を渡す。
「うん、大事にする。ありがとう」
茶葉を持って笑う姿は着物も相まって素晴らしい程に可憐だ。
肩まである黒髪も着物によく合う。
さながら人形のようだ、とリユウは少し見とれてしまっていた。
「う、うむ!喜んでもらえて何よりなのだよ」
慌てて取り繕うも、少女に笑われてしまった。
しかし、とても嬉しそうな顔を見ることができたのだ。
それだけでお釣りがくるだろう。
「お礼にこれ、あげる」
いつ取り出したのか、少女はリユウの手に何かを握らせた。
「いや、僕は」
断ろうとリユウが顔をあげる。
しかしそこに少女の姿はなかった。
「あれ?」
夢を見ていたわけでもあるまいし、と頬を抓るリユウ。
ただ痛いだけだと気づき、すぐにやめたが。
ふと手のひらを見る。
そこには銀色の石があるだけだ。
これがお礼か、と石を見つめるリユウ。
石に詳しいわけではないリユウはそれが何なのか皆目見当もつかない。
そういえば、目的地は専門家の鍛冶屋だった。
それを思い出したリユウはそろそろ道草をやめにしようと決めた。
「おぅ、らっしゃい!」
鍛冶屋にいたのは少し歳がいっているが、元気そうなオヤジだった。
お喋りが好きなようで初対面でも気さくに話しかけてくれる。
リユウもお喋りが好きなため思わず話し込んでしまう。
このままじゃ日が暮れる、と早速依頼で預かっていた剣をオヤジに渡した。
「ほぅ?これはこの国の騎士さん方が愛用する型じゃねぇか」
「そのことなんだがね」
詳しい内容を説明すると、オヤジは快く引き受けてくれた。
こういった人が経営している店は何かと長続きするものだ。
店内の商品を見るに中々腕も立つようで、武器や防具の他にも細かいアクセサリー類まで置いてある。
デザインも良く、一からの手作りらしい。
「そういえば、道中綺麗な石を拾ってね」
懐からさっきもらった石を取り出し、オヤジに見せる。
少女のことは変人だと思われるかとあえて伏せておいた。
石を受け取り、少し観察するオヤジ。
それだけじゃ判断できなかったのか傍にあったルーペを取り出して詳しく鑑定を始めた。
邪魔をするのもな、と静かに鑑定する様子を眺める。
どんな石なのかワクワクしながら待つリユウを他所に、オヤジの顔色はみるみるうちに変わっていく。
鑑定が終わったのかリユウに向き直るオヤジは死人でも見たかのような顔をしていた。
「どうしたんだい?」
オヤジは震える手で石を持っており、今にも落としてしまいそうだ。
見かねてオヤジさんから石を受け取ると、明らかにホッとしている。
「どうしたもこうしたもねぇぜ!」
オヤジは興奮しているのか息を切らしながら続ける。
「ダンナが持ってきたその石は世界で最も希少とされる鉱石、ミスリル鉱石だ!!」
オヤジはまるで神にでも会ったかのように石を拝みだす。
傍から見ると滑稽なものだが、専門家がこうなる程の価値がこの石にはあるのだろう。
「しかもそのミスリル鉱石は、魔力を吸い込み蓄積する物だ。これがどんなに貴重か!」
しかも本来のミスリル鉱石には無い特性まで付いているらしく、人間界では出回っていないものかもしれないとか。
「恐らく邪気が濃すぎて人間には入れない鉱山からとれたものだろうな」
そんないい物を茶葉のお礼として受け取って良かったのだろうか。
少し罪悪感を感じるが、貰ってしまったものは仕方ない。
せっかくなら有効活用しようとリユウは前向きに考えることにした。
「なァダンナ、この鉱石俺に打たせてくれねぇか!?」
リユウが悶々と唸っているのもお構いなしに、肩を揺さぶるオヤジ。
願ってもいない事だが、激しく揺さぶられるせいで返事ができない。
「激しい、吐く吐く」
「あぁ、すまねぇ!」
なんとか揺さぶり地獄から抜け出したリユウは、キラキラとした瞳で見つめてくるオヤジに鉱石を渡した。
「じゃあ、お願いするのだよ」
リユウの答えにオヤジはこれでもかという程喜んでいる。
職人として高価な鉱石を扱えるのはこれ以上ない喜びなのだろう。
「何にする!?これくらいの大きさなら短剣がオススメだぜ!それともアクセサリーにするか?!」
怒涛の勢いに押されつつも、何が良いかと悩むリユウ。
短剣等にあまり興味がないし、かといって豪勢なアクセサリーが欲しいわけでもない。
そこでふと、ポーチの中に入れていたキセルを思い出した。
最近壊れかけていて新調しようかと悩んでいたのだ。
アンティークと言えば聞こえがいいが、リユウの場合はただボロボロなだけだ。
「じゃあキセルにするのだよ」
リユウがポーチから愛用のキセルを取り出し、オヤジに渡す。
ピンと来ていなかったオヤジも物を目の前にして何となく分かったようだ。
「煙草か。確かに魔力を吸うっていう点ではピッタリだな!」
任せな!と声高に宣言すると、早速図案を書き始めるオヤジ。
それを微笑ましく思うが、見積もりが終わるまでどうも暇を持て余す。
邪魔しては悪いかと再び店の商品を見ていると、ふとあるものが目に入った。
赤みがかった宝石が飾られた指輪で、どうも目を引くのだ。
角度を変えて見ると宝石の色が綺麗な黄金色に変わる。
その色が黒夜の瞳の色によく似ていて、思わず手に取ってしまった。
値段を見るとかなりいい値段で、お財布に大ダメージを食らわせてしまう。
また今度にしよう、と元の場所に戻そうとする。
しかしいつから見ていたのかオヤジが嬉しそうに話し始めた。
「やっぱダンナは良い目をしてるぜ!それは太陽の石を装飾に使ってんだ」
「太陽の石?」
言われてみれば赤色が太陽のように見えなくもない。
しかし太陽を赤色で表現するのは現世の日本特有のものだ。
「怪訝な顔してんなぁ~。その石の名前の由来は魔力を込めると薄く光りだす事にあるんだ」
試しに少しずつ魔力を込めてみると、言われた通りほんのりと光だした。
元の赤色も相まってとても綺麗だ。
「それに、時間帯によって石の色も薄っすらと変わるんだ。今は夕暮れのオレンジか黄色だな」
オヤジはリユウの目を見て続ける。
「昼間は青空の色だ。丁度ダンナの目の色だな!」
リユウの瞳は良く澄んだ水色。
黒夜は深みを持った黄金色。
どっちの瞳の色にも変わるなんて運命ではないか、とリユウは益々指輪を気に入ってしまった。
しかし財布は根をあげている。
どうしようかと悩んでいると、オヤジは人のいい笑顔をする。
「ダンナはミスリル鉱石を持ってきてくれたからな。その指輪、タダでやるよ!」
リユウはその言葉に思わず詰め寄ってしまう。
急に至近距離に来たリユウにオヤジが思わず仰け反ってしまう程だ。
「流石に人が良すぎないかい!?こんな高い物をホイホイ渡したらダメなのだよ!」
ブーメランだぞ、なんて黒夜がいたらツッコんでしまうだろう。
いくら貰い物だからといってリユウも相当高額の物を渡しながらここまでやってきたのだ。
「おいおい、俺ァ人を選んでやってるぜ。お人好しじゃねぇからな」
オヤジはリユウのキセルを眺めながら答える。
それはつまり、リユウをいい奴だと、信用できる人間だと認めているという事だ。
「俺も伊達に長生きしてねぇからな。そいつの持ち物見ればどんな奴か大体分かる」
キセルを丁寧に磨きながら、リユウに向き直る。
その目は慈悲にあふれており、リユウは少し居心地が悪くなった。
情けは人の為ならず、なんて言ったが優しくされるのに慣れていないのだ。
むず痒くて、こそばゆい。
しかし、心地がいい。
そんな感情が入り混じったリユウは顔を真っ赤にして下を向いてしまった。
今日一日の皆の好意が、後になって襲ってきたようだ。
「しかしだね、せめて半額は払わせてもらうのだよ!!」
「そういう所だぜ」
よろしければ評価よろしくお願いします!




