033 訓練前夜
ヒュドラ戦の翌日、ヨネ子達はエムロード大王国の官僚と共にイルデ村に向かった。
官僚が同行しているのはイルデ村の住人に村ごとヨネ子達に渡された事を伝えるためだ、ヨネ子達が言っても信じてもらえないだろうから。
官僚は村の村長宅で主だった者達を集めて説明した後サフィーアへと帰って行った。
そしてヨネ子から村人への指示が始まる、とはいえ生活そのものはこれまでと何も変わらない、単に紅花油の作り方を教えて生産させるだけだ。
この村は基本的に花を育てて商人に売るだけだったので加工までする事には抵抗があった、と言うより人口の割に作付け面積が広いのでそこまで手が回らないと言う現実的な問題がある。
そこでヨネ子は加工の人材をウィンス村から連れてくる事にした、しばらくは村人の家で居候させてもらいながら紅花油の製作をしてもらう。
ここまでの準備が終わるとハンバルングへと向かった、約束の一月が経つのでスクレに会うためだ。
ハンバルングでは一泊したのち領主館へと向かう。
「スクレ、全員集まった?」
「これはマーガレット様、全員集りました。こちらです」
スクレは戻ってきた者には宿屋に泊まってもらっていた、本当は村に帰してやりたかったが奴隷紋のせいでそれが出来ないので仕方ない。
なので全員ヨネ子達が来るまではハンバルングに留まってもらっていたのだ、そして約束の日の今日全員領主館の広間に集まってもらっていた、そこへ連れて行ったのだ。
「全員揃っているようね。では今から奴隷紋を消すわよ」
ヨネ子がそう言うとヨネ子、エル、エレンの3人で56人の奴隷紋を次々に消して行った。
そして全員の奴隷紋を消し終わるとヨネ子が話し出した。
「これからは全員私達のために働いてもらいます。内容は情報収集が主で暗殺のような仕事はありません。ただしこれまで奴隷紋のせいで里帰り出来なかった事を鑑みて全員に今日から2週間の休暇を与えます。その後は今まで通りスクレを統括として仕事に励むように。以上」
それを聞いたスクレの部下達は大喜びした、そして我先にと領主館を出ようとしたので慌ててスクレが止めた。
「みんな待つんだ、村に帰る者はここに残ってくれ」
「どうしてだ?せっかくの休みなんだから早く帰りたいじゃ無いか」
スクレの部下達はハンバルングに戻って来てからハンベル辺境伯が失脚した事やウィンス村の場所など詳しく教えられていた、話す事は出来なくても聞く事は出来るので一方的に教えられただけだが。
なので奴隷紋が無くなり村に戻れると聞いた時から望郷の念が募っていた、だからこそそう聞き返す者がいたのだ。
「ウィンス村にはすぐに連れて行ってやる、いや連れて行ってくれる。だから待つんだ」
スクレの言葉に渋々従う部下達、ここで暴れたり逆らったりする者が居ないのはスクレが信頼されている証なのだろう。
全員がこの場に止まったのを確認してからスクレはヨネ子に言った。
「マーガレット様お願いします」
その言葉に合わせヨネ子、エル、エレン、アスカの4人はウィンス村にゲートを繋げた。
「さあ、みんなその魔法陣の中に入ってくれ」
スクレがそう言って最初に魔法陣の中に消えた、それを見ていた部下達も恐る恐るではあるが全員魔法陣の中に消えて行く。
最後にヨネ子達も全員ウィンス村に向かったが待っていたのはスクレ1人だった、他の者は全員ウィンス村だとわかると急いでそれぞれの家族の元へと帰って行ったらしい。
「申し訳ありません、全員故郷に帰った途端この有様です」
スクレがヨネ子に謝罪したがヨネ子達はそんな事は気にしていない、それよりはこれで仕事にやる気を出してもらえればそれで良いと思っている。
その後ヨネ子はスクレに休暇後の仕事について指示するとフライツェンに向かった、翌日は元騎士達と会うためだ。
フライツェンでは前回同様昼過ぎにハンターギルドへと向かった、アバロン達元騎士も前回同様既に来て待っていた。
「ご苦労様。今回も上々の首尾のようね」
ヨネ子がアバロン達に声をかける、予定では20人前後という事だったがここには30人近くいる。
「はっ、今回は28人集りました」
アバロンはそう言うと全員の紹介をする、今回は男24人女4人だ、ただその中に2人エレンと面識のあった騎士がいた。
「エレノア様、お久しぶりです」
「お久しゅうございますエレノア様」
「貴方達はチェリナにエリーサ、来てくれたのね、ありがとう」
エレンは2人に抱きついて喜びを表現したが当のチェリナとエリーサは複雑な表情になる、未だ王女と護衛騎士と言う感覚が抜けていないためエレンに抱きつくのは恐れ多いと思っているからだ。
「どうしたの2人とも?」
エレンにもその遠慮する心が伝わった。
「い、いえ。エレノア様に抱かれるなど恐れ多くて・・・」
チェリナが遠慮気味に答えた。
「何を言ってるの。今の私はただのハンターエレンよ、もうエレノアでは無いわ。だから遠慮なんてしないで」
エレンはチェリナの両手を握りしめて答えた、そして集まっている元騎士達全員に向かって言った。
「私の名前はエレンです。もう王女エレノアではありませんので皆エレンと呼んで下さい」
「「「「「ははっ!」」」」」
元騎士達全員畏って返事した、やはり騎士としての習性は抜けていないのだろう。
「ところでセリーヌは一緒では無いのでしょうか?」
エリーサがエレンに聞いた。
「セリーヌは今アルバート王国のコルムステルでハンターパーティー『デザートイーグル』のリーダーをしているわ。今度連れて行ってあげる」
「そうなんですね。セリーヌだけは騎士をやめた後エレノア・・いえエレンさんを追いかけて行ったのでご一緒かと思っていました」
「最初は私も『デザートイーグル』にいたんだけどね。いろいろあって今はマーガレットさん達と一緒にいるのよ」
「そうだったんですね。ではセリーヌにも会える日を楽しみにしています」
エレンとエリーサの会話が終わるとヨネ子が声を出す。
「さあ、そろそろ行くわよ」
そう言うと全員を連れてフライツェンを出る、王都のため出入城どちらも管理しているので街中から直接訓練場に行くのは問題があるのだ。
フライツェンの街を出るとヨネ子とエルが訓練場にゲートを繋ぐ、訓練場はディーンが修行していた山だ、なのでエレンとアスカは場所が分からずゲートを繋げることが出来ないのだ。
「なっ?ここは何処だ?」
「何故滝の側に?たった今フライツェンを出たばかりなのに」
ゲートを始めて潜った元騎士達は驚いていた、まあ当然の反応だろう。
「ここはフライツェンから北東、リシュリュー王国との国境に近い山の中よ」
ヨネ子が簡単に説明して元騎士達を見渡す、総勢41人、騎士らしくキチンと整列している。
「これから全員に装備を支給します。配ってちょうだい」
ヨネ子がそう言うとディーンとアーネストの2人が全員に指輪を配っていく、受け取った元騎士達はそれぞれ好きな指にはめていく。
全員に配り終わったのを確認するとヨネ子が再び話し始める。
「今配った指輪はトイレ兼倉庫です、その指輪に魔力を流せば中に入れてもう一度流す事で戻って来れます。では全員魔力を流してみてください」
そう言われた元騎士達は言われた通り魔力を流す、すると全員一旦消えて直ぐに現れた。
現れた元騎士達はキチンと整列している、元とはいえ騎士なので教育が行き届いている、これが兵士なら戻った途端にザワザワと騒ぎ始めただろう。
「全員確認出来たようですね。では訓練は明日からにします、今日は各自支給された装備で野営の準備をするように。解散」
元騎士達は全員直ぐに訓練と聞いていたので着替えだけはそれなりに持ってきている、中には自前の簡易的な野営道具を持ってきていた者もいた、さすがと言うべきだろう。
ただ支給された装備を全員が普通に使えると言うわけでも無い、テントを張るのが苦手な者や料理のできない者はザラだ。
本来騎士はその手の雑用をしないものなので仕方ないとも言える、ただ全員騎士をやめてから2年少々経つので料理だけとか洗濯だけとか一部だけ出来る者は居るがそれだけだ。
そこで出来ない者にはディーンとアーネストが指導していく、この2人はヨネ子達から鍛えられているので一通り全て出来る。
もちろん料理もエレンと共にブレイザーから教えられているがそれはまだ必要ない、まずは全員テント張りから始める。
その間にヨネ子とエルはルンビニーに向かった、娼婦を迎えに行ったのだ。
「お待たせ、用意は出来てる?」
前回商談を行った事務所でキャサリンに向かって言った。
「出来てるわよ。エクトル、案内してあげなさい」
「わかりました、マーガレット様エル様こちらです」
エクトルに案内され事務所の奥へと入って行く、そこにはかなり大きな部屋が有り10人の娼婦と2人のエクトルの補佐役の男が待っていた。
キャサリンが保証すると言っただけ有り娼婦達の顔は整っているし皆色気が有る。
「どうでしょう、こちらの者たちでよろしいでしょうか」
「ええ、十分よ。それでは行くわよ」
そう言うとヨネ子は全員を引き連れてキャサリンの待つ事務所に戻って行った。
「気に入ってもらえたようね」
ヨネ子の姿を見るなりキャサリンが聞いてきた。
「ええ、気に入ったわ」
「それで、何処へ連れていくの?」
「フランドル王国の山の中よ」
「えらく遠いのね。どうやってそんな遠くまで全員を連れて行くの?馬車でも用意しているの?」
「いいえ、歩いていくのよ。なんなら貴方も確認に来る?」
「そんなわけにはいかないわ、これでも忙しいのよ、そう何日もここを離れるわけにはいかないわ」
「時間はかからないわ、一瞬で着くもの」
「・・・・・まさか」
キャサリンはヨネ子の言葉の意味がわからずしばし考えてから答えた。
「嘘ではないわよ。ではここからそのまま行くわ。エル!」
「了解」
ヨネ子に名前を呼ばれたエルは直ぐに訓練場までゲートを繋げた、もちろんヨネ子も一緒にゲートを繋げた。
「さあ、ここに入って」
「こっちからもどうぞ」
ヨネ子とエルがゲートを潜るように勧めると全員恐る恐るゲートを潜った、とりあえずキャサリンもヨネ子の作ったゲートを潜ると最後にヨネ子がゲートを潜った。
「ここは何処なの?」
エクトルや娼婦たちは絶句していたがキャサリンは流石と言うべきか聞いてきた。
「言ったでしょ、フランドル王国の山の中だって」
「だって私達たった今までルンビニーにいたのよ・・・」
「そうよ、でも今はここに居る、それが現実よ」
キャサリンはやはり敵対しなくてよかったと心から思っていた。
「もう良い?良いなら事務所まで送るわ」
「そ、そうね。確認は出来たからもう良いわ、お願い」
キャサリンがそう答えたのでヨネ子はキャサリンを元の事務所に送った、そして約束の前金を払うと訓練場へと戻ってきた。
訓練場では手際の良いものからテントを張り終えていたので、その騎士達に命令して娼婦一行のテントを張らせた。
テントはエクトル達管理人で1張、娼婦達はそれぞれ1張張っている、娼婦達のテントは中で仕事も出来るよう少し大きめだ。
因みにヨネ子により防音の魔法陣が刻まれていて魔石で発動するようになっている、声が漏れないための配慮も完璧、さすがヨネ子である。
全員のテント張りが終わると次は食事だ、食材は街や村で買い込んでいたのでそれをエレンとアスカの収納から出して好きな食材を好きなだけ取りにこさせた、当然ながら料理も自分達でさせるのだ。
もちろん料理の出来ない元騎士も多い、その者達にはエレン、ディーン、アーネストの3人が数人ずつ集めて講習する、3人はそれが可能なほど料理の腕が上達していた。
3人にとってはある意味戦闘訓練より過酷だったかもしれない、まともに料理が出来るようになるまで自分の作ったマズ飯を食べ続ける事になったので。
ブレイザーは初日なのでいつものメンバー用以外に娼婦一行の食事も準備していた、そのため元騎士達には教えることが出来ない。
ただし翌日からは娼婦一行も自分達で作ってもらう、尤も食材だけは提供するつもりだ。
その間にヨネ子とエルはテントを張った場所の側にアースウォールで壁を作るとテントの方から見えない位置にアースピットで浅くて広い穴を作った、ヨネ子の方は畳で言えば6畳くらい、エルの方はそれより少し小さい四畳半くらいの大きさ。
その穴に河原の石を敷き詰めると壁の部分も河原の石を貼り付けた、そしてそれぞれの穴にお湯を張る、そう風呂を作ったのだ。
普通修行中や野営時に風呂に入る事などない、特にこの世界では普通に生活していてさえ風呂は庶民には入れない贅沢品なのだ。
なのでこの風呂は元騎士達と娼婦達へのサービスだ、何よりヨネ子達には自前の風呂があるのでこの風呂に入る必要は無いのだから。
それぞれ出来上がった者から順に食事を始める、ヨネ子達も娼婦一行と食事を始めた。
騎士達は食事の終わった者から風呂に入っていく、もちろんしっかりと男湯と女湯を教えている。
ヨネ子達は食事が終わるとエクトル達や娼婦達に指輪を3個渡した。
「貴方達にはこれを貸してあげる、トイレよ。使い方は指輪に魔力を流せばトイレに行きもう一度流せば戻ってくるから」
それを聞いたエクトルは指輪をはめて魔力を流してみる、するとみんなの前から消えて直ぐに現れた。
「これは、見られないんですか?」
当然の反応が戻ってきた、元騎士達と違い1人だけで使ったので自分が人から見えていない事に気付いていないのだ。
「いえ、エクトルさんは消えていましたよ」
補佐役の1人がエクトルに答えた。
「消えていた?そうか・・・そうだよな、便器は見えてないものな」
エクトルは納得した、そして残り2つを補佐の男達に渡した、そして娼婦達に言う。
「トイレに行きたくなったら俺たちの誰かに言いな」
「「「「「わかりました」」」」」
娼婦達は素直に答えた、まあ3人は管理者としてここに来ているのだ当然の行動だろう。
その後はエクトル達や娼婦達にも風呂を勧めるとヨネ子達は食後のティータイムを始めた、これだけは仲間だけの楽しみだ。




