095 フィールマ大森林調査終了
山から街道に戻って来たヨネ子達は北上を続ける、すると湿地に足を踏み入れた。
事前調査ではこの湿地は東西に長く南北に短い構造だったので迂回するには距離がかかり過ぎる、なのでここは湿地を縦断する道を模索しなくてはならない。
ヨネ子達は移動魔法を使い湿地の上を歩きながら様子を見る、ブレイザーはセラフィムが抱いて連れて歩いている。
男同士なので絵面的には需要は無いと思うが効率を考えればそれが最も良い選択だった。
ヨネ子はその湿地に生えた草を使いアースソナーで泥の中を調べた、そこへエルが声をかける。
「何かいた?」
「そうね、生き物なら何種類かいるわよ。それよりこのドロの深さが問題ね、2メートル近くあるわ」
「それが何か?また橋を作れば良いだけでしょ」
「まあ最悪はそうなんだけど。出来ればここには木で足場を作る方が合ってるのよね」
「木道って事?確かに手軽に作れるし壊れた時も修理は簡単そうだけど」
「そう、深過ぎて作るのに手間がかかり過ぎるのよ。普通に丈夫な木道を作ろうと思ったら2メートル下の硬い地盤にさらに1・2メートル杭を打ち込まないといけないから」
「マーガレットでも?」
「私が作るならそんなに悩まないわよ。でもそうね簡単に作る手が無いことも無いし調査を続けましょう」
「簡単にってどんな方法?」
「空洞の箱を作ってドロの上に浮かせるのよ。それなら杭は固定だけだから底の硬い地盤にあまり深く刺す必要はないでしょ。他には途中に生えてる木にロープを繋げて吊り橋風に固定しても良いし」
「ふーん、なるほどねえ。じゃあ続きの調査をしましょ」
エルが納得したところで調査が再開された。
湿地には所々に草や花が咲いている、それらの草の中には薬の材料となる物が少なくは無いがどれもそう大した効果は期待できそうになかったので全て放置した。
ガポン
しばらく進むと右前方で何か不思議な音がした、そこにいたのは大型の両生類だ。
日本のオオサンショウウオが子供に見えるほどのデカさ、体調はゆうに3メートルはある。
鱗の無いイグアナのような体つきと、ブーメランのような三角の頭は絶滅動物のディプロカウルスを連想させる、色は黒っぽい茶色だ。
その両生類の口からはトカゲの胴体の後ろ半分が出ていた、さっきの音はこの両生類がトカゲを捕まえた時に出た音だろう。
「ほう、あれも初めて見る動物だな。マーガレット様はアレも知っているので?」
セラフィムがヨネ子に聞いた。
「いいえ、アレは地球には居ないわね。でも絶滅したディプロカウルスって生き物に似てるわね。尤もディプロカウルスはもっと小さいし体つきもシャープなカエルみたいだけど」
「ほう、絶滅しているのにわかるのですか?」
「絶滅した生き物でも化石が残っている物は多いわ。それを研究すれば生前の姿や生態が推測出来るのよ」
「化石ですか。それが何かはわかりませんが既に絶滅した生き物の姿や生態が分かるとは凄いですな」
「そうね、化石はこの世界でも探せば有ると思うわよ。今度見つけたら見せてあげるわ」
「ほう、それは楽しみです」
謎の両生類はその後何頭も見つけた、ただ大きさは1メートルから2メートル程の個体ばかりだったので最初に見た個体は最大に近いサイズの個体だったのだろう。
この両生類は人間を知らないためか逃げ出したりしない、しかし襲いかかってもこないので放っておいても問題は無いと思われる。
次にイタリア国旗と同じ色の三色の蛇を見つけた、体調は50センチほど、捕まえて見たが予想通り毒を持っていた。
「この蛇も毒を持ってるんですね。前にカエルの時にも言われましたけど本当にカラフルな生き物は毒を持ってるんですね」
レーナが感心したように言う。
「まあ、多いってだけよ。前に行った池の魚はカラフルだけど毒は持ってなかったでしょ。それにカラフルな毒を持つ生物に似せる事で天敵から身を守る毒無しの生き物もいるわよ」
「へー、生き物って不思議です」
「そうね。でも全て生き残るための進化であり能力だと言う事は覚えておきなさい」
唐突にレーナへの教育が始まってしまった、まあこの一言だけで終わりでは有るが。
この湿地では他にもカエルやサンショウウオの仲間が多数いた、そして貝の仲間も多数見つけた、ただどれも食用には向かないし何かの素材としても価値を見出せなかった。
湿地に入ってから約5キロ、ようやく湿地を抜けた。
この間有用な動植物は皆無だったが脅威となる動植物もいなかった、あえて言うなら三色の蛇が毒を持っているという一点において驚異だと言えるくらいだ。
湿地を抜けた後はまた北上する、この辺りは小さな池が点在している、いくつかの池には寄ってみたが特に変わったものや素晴らしい景観という物は無かった。
ただ植物には大きなウツボカズラのような植物や巨大なハエトリソウのような植物など肉食植物が何種類かあったので注意が必要だ。
ただ大きなウツボカズラの壺の中には強酸性の液体が入っていた、詳しくは調べていないが塩酸の可能性が高いのでその内工業用に使う時が来るかもしれない。
さらに進むとこの調査最大の脅威がやってきた、下位龍に遭遇したのだ、尤もヨネ子達にとってはレーナの良い訓練相手でしか無いが。
現れたのは既知のドラゴンで名前はブラックバジリスク、見た目は真っ黒で細長いワニのようだが足が横ではなく下に向いているので恐竜から進化したドラゴンだと分かる。
気をつけなければならないのは体表から麻痺毒の霧を発生させる事と長い尻尾から繰り出されるウィンドカッターのような風の魔法だ。
ヨネ子は当然初めて見るドラゴンなのでレーナに特徴や対処法を教えるのはセラフィムの役目だ。
そしてレーナが1人でブラックバジリスクに向かって行く、そしてブラックバジリスクも臨戦態勢に入った。
先手はブラックバジリスクがとった、尻尾の一振りでウィンドカッターを放って来たのだ、しかしレーナは左手の盾に魔力を通して難なく受け止める。
次はレーナの番だ、魔法のために振った尻尾がレーナの方を向いているのでその尻尾を切り落とそうと剣を振った、しかし予測されていたのか単純な身体能力かは分からないが簡単に躱された。
レーナはその後も果敢に斬りかかるが大きな口や物理的な尻尾攻撃のためあまり深く踏み込めない。
一応剣は胴体部分に届いてはいるが踏み込みの甘い斬撃では下位龍とは言えドラゴンの身体に傷をつける事は出来なかった。
それでも果敢に攻めるレーナだったが左右からの口と尻尾の攻撃により足が止まってしまった、そこへまさかの体当たりが来た、爬虫類のように足が横に張り出していないので真横へも動けるのだ。
これには流石のレーナも対処出来ずに体当たりを喰らった、ただ咄嗟に後ろに飛んでいたので倒れはしたが踏まれたり下敷きにされたりという攻撃からは免れた。
さらにブラックバジリスクはその倒れたレーナに向かって身体から麻痺の霧を吹き付けた、しかしレーナも風魔法でその霧を吹き飛ばす。
レーナは起き上がると再び剣による攻撃を再開した、今度はブラックバジリスクも油断していたのか胴体に深い傷を受けた。
それに怒ったブラックバジリスクは後ろ足だけで立ち上がり前足でレーナを踏み潰しにかかる、それをバックステップで躱したと思ったら背中側を何かで切りつけられた。
ザシッ!
「ガッ」
レーナは短く悲鳴を上げその場に倒れた。
ブラックバジリスクは立ち上がると同時に尻尾を振ってウィンドカッターを放っていたのだ、しかもレーナの背中から攻撃するように放物線を描くように。
それを見てヨネ子がレーナに近付く、ブラックバジリスクにはエルが向かった。
エルは簡単にブラックバジリスクの首を斬り落とした。
ヨネ子はレーナに治癒魔法をかける、まあレーナが着ているラーテルの魔物の皮を使った防具は魔法耐性も強く致命傷には程遠いので大した治療は要らないのだが。
そして気が付いたレーナにヨネ子が話しかける。
「ドラゴンはどうだった?」
「凄く強かったです。戦い方をセラフィムさんに聞いていたのに手も足も出ませんでした」
「そうでも無いわよ、途中までは良い勝負をしていたわ」
「そうですか、でも私はまだまだですね」
「そうね、でも騎士団の団長達だってまだソロではドラゴンには敵わないから焦る事は無いわ。そもそも私たちも勝てると思って戦わせたわけじゃ無いし」
「そうなんですか?」
「そうよ、ドラゴンに1人で挑んだと言う経験が大事なの、この経験はきっとあなたの成長に役立つわ」
「そうだと嬉しいです」
レーナが立ち上がり、エルがブラックバジリスクの死体を収納に入れると探索を再開した。
ブラックバジリスク以降は大した動物は出てこなかった、尤も魔物領域でも無いのにそう脅威になる生き物がいるはずもないのだが。
そして出発してから約1ヶ月、沢山の寄り道はしたが無事エルフの郷近くの源流に辿り着いた、この日はここでゆっくりと休む事にした。
翌日、一旦街道予定の道を逆走する、源流はエルフの郷の北側、徒歩約40分ほどの場所にある。
つまりここからエルフの郷に行く事にすると大きな遠回りになるのだ、街道をガベン王国かフランドル王国に繋げる場合源流は良い中継地となるがエルフの郷へとなると余計な時間がかかってしまう、それを回避するため途中からエルフの郷行きと源流行きの2つの道に分けるのだ。
街道予定の道を大方10キロほど戻った辺りから今度はエルフの郷、正確にはファレーナに向け進んで行った。
流石にエルフの郷にこれだけ近いと危険生物はいないし未知と呼べる領域でも無い、ヨネ子達はすぐにファレーナに到着した。
「あー、マーガレットさんだー」
「マーガレットさんいらっしゃい」
エルフの子供達が大喜びで迎えてくれた、あまり相手をしてあげた覚えは無いのだが良い印象を与えていたからだろう。
そして一部の子供は郷長の元に知らせに行き残りの子供はヨネ子達を郷の中へと案内した。
「よく来てくれましたな。ところで建国記念式典の迎えにはまだ早いのではありませんか?」
「ええ、今日はそれとは別です。ドラゴニアからここまで引く街道の調査で来ました」
「ああ、そう言えば作ると言ってましたな。それでどんな具合ですかな?」
「そうですね、多分作り始めれば1年ほどで完成すると思います。完成すればここまで馬車で1週間ほどで来れると思います」
「ほう、そんなに早くですか。それは完成が楽しみだ。それより立ち話も何ですのでこちらへ」
郷長はそう言うと全員を集会場へと案内した、道中で見つけた資源などは先にドラゴニアに報告するのでここでは教えない。
それでも集会場に来たのは中継地となる源流の事を相談するためだ、ファレーナに近い場所であり水汲みにも行く場所なので整備するにはエルフの承認と協力が不可欠だからだ。
郷長との交渉はスムーズに終わった、エルフとしては人間との交流を持つ事に決めた以上積極的に利用しようと考えているのだ。
それでもエルフの郷そのものを交易拠点にするのは抵抗がある、その点源流ならある程度郷からは離れているし拠点を築くのには申し分ない立地だ、しかも資金や労力のほとんどをドラゴニアが負担するのでエルフとしても申し分のない条件だ。
郷長との交渉が終わるとこの日はエルフの郷に宿泊する事にした。
「みんな、予定より早く到着したから残りの道も調査するわよ」
夜、エルフの郷で用意してもらった食事を取りながらヨネ子が言った。
「良いけど事前調査は?」
エルが聞いて来た。
「それは明日私が行くわ。それで大まかな方向はわかってるからみんなはある程度進んでてちょうだい。何かあれば通信の魔道具で知らせるわ」
「わかったわ」
「「了解」」
相変わらずこう言う場合ブレイザーは意思表示しない。
翌日、全員で源流まで行くとヨネ子は飛び去った、もちろん上空からの事前調査に向かったのだ。
「じゃあ私たちも行くわよ」
エルがそう言うと源流から北東方向に向かって森に入って行った。
昼過ぎ、ヨネ子からエルに通信が入る。
【エル、フランドル王国までの道がわかったわよ。近くまで戻って来てるからどこにいるか教えてちょうだい】
【わかった、待っててね】
そう言うとエルは通信を切り上空に飛び上がった。
するとほんの数百メートル先にヨネ子がいた、ヨネ子は大体のスピードと方向から大方の位置を割り出していたのだ。
そしてヨネ子はみんなと合流すると見て来た道を案内し出した。
それから20日、ヨネ子達は無事ドラゴニアからフランドル王国まで踏破した。
後は建国記念式典後に作業員を見つけて街道の整備を始めるだけだ。




