012 氷河からの帰還
「この指輪には何の意味があるんですかな?」
ヨネ子の会議開始の宣言の後、最初に声を上げたのは長老の1人だった、ただ会議とは関係の無い内容ではある。
センデールの代表9人全員、まだスノーサーベルタイガーと話が出来ると思っていないからだ、話し合いはヨネ子達3人とすると思っている。
「その指輪を使えば貴方達もスノーサーベルタイガーと話が出来るのよ」
「なっ!本当ですか?」
「本当じゃ、ワシにもお主の言葉がわかるようになったからの」
「「「「「「「「「!?!?」」」」」」」」」
ギロンがヨネ子の言葉を肯定する、その言葉を聞いたセンデールの代表9人は椅子から転げ落ちそうなほど驚いた。
それでも何とか落ち着きを取り戻したのを確認すると、再びギロンが声を上げた。
「改めて、ワシはスノーサーベルタイガーの郷の郷長を務めるギロンと言う、こちらにいるのはワシの補佐でガイルとサランじゃ」
ギロンの丁寧な挨拶に続き氷河人側がそれぞれ自己紹介をするとやっと会議が始まった。
会議では先ずスノーサーベルタイガーが街を襲った事を謝罪した、最初に人間に敵意がない事を伝えた方が会議がスムーズに行くとヨネ子がアドバイスしていたからだ。
それに対し氷河人は十数人の死者が出ている事に対して保障は出来るかと聞いて来たのでここだけはヨネ子が口を挟んだ、ヨネ子の収納魔法からスノーサーベルタイガーの素材を取り出して全員に見せたのだ。
センデールの代表達も流石に実物を見せられてスノーサーベルタイガーにも犠牲が出ていると言われれば引き下がるしか無かった、これ以上言えばお互いに保障が必要になるからだ。
その後はギロンがスノーサーベルタイガーの現状を訴えて何故この街を襲ったのか説明した、そしてその問題解決のために使っていない土地を使わせてくれるよう頼んだ。
センデール側はスノーサーベルタイガーが魔物で意思疎通など出来ないと思っていたから戦ったのであって出来れば戦いたくはない、何より戦闘では12頭でも防衛がやっとだったのが相手は総勢1500頭だと言う、負けるどころか全滅必至である。
スノーサーベルタイガーとしても氷河人と戦う事になればヨネ子に全滅させられると思っているので平和的に解決したいとの思いが強い。
かくしてお互いの利害が一致したので会議はスムーズに進行した。
結局、出産場所は使っていない土地を無償で貸与する、スノーサーベルタイガーは町の中には許可なく入らない、氷河人を襲わない、氷河人も出産・子育て中のスノーサーベルタイガーには近付かない、氷河人は巣作りに協力する、スノーサーベルタイガーは巣を作ってもらった場合それに見合った動物又は魔物を協力者に報酬として支払う、問題が発生した場合は双方代表者を立てて相談する等が決められた。
この世界でも契約は契約書を複数枚作成してそれぞれが保管する、なので本来なら氷河人側とスノーサーベルタイガー側それぞれ1枚、若しくは立会人としてヨネ子分含む3枚作成するところだが、今回は特例として氷河人側と立会人のヨネ子分の2枚だけ作成した、ただしサインはスノーサーベルタイガーの代理としてエルが行った。
無事会議が終了するとヨネ子は残りの指輪と巣の設計図を長老の1人に渡した。
その後ゲートでギロン達をスノーサーベルタイガーの郷に送ってから、今度はボレアースに帰るつもりだったがその前に声をかけられた。
〔私も連れて行って!〕
声の主はスノーサーベルタイガーの子供だった、子供とは言えもう成人前くらいに見える。
〔何故?〕
エルとエレンは驚いていたが、ヨネ子は1人冷静であった、そして理由を聞いた。
〔私は外の世界を見てみたいの。私はこの郷とその周りが世界の全てだと思ってました。でも貴方達が来てそうじゃないとわかりました。だから、本当は世界がどれだけ広いのか、どんな物があるのか知りたいんです〕
知的生命体であれば多かれ少なかれ皆好奇心は持っている、しかしだからと言って未知の領域へ踏み込む覚悟のある者は少ない。
今このメスの子供と思われるスノーサーベルタイガーはその覚悟を決め行動に移したのだ、ヨネ子はその勇気に応える事にした。
〔貴方名前は?〕
〔私達は長老から一人前と認められた時に父から名前をつけてもらう事になってるんです。でも・・・私はまだ一人前と認められてません〕
スノーサーベルタイガーの子供は少し怯えながら答えた、一人前になっていなければ連れて行ってはもらえないのではないかと思っていたのだ。
〔そう、ではギロン。この子はまだ一人前とは言えないの?〕
わざわざギロンに聞いたのだ、「一人前と認めろ」と暗に言っている。
しかしスノーサーベルタイガーは人間のそう言った機微には疎い、なので分かってはもらえなかったが、もし連れて行くと言えば名前が無いのは不便だろうと考えていた。
〔そうですな、本来ならもう少し経ってから一人前と認める所ですが独り立ちして郷を離れるなら一人前と言えるでしょう〕
〔わかったわ、では直ぐに名前を付けてもらいなさい〕
〔あの、マーガレット様が付けてくれませんか?〕
〔何故?父親がつけるものなんでしょう?〕
〔実は・・・私の父はもういません〕
スノーサーベルタイガーの子供は少し寂しそうに答えた、それを見かねたギロンが代わりに説明する。
〔実はこの子の父親は東の遠征隊のリーダーでした〕
それを聞いてヨネ子は自分が殺したのだと理解した。
〔そうだったの、それで?貴方は私が憎くは無いの?〕
〔最初は恨みました・・・でもベータ叔父さんが教えてくれたんです、父も人間を殺した、それは戦争だったからで相手を恨むような事じゃ無いって。それに戦いが終われば私達の問題を解決するために力を貸してくれてるって。だから、今はもう恨んでません。それに仲間を殺されても私達のために力を貸してくれたマーガレット様のように大きな心を持ちたいんです〕
〔良いでしょう、なら貴方の名前はアスカ、今からアスカと名乗りなさい〕
〔アスカ・・・私の名前はアスカ・・・嬉しいです、ありがとうございます〕
〔それから、付いてくるならその「様」は止めなさい。私にもエルにもね〕
〔エルさ・・んもですか〕
やはりエルにも「様」を付けるつもりだったようだ、エルは自分達の神でありマーガレットはそのエルと戦って勝った相手なのだから気持ちはわかる。
だがヨネ子としてはエルもアスカも同じ旅の友なのだ、なので従者のような呼ばれ方は好きでは無いので「様」付けを禁止した。
話もついたのでスノーサーベルタイガー達とお別れをしてからボレアースへと向かった、まあゲートなので一瞬だが。
ボレアースでは当然最初に素材ギルドに向かった、ギルドマスターのガスパールに報告するためだ。
「ギルマスは居る?」
「は、はい。直ぐに呼んで参ります」
ギルドの受付嬢は怯えながら答えて足早にガスパールを呼びに行った、アスカが一緒なので怯えるのは仕方ない。
「そ、それではこちらへどうぞ」
受付嬢はそう言うとヨネ子達をギルドマスター室へと案内した、そして恐る恐る全員分の紅茶を入れだした。
ヨネ子は早速ガスパールにセンデールの状況やスノーサーベルタイガーとの契約の事など詳細に報告した、ただしエルの事は何も言わなかった。
ガスパールもマーガレットと瓜二つの人間が増えている事が気にはなったが、だからと言って逆鱗に触れると怖いので敢えてスルーした。
「そうか、ならもうスノーサーベルタイガーが襲って来る事は無いんだな」
「まあそう言う事ね」
「そうか、報告感謝する」
「それから、ついでにこれを換金してちょうだい」
ヨネ子は収納からスノーサーベルタイガーの素材を全て出した、そして牙一本だけ残してガスパールに渡した。
「わかった、ちょっと待ってろ」
ガスパールはそう言うと買取担当を呼びに行った、その間にエルがヨネ子に質問する。
「マーガレット、何で牙一本だけ残したの?」
「これがアスカの父親の物かはわからないけど思い出にいいかと思ってね」
「へえ、そんな事考えてたんだ」
「それに作りたい物があったし」
そう言うとヨネ子は牙を取り出してその周りにガリガリと何かを彫り出した、それが終わると牙に穴を開け紐を通す。
最後にそれにイメージを流す、出来たのは『超言語』の魔道具だ。
「アスカ、これを首からかけておきなさい」
「これは何ですか?」
「これは『超言語』の魔道具よ、これに魔力を流せば貴方も誰とでも会話出来るわよ」
「本当ですか?ありがとうございます」
「マーガレットって意外と優しいね」
エルから突っ込まれた。
「意外とは余計でしょ」
普通なら照れるところなのだろうが、そこはさすがヨネ子と言うべきか冷静に返した。
しばらくしてガスパールが素材代を持って帰って来た、職員全員アスカが怖くてギルドマスター室に行きたく無いと言ったので仕方なくガスパールが持って来たようだ。
それを受け取ると素材ギルドを後にした。
「これからどうしますか?」
聞いて来たのはエレンだ、氷河人の地での用事は全て終わったと思ったからだ。
「今日はこのまま宿に泊まるわ。それよりエル、貴方何か得意な武器とかあるの?」
「武器?そんなの要らないわよ、人間になってても素手で十分だもの」
「まあそうでしょうけど他の人から見たらそれは異常だから何か覚えなさい」
「マーガレットがそう言うならそうするけど、じゃあ何がいいと思う?」
「じゃあ取り敢えず現物を見て決めましょ」
そう言うと全員でグレンデル工業に向かった。
「取り敢えずここにある武器を適当に振り回してみて」
そう言われたエルは目の前にある武器を適当に手に取り振り回す、スピア、メイス、ショートソード、バスタードソードにハルバートと一通り試した。
「ふーん、適性はバスタードソードのようね」
「確かにそれが一番しっくり来たかも」
ヨネ子の意見に当のエルも同意する、なのでバスターソードを作ってもらう事にした。
「よう、決まったかい?」
丁度どの武器を買うか決めたところでグレンデルがやって来たので早速注文した、既製品を買わないのは前回同様『超振動』と『自己修復』の魔法陣を刻んだ魔剣にするためだ。
武器の注文が終わると早速宿に向かった、宿屋は三度『熊熊亭』まあエレンにとってはだが。
前回スノーサーベルタイガーのベータと泊まったので勝手がわかっていると言うこともある、多分他の宿屋ではアスカを怖がって泊めてくれないだろうと思われるからだ。
宿で一息つくとヨネ子はアスカにトイレ事情を聞いた、エルは亜神なのでトイレには行かないそうだ、身体構造はヨネ子と全く同じなのに不思議な事だ。
スノーサーベルタイガーは基本的に氷河の中で用を足すようだった、毎日同じ場所で用を足さない限り消えて無くなると言っていたのでこの世界では氷河にも排泄物を分解する微生物がいるのだろう。
そこでヨネ子は1人街へと出かけて行った、もちろんアスカ用のトイレを作りに行ったのだ。
エルとエレンとアスカは街の散策に出かけた、エレンはもうボレアースの街は慣れたものなので2人(?)を案内している。
流石にアスカが居るとどの店も怖がっていたが、アスカが自分から話しかけると最初は驚くが次第に打ち解けていくようになった、やはり言葉は偉大である。
そろそろ夕食時という頃エル、エレン、アスカの3人は宿屋に帰って来た、ヨネ子は既に帰っている。
「アスカ、ちょっとこっちへ来なさい」
ヨネ子はアスカを呼ぶと首にかけてあった牙を外した、そして再びガリガリと魔法陣を彫りだした。
彫ったのは亜空間の魔法陣、そこに魔力を流してアスカ用の便器を設置する、それは大きめの和風便器だ。
排泄物は便器に更に別の亜空間の魔法陣を刻んである、亜空間から別の亜空間に捨てるのだ。
「出来たわ。これは貴方用のトイレよ」
そう言いながら再び牙をアスカの首にかけた。
「ではこの魔法陣に魔力を流して」
そう言いながらアスカに触れると一緒にトイレに入った。
「うわー、こうなってるのね」
アスカは初めての事に感動している。
「ちょっとそこでトイレの格好だけでいいからやってみなさい」
するとアスカは言われた通り排泄のポーズをとる。
「サイズは丁度よかったわね。どう?どこか変えた方が良いところは無い?」
「無いわ、これすごく良い」
「そう、だったら良いわ」
そう言うと2人トイレから出て来た。
その後は全員で夕食にした、前回の事があるのでアスカ用の夕食もちゃんと用意されている、尤もただの生肉だが。
翌朝、今度は全員で街の散策をした、武器を受け取りに行くにはまだ少し早かったからだ。
散策も終わり昼食を済ませるとグレンデル工業に向かった、そして前回同様ヨネ子が魔法陣に魔力を流して魔剣に仕上げると代金を払ってグレンデル工業を後にした。
そして全ての予定が完了したのでいよいよ氷河を後にする、向かった先は・・・・・『デザートイーグル』のホームだ。
 




