第三十話
バッセンは森の中の空気が変わったことに気がつくと、ヴィオレッタの耳元で囁いた。
「どうやら、来たようだ。」
ヴィオレッタは耳元で囁かれてドキドキしながらも辺りを警戒する。
「バッセン様。手筈どおり、よろしくお願いいたします。」
「あぁ。」
ヴィオレッタとバッセンは森の中を進んでいく。
動物達はいち早く異変に気がついたのか、鳥のさえずりすらも聞こえない。
背後から、馬の蹄の音が響いて聞こえてくる。
「ヴィオレッタ、しっかり掴まっていろ!」
「はい!」
バッセンは馬の手綱を操り、一気に加速し始めた。
後ろから走ってくる者達も気付かれたことに焦ったのか音を隠そうともせずに迫ってくる。
バッセンは背後の敵を確認すると、その数があまり多くない事に違和感を覚えた。
どういう事だと勘ぐっていた次の瞬間、まるでバッセン達が駆けてくることをしっていたような位置から弓矢が飛んできた。
バッセンは剣を引き抜くと矢を凪ぎ払う。
「ヴィオレッタ!おかしい。どういう事だ!?」
周りの状況を見たヴィオレッタは、隠れていたはずの護衛らも音からしてどこかで応戦しているのだろうということに気付く。
「謀られましたね。」
「何?!」
「何が目的かは分かりませんが、おそらく敢えてクーデターの首謀者らにもらしていた私達おとりの動きを利用して、狙われていますね。これは、どちらが相手なのか。」
冷静なヴィオレッタの言葉に、バッセンは周りを見回すと言った。
「ならば作戦を変えるぞ。」
バッセンは馬の向きを変えると道を外れて森の中をどんどんと進んでいく。
「バッセン様?!」
「黙っていろ。舌を噛むぞ!」
景色がすごい早さで流れていく。
追いかけてきていた敵の数が増え2人乗りのこちらにどんどんと迫ってくる。
追い付かれると思った時であった。
バッセンの片腕がヴィオレッタをぐっと抱き込んだ。
「ヴィオレッタ。飛ぶぞ。」
「え?」
「俺を信じろ。」
「は、はい!」
バッセンは馬を蹴ると勢いよく藪のなかへとヴィオレッタを抱き抱えたまま飛び込んだ。
ヴィオレッタは目を瞑り衝撃に耐えるように身構えた。
だが、次に訪れたのは衝撃ではなく水の冷たさでありヴィオレッタは必死にバッセンにしがみついた。
どうやら藪の先は川だったようで、バッセンはヴィオレッタを抱えて川を進み、そして少し先にある小さな岩穴へと身を潜めた。
「大丈夫か?」
「は、はい。でも、バッセン様、よくこんなところご存知でしたね?」
全身びしょ濡れで、寒さを紛らわすようにヴィオレッタがそう言って顔をあげると、バッセンは濡れたシャツを脱ぎ捨て近くにあった箱に手を伸ばした。
ヴィオレッタは、思わずゴクリと喉をならした。
水も滴るいい男が、今、目の前にいる。
「あぁ。王城の近くには数ヶ所身を潜められる場所を見つけてある。まぁ今回は国王から話があった時点でもしものために信用できる部下と森の中に数ヶ所こうした場所を作っておいた。ヴィオレッタ。これを。」
「あ、ありがとうございます。」
箱からタオルを差し出され、ヴィオレッタはどうしようかと悩んだ。
バッセンはタオルで簡単に頭を拭くとヴィオレッタの様子に動きを止め、そして慌てて後ろを向くと言った。
「ふ、服も箱に入れてある。後ろを向いているから着替えるといい。」
「え?・・ここで、ですか?」
「移動するにしても、安全な場所までびしょ濡れでいれば風邪を引く。絶対に見ないから、その、心配するな。」
見られることを気にしていたと言うよりも、外で着替えると言うことに戸惑ったのだが、そう言われると恥ずかしくなり、ヴィオレッタは顔を赤らめた。
恥ずかしくなると、バッセンは見ないと言ったのに自分はがっつりと見てしまったことに多少罪悪感を抱く。
「急げ。出来るだけ早く移動したい。」
「は、はい。」
今日は軽装なのでどうにか着ていた服は脱げると思ったのだが、一人で着替えなどしたことがなく、首の後ろにあるホックが取れずにヴィオレッタは仕方なくバッセンに頼むことにした。
「バッセン様。お手数お掛けしてしまうのですが、首の後ろの服のホックを外していただけませんか?」
「え?!ほ、ホック?」
少し間の抜けたバッセンの返事に、ヴィオレッタは不思議に思いなが頷いた。
「はい。すみません。一人では取れなくて。」
「わ、分かった。」
バッセンは目をぎゅっと閉じたままヴィオレッタの方を振り返った。
その様子にヴィオレッタはきょとんとすると言った。
「あの、目を開けてくださいませ。」
「あ、あぁ。」
バッセンはヴィオレッタの細く白い濡れたその首筋を見た瞬間に顔が赤くなっていく。
「バッセン様?」
頼むから無防備にこちらを見ないでくれと、バッセンは心の中で悲鳴をあげた。
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