閑話:シャイボーイとオーパーツ (シャイボーイ視点)
「紹介するね、今日からしばらくうちの集落に住むことになったオーパーツ、じゃないや基也くん。シャイボーイと同じ渡り人だよ」
紹介されたのは、普通の男子高校生だった。
感動した。
普通の男子高校生だったからだ。
感動して思わず抱きしめようとしたら、さりげなく躱された。
そうだ。成人男性が出会い頭に高校生男子に抱き着くのは問題がある。落ち着こう、僕。制服を着た普通の高校生なんて、六年ぶり。この世界にやってきて、初めて。だとしても、この子はそんな感動知らないわけだし。このまま抱きしめたら、折角巡り合えた同郷の友人を失いかねない。
「シャイボーイ? 芸名?」
ほら、疑り深い目で見られてる。ヒカリさんの紹介もどうかと思う。その呼び名はヒカリさんしか使っていないじゃないか。
「あ、それはヒカリさん専用のあだ名だから。僕は山崎。山崎隼。よろしく」
「どうも」
握手した手は、まだ柔らかかった。
「ねえね、シャイボーイ。前に言ってた右上になんか見えるって奴はさ、渡り人なら皆見えるの? 基也くんも見えるの?」
ああ、そうか。先人の僕がいるから、この子はメニューやデータ確認画面が視界に出せると口にしてもすんなり受け入れてもらえるのか。羨ましい。僕が最初に言ったときなんて、幻覚じゃないかって散々疑われて水を大量に飲まされたのに。謎の薬湯も大量に飲まされたのに。でも、基也くんも同じに見えるかな? ファイティングスターなんて、僕がこっちに来るころ既に枯れ切ったゲームで高校生で遊んでる子いなかった気がするなあ。僕の目にはファイティングのメニューが見えるんだけど。
「見える? シャイさん、何が見えるんですか?」
「いや、シャイさんて」
本名を名乗った意味ないじゃないか。
「まあ、まあ。いいじゃない。それでどうなの?」
ヒカリさんは興味津々だな。
「ええとね、僕は日本の千葉の出身なんだけど、自宅でファイティングスターオンラインをやってて、疲れて寝て起きたらこの世界にいたんだよね。それで、もしかして良くあるネット小説みたいな、こうゲームの世界に転生みたいな奴かと思って試してみたら、本当に視界にパソコンの画面みたいにメニューや装備何かが見えたんだよね」
村の人に細かいことを話しても分からないと思って、これまで誰にも話していなかったこと。少しでも通じる相手がいるだけでほっとするな。ヒカリさんは目を真ん丸にしてる。分からない言葉の羅列に戸惑ってるんだろう。パソコンなんて昆布の種類だと思ってそうだ。
「あー、そっち系の人なんですね。俺、ファイティングスターはやったことないな。え、本当に見えるんですか?」
やっぱり基也くんはやったことないか。だろうなあ。この世界はファイティングスターの世界じゃないかっていう初期の仮説。もうだいぶ綻びが出てたけど、これで完全に消えたかな。
「見えるよ。集中すると右上にアイコンが見えるようになって、こう、君を見ると、君のレベルが分かる」
「レベル?!」
お、食いついて来た。だよな、男ならそこは食いつくよな。
「俺、レベル何ですか? 職業とかも分かるんですか?」
いいねえ、この反応。
「ええとね、君は、基也くん、十七歳、職業 学生、レベル 三」
「三とか! 弱え! ウケる!」
あ、そんな笑うところ? レベル三って比較的すぐに死んじゃうまずいレベルだと思うけど。このヒカリさんでさえ、レベル十二はあるのに。店主、レベル十二ってのも、何のレベルを示してるのか分からないけど。料理人としてのヒカリさんは相当レベル高いはずなんだけどなあ。ご飯はいつでもおいしいし。そう思うとこの世界はバグだらけ。雄太郎さんなんて職業が狩人と漁師で、レベルがMAX値。ま、あの人は存在自体がバグだけど。僕がどんなに攻撃しても痣もできないのに、この間は狐に引っ掛かれて怪我してたし。あれには傷ついた。僕の攻撃力は狐以下か。
「基也くんは、そういうの何も見えないの?」
ヒカリさんは首を傾げる。この人達にしてみれば渡り人は十把一からげに同じに見えているのかもしれない。僕もこっちの世界の人のことを最初は全員ゲームの世界の作り物だと思って、CGが完全立体化したくらいのものかと思ってたしな。実体があるのが不思議で触りまくって殴られたのは遠い記憶だ。
「あー、見えるっちゃあ見えますけど。俺、ファンタジーテイルズの画面が見えるんすよね。シャイさん、やったことあります?」
「いや、名前は聞いたことあるけどやったことはない。そっち系はあんまり興味が無くて」
キラキラした羽の生えた女の子とかより拳闘系が好きだったんだよね。やっぱり逞しい肉体に憧れるって言うか。ああ、でもこれでこの世界がファイティングスターの世界だって仮説は完全に崩壊だなあ。ファンタジーテイルズの人が紛れ込んでるはずないもんな。僕、今、どこにいるんだろう。カンストしたら帰れるかもっていう希望が、たった今潰えた。はあ、空が青い。
「ねえ、じゃあ基也にはさ、基也はレベルいくつに見えるの?」
「あー、俺っすか? 俺は召喚術師のレベル99ですよ。あと一歩でランキング一位タイだったんだけど」
「へえ、シャイボーイのレベル判定ってあんまり当てにならないのかなあ。3と99じゃ全然違うじゃん。あ、シャイボーイはいくつに見えんの?」
「シャイさんは何も見えないっすよ。ヒカリさんと一緒でプレイヤーじゃないってことだと思うんすけど」
「プレイヤーじゃないってどゆこと?」
「うーん、攻撃したり、仲間になったりする対象じゃないってことなんで、背景と一緒っていうか」
は、背景。俺も、基也くんにとっては背景と一緒なのか。
ショックだ。別に異世界トリップしたからって自分が世界の中心になったとか、無敵の勇者になったとか、あまつ、ハーレムの主になれるなんて思ってなかったけど、いや、思ったけど、諦めただけだけど、それにしても、そうか。僕、ヒカリさんと同じか。背景か。特別じゃないのか。ここでも、そうなんだ。
「シャイさん、シャイさん。聞いてます? シャイさん、機械とか得意ですか?」
「へ? いや、家庭内のコードの配線以上のことは知らない」
「ああー、そっかあ。実は実家が自動車整備工場だったとか、自動車部だったとか、そういうのも無し?」
「うちは普通のサラリーマン家庭だよ。俺は将棋部だったし」
「駄目かあ」
そう勝手に落ち込まないでほしい。いくら僕が背景だからって。
「何が駄目なの?」
「いやあ、こっちで生きていくのにもお金かかるじゃないですか。急に農家や狩人になれるとも思えないし、俺、なんか開発しようと思ってんですよ。でも所詮高校生の浅知恵なんで、助けてくれる人がいるといいなあって思って」
おう。おおう! なんてことだ!
今、脳天から雷に打たれまくったような衝撃がきた。こんな高校生が理不尽に送り込まれた異世界で地に足付けて生きていこうとしてるのに、僕は来年三十歳だってのに、まだ昔の世界のゲームに固執してカンストしたら元の世界に帰れるかもなんて夢を見て。世界の中心じゃないからって拗ねたりして。大人として情けない。僕ときたら、雄太郎さんについて回ってるだけで毎日のようにヒカリさんに食事を食べさせてもらって、こっちに来てからまともに働いたことないじゃないか。僕は六年も現実を受け入れられていなかったのか。
「あれ、ヒカリさん。俺、なんか悪いこと言ったかな? シャイさん、泣いちゃったけど」
「あー、いや。たぶん大丈夫じゃないかな。故郷の話が少しでもできる人に会えて嬉しいんじゃない?」
心を入れ替えよう。僕もちゃんと働こう。
「基也くん! 確かに俺は現代日本の技術の知識には乏しいけど、こっちの人よりは分かることも多いはずだから手伝うよ」
基也くんはきらっと眼鏡を輝かせた。
「いいんですか。うわあ、助かります。結構分からないことがたくさんあるんですよ。まあ、トライアンドエラーでやるしかないと思うんですけど」
鞄から取り出されたノートには細かい書き込みがぎっしり。
全く分からん。僕、文系なんだよね。マックスウェーバーの話じゃ駄目かな。
「あー、これがおじさんに頼んでた部品? へえ、こっちの筒は? ふうん。こういうの得意そうな人いるから、今度紹介してあげるよ」
「まじっすか! ヒカリさん。でも、もう宝箱の売却は終わったからビタイチ値下げはしませんよ」
「やあね、人を業つくババアみたいに言わないでよ。紹介くらいタダでするって。言ったでしょ。私、ここの食事処のオーナーだから、知り合い多いのよ」
あ、れ? 僕の出番は?
「あ、シャイボーイ。さっきねえ、河原の方で雄太郎みたけど今日は追いかけないでいいの? 水が引き気味だから釣果期待できるってよ」
「わ、はい。すぐ行きます!」
僕は山崎隼。最新の自分データではレベル76、既にベテランの狩人兼漁師。あれ、いつの間に職業が戦士から漁師に変わったんだろう。




