052 エルフ
エレンのゲートでやって来たのはエルフの郷・・・でなくその近くにある川の源流、ここは旧『デザートイーグル』が初めてエルフと会った場所である。
いきなりエルフの郷に行ってもエルフを刺激する事になり良く無いので、翌日水汲みに来たエルフと交渉して郷に入れてもらうようにするのだ。
エルフは閉鎖的で警戒心が強いのでエレンが知り合いだとしても慎重に行動する方が良い、と言う事で一晩ここで野営する事にした。
翌朝、ヨネ子達が朝食を済ませティータイムを楽しんでいると予想通りエルフがやって来た、その数12人、ヨネ子達はブレイザーを除き全員が索敵魔法でその事に気が付いた。
ただエルフ達は既に自分達が来たことを知られているとは思わないので、ヨネ子達の気配を感じると木の陰や草むらからコッソリ覗いた。
「レフィードさんですよね、久しぶりです」
まだ隠れていて姿を現さないエルフ達の方を向きエレンが言った、レフィードとはエルフの戦士長の名前でエレンとは面識がある。
しかしエレンはまだエルフが姿を表していないのでレフィードだと確信があって言ったわけではない、多分そうじゃないかなと言う予測で言っただけだ。
だがそれが当たっていた、レフィードも名前を呼ばれてエレンの事を思い出したのか警戒はしているが他のエルフも連れ素直に出てきた。
「エレンさんだな、久しぶりだ。ところで他の人達はこの前と違うようだが紹介してもらえるか?」
「もちろんです、それより一緒に紅茶はどうですか?」
「いただこう」
「ではここにどうぞ、他の皆さんもどうぞ」
エレンはそう言うと全員分の椅子とテーブルを収納から出した、最近はいきなり大人数でティータイムと言うことも多くなって来たのでエレンの収納にはそれなりの数の椅子やテーブルが入れてある。
ただしエレンは魔法でお湯を出すだけで紅茶を入れるのはブレイザーだ。
全員に紅茶とチョコレートケーキが用意されたところでエレンがメンバーを紹介していった、もちろんエルやセラフィムの正体は明かさない、セラフィムは前回来た時に会っているがずっと人型だったので気付かれてはいないはずだ。
エルフ達はアスカがテイムされた動物では無い事に驚いてはいたがそれ以外は普通の反応だった、そしてエルフ側は全員が自己紹介をしていった。
お互いの紹介が終わるといよいよ本題に入る。
「それで、今度は何が目的で来たんだ?俺たちの顔を見に来たとか言うわけではないだろう?」
レフィードが聞いて来た、今居るエルフの中では最上位者なので責任があるのだろう。
「実は私達新しい国を作ってるの。そこで国民として来てくれるエルフが居ないか勧誘に来たのよ」
エレンがストレートに答えた、エルフ相手の駆け引きは悪手だと思ったからだ、警戒心の強い種族なので駆け引きや含みを持たせた言い回しは余計な誤解を生む可能性が高いと思ったのだ。
「それで?連れて行って何をさせたいんだ?」
「特には無いわ。それぞれ得意な事を生かして仕事をして欲しいだけ」
「本当にそうなのか?人間は他の種族を差別し奴隷にしようとした過去がある。お前達の事は信じられるが他の人間までは信じられん」
「他の国は信じられなくても私達の国の事は信じてくれても良いわよ」
「お前達の国は差別をしないと?」
「もちろんよ。まだ数は少ないけど国民には獣人も居るしドワーフも近いうちに来てくれる事になってるわ」
この世界では異世界小説で良くあるエルフとドワーフの諍いは無い、そもそも他種族が人間と距離を取り出して以来エルフとドワーフにも接点が無くなったので争い様が無い。
「ドワーフも?・・・そうか、話はわかった。それでどこに作ってるんだ?」
「ここからずっと南に行った海岸近辺よ」
「何?そこは巨大な魔物領域がいくつもあって始まりの魔法使いでさえ解放を断念した場所では?」
「そうよ、そこを一部解放したの。これからもっと解放して国を広げる予定よ」
「バカな、あそこはドラゴンも多く生息しているからこそ解放を断念された場所だぞ?そこを解放したって言うのか?」
「ええ、ドラゴンも一部は討伐したわね」
「この人がか?」
レフィードはセラフィムを指差して聞いた、前回会った時にセラフィムが下位龍であるグラキルを瞬殺した所を見ているからだ。
「うむ、我も討伐したがこちらのマーガレット様とエル様も討伐したぞ」
指を差されたのでセラフィムが自ら答えた。
「えっ?この2人もセラフィムさんと同じくらい強いのか?」
「失礼な事を申すな。このお二人の強さは我など足元にも及ばぬ」
驚いたレフィードにさらなる驚愕の事実がセラフィムから伝えられた。
「「「「「「ええーーー!?」」」」」
ここに居るエルフの半分以上はセラフィムがグラキルを倒した時に居た者達だ、なのでセラフィムの言葉に全員が驚いた。
「そうか・・・良いだろう、長老様に許可をとって来るからここで待っててくれ」
レフィードは我に帰るとそう言って1人連れてエルフの郷へと帰って行った。
残ったエルフ達は紅茶を飲み干した後水を汲んでエルフの郷へと持って帰った。
待つ事1時間半、レフィードがやって来て長老の許可が降りたという事でエルフの郷まで案内してくれた。
「お久しぶりです、オーレックさん」
「久しぶりじゃな」
「ああ、久しぶりですなエレンさん、それにセラフィムさんも。それでそちらが今のお連れさんですかな?」
「初めまして、マーガレットと言います」
「エルです」
「アスカです」
「私は料理人のブレイザーと言います」
それぞれ自己紹介した、聞いていたはずではあるがアスカには驚いたようだ。
「ようこそおいで下さいました。ささ、こんな所ではなんですので私の家にお越し下さい」
そう言ってオーレックはヨネ子達全員を家に招待した。
エルフに長老と呼ばれる者は数人いるがその中でもオーレックは郷長的な役割も担っている、なので家は他のエルフの家に比べてかなり広い、もちろん役職柄会議室のような広い部屋もある。
その広い部屋にヨネ子一行を招いた、しばらくするとそこへ他の長老や戦士長のレフィードもやって来た、これからここで会議が始まる。
いくら郷長的長老の家とは言え個人宅である、それなのに会議を公共の集会所等でしないのには訳がある、オーレックはレフィードから訪問の理由を聞いたからだ。
要するにエルフを勧誘して郷の外に連れて行くなどという案件を軽々に他のエルフに聞かせることなど出来ないと思っているのだ。
「では話し合いを始めましょう。皆さんがここへ来た理由は戦士長から聞きました。ですがそう簡単に了承する訳にはいきません」
全員が揃うとオーレックが話を切り出した。
「まあそうでしょうね。私達も無理強いするつもりは無いわ。それに他にもエルフの郷はあるんでしょう?他の郷でも国民を募集したいから紹介もして欲しいの」
それに対してヨネ子が答える、ヨネ子もエレン同様ストレートだ。
「他の郷でもですか?まあ本当に無理強いしないのでしたら紹介くらいは出来ますが」
「それは良かったわ。それで、勧誘を許可するのに何か条件でも付けるの?」
「別に条件などはありませんが、本当に付いて行って良いのかどうか、いや、付いて行く事を許可して良いものかどうか不安なのですよ」
「なるほどね。確かに口では何とでも言えるしね」
「そうです、ですからどうしたものかと思っております」
実際オーレックは悩んでいた、目の前にはドラゴンを瞬殺出来る者が最低3人いると聞いている、そんな相手を無碍にして怒らせればエルフの郷どころかエルフと言う種族自体が絶滅させられるかもしれない。
しかしいくらエルフが長命だと言っても1000年以上他の種族との交流を絶っているためオーレック自身を始め他の種族の事を知っているエルフは皆無である(『デザートイーグル』との事は種族ではなく個人的な邂逅と思っている)、そんな良い意味でも悪い意味でも世間知らずなエルフが郷の外に出る事にも不安を覚える。
ただ無理強いはせず差別もしないと言う言葉は信用できる、それが出来る力を持ちながら力尽くではなく話し合いをしているからだ。
「だったら見学に行く?今まだ開拓途中だけどその様子を見れば少しはわかるんじゃない?」
しばし考え続けているエルフ達に向かってヨネ子が提案した。
「確かに見学出来ればどんなところかわかりますが、そこまで何日くらいかかりますか?」
レフィードが質問した、狩りなど郷の外に出る時のリーダーは大抵が戦士長の役目なので、もし見学に行くとすれば自分がリーダーになると思ったからだ。
「今すぐにでも行けるわよ」
「「「「「「?????」」」」」」
ヨネ子の言葉にエルフ達は訳がわからず呆けた、それも仕方ない、ゲートはもちろん知らないし転移の魔法を使える者もこの世界にはいないのだから。
ヨネ子達はエルフ達が我に帰るのを待ちつつ出された紅茶を啜っている、全員ヨネ子に感化されていると言うか図太くなっている。
「ちょっと、あの、今すぐとは転移の魔法で行くと言う事ですかな?」
最初に我に帰ったのはオーレックだった、さすが郷長的長老。
「転移とは違うけど似たようなものね」
今度はエルが答えた。
「転移と同じようなもの?・・・・・」
オーレックはしばし考えたがわかるはずもない、エルフには収納魔法が使える者が人間よりは多い割合で居る、だがそれはゲートの使える異次元収納ではなくトイレなどと同じ亜空間収納なのだ、なのでそもそもゲートと同じ魔法を思い付くはずが無かった、なので考えるのはやめた。
「それで、その転移のような魔法では何人くらい連れて行けるのですかな?」
「それはゲートと言う魔法なんですけど何人でも連れて行けますよ」
今度はエレンが答えた、連れて行く気満々だ。
「何人でも?わかりました、本当にすぐ行ってこれるなら見学に行きましょう。あなた方は今日はここに泊まって行って下さい。我々は郷の者を集めて見学に行く者の人選をします」
「わかりました。ではそうします」
ヨネ子がそう返事すると家人が泊まる部屋へと案内してくれた。
オーレックや他の長老達は今度は郷の集会場へと向かった、早速主だった者を集めて人選を行うのだ。
翌日、オーレックの家で朝食をご馳走になった後オーレックに連れられて集会場へとやってきた。
「ここに居るのが見学に行く者達です」
そう言われたヨネ子達の前には本人の予想通りリーダーとなったレフィードと5人づつの若いエルフの男女が居た。
「そう。じゃあエルとエレン、一緒に行くわよ。後の3人はここで待ってて」
「「「わかりました」」」
3人残したのは帰ってくる保証のようなものだ、要求はされていないが帰りが遅くなれば長老達が心配するだろうと考えたのだ。
尤もセラフィムもアスカもゲートが使えるので保証などにはならない、ただのエルフへの配慮以外の何ものでもない。
「じゃあ行くわよ」
そう言ってヨネ子が開拓地へとゲートを繋げた、今回はヨネ子だけだ、開拓地は日々変化していて良い目印が無いので複数のゲートを使うとそれぞれが離れた場所に出るかもしれなかったからだ。
そしてエルを先頭に次々と魔法陣を潜っていき最後にヨネ子が潜った。
「こ、ここは?ここが貴方達の国ですか?」
エルフは全員驚いて辺りを見回していたが、その中でもレフィードが質問してきた。
「そうよ、まだ国と呼ぶには程遠いけどね。さあこっちよ」
ヨネ子は住宅の建設現場や畑の開墾現場や畜産場を案内する、その外にも建築木材伐採場や石切場、蜘蛛の魔物の養殖場などにも案内した。
「確かに開拓が進んでいて獣人も対等に扱われているようですね。ですがそれなら我々エルフは必要無いのでは?どうして我々を勧誘しに来たんですか?」
一通り案内された後レフィードが聞いた、今の状態ならわざわざエルフが必要とも思えなかったからだ。
「理由は2つあるわ。1つはエルフの持つ製紙技術よ、エルフの紙はここでは高品質だからね」
「なるほど、我々の紙はこちらでは高級品になるんですか。それでもう一つは?」
「もう一つは植物の栽培技術よ、あなた達は森の民だからそう言うのが得意なんじゃ無いかと思ってるの」
「植物の栽培技術ですか?確かに森の中で生活しているので植物に詳しい者は多いですが、栽培技術が高いかと言われるとちょっとわかりませんねー」
レフィードに限らずエルフはずっと森の中で他の種族と隔絶して生活して来た、なので自分達の技術が他の種族より優れているのか劣っているのか比べた事が無いのでわからないのだ。
「まあそれはわからなくても良いわ。ただ植物に詳しい者が居るならそれで良いから」
「はあ、それで良ければ・・・ん?栽培技術が欲しいと言う事は何か珍しい植物でも育てたいんですか?」
「そうよ、これからまだどこの国にも知られていない植物を数多く見つけてきて育てるつもりよ。だからこそ植物に詳しい者に来て欲しいのよ」
「だったら見つけた後でも良いのでは?」
「もう見つけているわ。差し当たって2種類ほど育てて欲しい植物があるの」
「なるほど、それはどんな植物か聞いても?」
「もちろん。1つはパイナップルと言うフルーツよ、もう1つはゴムを作るのに使うゴムの木よ」
「フルーツはわかりますがゴムとは何ですか?」
「便利な素材よ、今はそれだけわかっていれば良いわ」
「わかりました、でもその植物を栽培する土地はどこになるんですか?」
「それはこれから適当な場所を見つけて開拓から始めるのよ」
「そうですか、まあ開拓からとは言えこれだけ馬や牛を使っていればそう難しいことも無いんでしょうね」
「その通りよ」
「わかりました。前向きに検討しましょう」
「期待しているわ」
この日はそのまま開拓地にテントを張って一泊した、夜は開拓民や騎士達とエルフ達を交流させるためだ、仕事風景ばかり見ていても人間関係はわからない。
翌日、希望者数人に上空からの様子を見せた、その後騎士達とレフィード達エルフの戦士数人が模擬戦を行なったが騎士達の圧勝であった。
そして昼頃、ヨネ子はエルフ達をエルフの郷へと連れて帰った。




