009.魔法適性測定(4)
聖エリキス王国の旅を終えた二人は、「美羽の部屋」に戻る。
いや、冒険者ギルドのあれだとか、あれだとか、何も語っていないじゃないか! と言う人もいるけれど、あいにくここは割愛させてもらう。
特に測定結果を得る以外の重要なイベントもないのに、そもそも測定結果自体の重要性も考え直すべきだというところなのに、大幅に書くのはやはり避けたい。
しかし、異世界の醍醐味である冒険者ギルドなのにそんな草卒な終わり方でいいのか?
ここは柚希の転移者恩恵が発覚され、教会に勇者認定されるとか、そうじゃなくても測定値が低すぎて、かませ犬の出番が回ってきて、逆に主人公たちにぼこぼこされるとか、あるいは冒険者ギルドに入ったので、ついでに冒険者登録して初任務のゴブリン退治でもするんだとか、色々大事なことを省いて書いているんじゃないかと言えば、まったくぼくもそう思う。
いやでも、結局無事に戻ったのだし、無理やり冒険者ギルドの情景描写とか、冒険者たちの葛藤とかを書くのは、受付嬢や、お偉いさんのギルドマスター、さらに名前も知らない当地の超有名SランクやAランク冒険者などの出番も、一々書くようになるから、本筋とまったくの無関係なエピソードなのに、やけに余裕があるように書いていると、妙にここに何か伏線があるような誤解を招いてしまい、実際には何もないのに、字数稼ぎのために、変な展開を入れるのはちょっと心苦しいというか、虚しいというか、やはりやめるべきだと思う。
では、いつ冒険者ギルドの話を書くのかと言えば、恐らく二十章後でまたそれを書くのだけれど、その時はもちろん皆さんの期待している阿呆らしいかませ犬のこととか、喧嘩を売ってくる馬鹿らしい冒険者たちのことも回ってきて、そして柚希一人にぼこぼこされて泣き叫んで逃げてしまう彼らだが、ここでなぜ柚希一人だけ冒険者ギルドに入ったのか、なぜ美羽が冒険者ギルドに行けないのかについて説明すると、言い換えれば、ネタバレすると、つまり、美羽はとある症状不明の弱体化病気に罹りゴブリンに殺されて身体もばらばらになったので、とても読者さんに見てほしくないので出番はなかった。当時の柚希は冒険者ギルドに行ったのは、生活費や食糧が払底した原因で、出稼ぎのためなのだけれど、実際、冒険者ギルドの指名クエストが三つもあって、柚希にやらせたいことがあるのだが、その時異世界へ侵攻して来た火星人を説得するために、火星語が使える柚希に和解する目的で火星に赴いてもらいたいのは一つ。そして二つ目のクエストは、なぜか全世界の羊が呪いにかけられ、すべての羊が斜めにしか歩けなくなり、死ぬ時もなぜか空中十メートルも飛び上がって、そして落下して死んでしまうのだが、その呪いが発端で、空中十メートルも落下している羊が人間とぶっつかって逆に人がたくさん死んでしまう事件もたくさん起こってしまたので、柚希に調査してほしいとのことだった。そして三つ目のクエストは、もちろんその前の二つのクエストは嘘なので、美羽はメインヒロインの一人だから、序盤で死ぬことも真っ赤の嘘なのだが、それでもここまで真剣に読んでくれている読者さんに謝らなければいけないのは、三つ目のクエストもただの嘘なのだ。それでも三つ目のクエストは一体何なのかと気になる人もいるけれど、あいにくだが、そこまで書いていない。
以上。
◯
二人は部屋に戻り、丘野柚希は、適性値の一件で意気消沈され、塞ぎ込んで床でふて寝をしている。
葉桜美羽は帰った後すぐ、魔法の研究に取り掛かった。
「あんなところで寝たら、風邪ひいちゃうのです。早く起きるのです」
柚希が部屋に入るなり、ずっとそこで寝ている。この惨状はちょっと収拾のつかないところもあるから、美羽はどうしようもなく、柚希のところに行くと、蹴ったり引いたり起きさせようとしている。
柚希は転倒したゴキブリのように手と足をばたつかせながら、駄々をこねる子供みたいに、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だと連呼する。
連呼すると、最後の「いやだ」はなぜか「井田屋」というわけの分からない店の名前になって、舌を噛んでしまった。
「痛い!」
今度は嫌だ嫌だではなく、痛い痛いと連呼する。
なんだかまだ噛みそうだ。
「ここは洋室ですよ、床は汚いのです。服が汚れてしまいますのですわ」
「服の心配か?! ぼく、あんなに異世界のことを楽しんでいたのに、こんな仕打ちはひどくないか?!」
魔法は一生使えないというわけだ。
「そんなに気を落とさないでくださいのです。あの水晶球は、魔法の適性を推測する魔道具で、呪術や、霊術などの測定はまだ行っていないのです。他の異能に才能がある可能性もありますわ」
柚希は泣き止んだ。
「本当?」
「本当なのですわ」
美羽はとりあえず柚希を慰める。
もちろん彼女は嘘をついていない。この世界は魔法以外、他にも呪術や霊術などの異能が存在する。魔法使いになれなくても、それ以外の異能を選ぶこともできる。
「でも美羽は、ぼくは才能がないとずっと言っているんじゃないか。まるで最初からそれを知っているみたいな言い方だよ」
柚希は上半身を起こして、美羽に言った。
「いいえ、知らないのですよ。もちろん柚希は才能があっても、驚くことはしませんのです。だって魔法の才能がある人は、三十人に一人しかいないとは言っても、それも結構の人数ですもの。そうじゃないのです? ですから驚くことはしないのです」
「……そんなの」
挫折感で柚希は項垂れる。
「あはは……、柚希が負けたら、何をさせようかなって思ったのですわ。でも、こんな形で負けてしまって、柚希の願いを聞くしかないのです」
負け台詞もなく、あっさりと負けを認める美羽は、すっきりしたように笑った。
「負けるって」
「ほら、私が駆け引きのルールを説明する時、『私を驚かせるような結果が出たら』と言ったのではないのです? 数値ではなく驚かせるという条件なのです。だから負けたのですわ」
美羽は言った。
魔法の才能がないから負けたと思ったら、ルールの条件が違った。
まったくややこしいルールだ。
ちなみに柚希の測定結果は0である。
五十を超えれば、魔法使いにはなれるけれど、これはまごうなき歴史最低記録だった。
美羽以外、その場の他の冒険者と受付嬢も驚いていた。
測定結果が0なんて、聞いたこともないから、測定の魔道具の故障じゃないかと考えていた受付嬢は、魔道具をチェックしても、何も故障はなかった。
その後、何度測定してもやはり0。
恐らく柚希の体内には、魔力がない。
魔力の吸収は、身体が勝手に行われているので、誰でも多かれ少なかれ体内に魔力が存在する。
しかし、魔力の吸収速度を数値に変換するのは魔法適性測定の仕組みだから、つまり柚希は他の人と異なって、魔力の吸収は一切できないのだ。
「ふっふっふ~、美羽、これってつまり、機知の功あれば必ず機知の敗ありってことだよ」
「なんですかそのことわざ?」
「つまり策士策に溺れるということだ」
「まあ、そうですわ」
「でも、腐ってもぼくは転移者ではないか。チートスキルどころか、才能もないなんて、その方が信じられないよ!」
才能がない。
自分は転移者なのに、彼女ははっきりと、自分の才能を否定する。
転移者ならば、何かの恵みがあるじゃないかと、彼女はそうとは思わないのか。
「それは、他の人と比べても、柚希も、ただのフロネシス人ですよ。極普通の、フロネシス人の一員なのですから」
極普通のフロネシス人の一員。
転生者の珍しさではなく、転生者の普遍性を強調する。
一般的な存在、特殊でもなんでもない、ただの、別世界の人間。
転移の災害に巻き込まれていた柚希は、フロネシス人になった。いや、これは災害ではない。元の世界にも戻れるから、別に事故って死んでいて異世界に入ったわけではない。あえて言えばただ転移現象に過ぎない。
アニメをよく見る人には分かる話だ。一クラスの人間が転移者になって異世界に入る事例もある。
集団転移はさほど珍しくもない。
30人くらいのフロネシス人がいても、珍しくもないのだ。
「それは確かに、フロネシス人の一員…、だな」
怪訝そうな顔で柚希は言った。
彼女の話の中に、何か深い意味があるのか?
「そうなのです。日本中の三十万人のフロネシス人の一員ですよ」
すると、美羽は言った。
「そう、30人の一人」
「30万人の一人」
「30人」
「30万人」
美羽は、無限にその数字を強調する。
「……、美羽、何かの聞き間違いだろうか、ぼくはなんか、変な数値を聞こえた気がするけど……」
「聞き間違いではないのです。日本だけでも、30万人のフロネシス人がいるのです」
「……嘘……、ではない、よね?」
「嘘ではないのです」
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