御禁制リスト
喫茶「草壁」の定休日は週に一日。で、たまに不定休が追加される。だって、お店が休みの日にしかできない仕込みや仕入れを定休日にやってたら私のお休みなくなっちゃうもの。ときには集落を出て仕入れをしないといけないこともあるのですよ。例えば集落には鋳物屋や窯元はないからね。
で、今日は定休日。明日もお休みにする手配は済んだからトウキョウシティまで買い出しに来ている。この機会に欲しかったものを手に入れようかと思ってね。
見慣れたつもりでも、トウキョウシティはやっぱり不思議な町だわ。ローラーコースターの方は健在のようで今日も元気よく上空を走り回っているし、店の前でたむろする若者も世代交代しないで、引き続きそこにいる。あと五年もしたらさすがに若者とは言えなくなるけどコンビニ前のたむろ癖、治らないのかしら。この町なら他に娯楽もあるだろうに。
「こんにちは」
目的地は町の中心からちょっと外れたところにある工場街。鋳物屋さんとか、研ぎ師さんとか、とっても貴重なガラス屋さんとか。とにかく職人さんの町。私の行きつけの鋳物屋のおじさんはちょび髭と広いおでこがトレードマーク。割れ鍋も直してくれるけど、趣味でやってるっていう彫金の腕前もすごいし、ちょっとした発明の腕も良い。これってほぼライターですよねっていう火付け器なんかも作ってくれる。ここの火付け器を手に入れるまでは毎日の火起こし結構大変だったんだよねえ。しみじみ。
「おお、久しぶりだな。今日はなんだい」
「新しいお鍋を探してるんです。メニュー増やしたら鍋が足り無くなっっちゃって。あと、これは直るかなあ」
「ふん、どれどれ」
取っ手の緩んだ鍋をおじさんに任せて、きょろきょろすると店の奥のショーケースにもう一人お客さんを発見。べったり張り付いてる様子はおもちゃを見つけた子供のようだ。でも、背中だけ見ても子供じゃないけど。うーん、衣類がどうも制服っぽいし高校生かな。まだあっちの服を着てるってことは渡ってきて間もない異世界人か。
「・・・オーパーツでも頭の中の知識だけが武器なんだよ。金を稼げなきゃ餓死まっしぐらだぞ。頑張れ、俺。中学校の頃に調べたことを思い出せ。子供だましの竹ひごカーに飽き足らずに結構まともな自走式のミニチュアカーも作ったよな? 車軸とタイヤは手に入るんだ。エンジン部分は魔法で代用するとしてボディとハンドル、アクセル、ブレーキ、クラッチ。ああ、チクショー。結構足りねえ!」
ちょっと、おじさん、ご店主。あのショーウィンドウに噛り付きで頭掻き毟ってる青年は放っておいていいんですか。うろ覚えの現代知識で異世界で一旗揚げようっていう気合が溢れ返ってますけど。
「考えるのは自由さ。でも、この世界にはまだ特許制度はないから、ビジネスモデルをしっかりしないと良い物作ってもお金にならないんだよなあ。量産体制と情報の保護。どっちも自分で頑張らないとすぐ真似されて廉価版に駆逐されるんだよ。発明者には生きづらい世界さ。パトロンについてもらわないととても食ってけないよ」
ああ、そうなんですね。勉強になります。
「おじさんも一旗揚げたかったんですか?」
「いやあ、俺は自分が使えりゃいいと思って、いろいろ試したんだけどよ。でもほら、世界の開始と同時にけっこうなもんが御禁制リストに入っちゃったからさあ。いやあ、あの日は自分が灰になったかと思ったね。みんな跡形もなく消えちゃって。あいつはいいよな、これから作ればちゃんと手元に残るんだから。俺は今でもあの「ぱんぱかぱーん」っつうファンファーレの音で夜中目が覚めるよ。今度は何が消えるんだってな。あれ以来、もう新しいモノづくりは止めちまってるのになあ」
ああ、涙が出そう。その広い額は苦労の証なんですね、ご店主。
「まあ、だからあいつに手を貸してやるのは悔しいが、あいつと一緒ならまたモノづくりができるっていうのはやっぱり魅力だよなあ」
おじさんは、相変らず自分の世界に没頭している青年の後姿を見て目を細める。原住民認定の我々にはできたとしても発明してはいけないものリストというのが存在する。例えば電子レンジや蒸気機関は御禁制。料理で言えば醤油はOKだけどマヨネーズが駄目なんだよね。現代知識をもとにした開発ごっこは異世界トリッパーの夢ってことで、我々は手を付けてはいけないことになっている。蒸気機関とマヨネーズが同列に並ぶリストを見たときは悶絶したものよ。マヨネーズの敷居が高すぎるってね。しかし、まあ何にしても、自分では作れないものを後から来た人はできるって言われると嫉妬する部分はある。関わりたいけど、相手に主導権を渡さないといけないのは悔しい。分かりますよ、おじさん。その複雑な心境。
「でも、あの方、つぶやきから察するに車を作りたいようですよ? 車でいいんですか?」
「うーん、俺は作れりゃ何でもいいけど。日本村じゃあ自動車の需要はないよな」
「ですよね、狭いから今ある馬車で事足りちゃうし、近くの集落に行く道ってけっこう馬車さえぎりぎりな田舎道が多いですよね。自動車、走らせるところがない」
「ま、車が認められれば道路作ろうってことになるかもしんねえし、そしたらそしたでいいと思うけどね。便利になるぜ」
「公共工事か。お弁当配達商売考えておこうかな」
「ヒカリも商魂たくましいなあ」
「いやあ、弟がまだ小さいですからしっかり稼いでやらないと」
あっはっは。
大きな声を出して笑っていたら、とうとうオーパーツ青年はこちらに気が付いた。
おわ。久々に見るタイプの子だなあ。フレームなしの眼鏡に白い繊細そうな、悪く言うと神経質そうな顔。うちの集落、こういう知的インドア派いないんだよねえ。シャイボーイは白いけど、残念ながら知的にはあまり関係ないインドア派だ。
「あの、すみません。おじさん、こういう部品ってないっすか?」
おい、青年。会話のお邪魔してすみません的なお断りが軽すぎやしないか。私の存在は無視なのか。モブの村人A、近所のおばちゃんとして背景画像に組み込んだのか。私は今、久々に自分が村人Aだったことを思い出したぞ。コンチクショウ。でも、面白そうだから聞いとこ。
「ああ、なんだい。じゃあ、歯車が九十度ずれた状態で噛みあうようにってことかい」
「そう、それでもっと言うと、ここがこう」
黙っている間に二人はどんどんディープな世界に入っていく。おじさん、超乗り気じゃん。ものづくり大好きの仕事人が新しいアイディアに目を輝かせて協力を申し出るっていう例のパターン、地でいけてるよ。これは、男気出して「お代はいつでもいいよ。これも俺の技術を磨くためだ」とか言っちゃうんじゃないの? 車はそう簡単に売れないから大赤字だよ。
「よし、分かった。とりあえず試作品作ってみるわ。一週間くらい待ってな」
「ありがとう、おじさん!」
「で、少年。代金の方だけどよ」
おお、ずいと乗り出すおじさん。財布を取り出す青年。財布から出てくるのは、懐かしい日本銀行券。うん、それじゃだめだ。その素晴らしい印刷技術ゆえに芸術品として買い取ろうという流れにはならない。我々はそれを家に飾っておく趣味はない。
「これじゃ、駄目っすよね?」
「何だい、そりゃ。随分とまあ細かい絵だな? 精巧なのは分かるがうちは古美術商じゃねえから買い取りは無理だな」
「だよなあ。じゃあ、店番手伝うから雇ってもらえないすか? ここまで来るのに手持ちの金、ほとんど使っちゃって。実は宿代もぎりぎりなんすよ。住み込みにしてくれるとすごく助かるんすけど」
青年は繊細そうな見た目に反してハードネゴシエーターだな。そうでもしないと生きてこれなかったのか。自分がいかに恵まれていたか思い知らされるわ。やっぱり私はモブでいい。村人Aでいい。当時の私にあの交渉力はなかったもの。
「そう言われても、お前雇っても現金収入にならんだろう。それじゃあ、必要な材料仕入れられないんだよ。いいか、これ。この部分は特に硬い鉄鋼じゃなきゃダメなんだろ? これ高えんだよ。在庫にもない」
「あああ。じゃあ、じゃあ、これはどうっすか?」
天を仰いだ青年は何か思いついたようで、ぱっと手に取りだした。
「これ、売れない?」
取り出したのは何かの毛皮。いや、毛皮じゃないな。処理前の動物の死体だ。おー、血が滴ってる。
「て、ええ?! ちょっと青年。今、どっからそれ出して来たのよ。さっきまで血の滴るウサギの死体とか持ってなかったよね?」
思わず食いついたね。背景から飛び出したよ。だって、それ、あれでしょう? シャイボーイには否定された秘密の亜空間に保存能力でしょう?
「えーと、これはなんていうか、魔法の袋を使ってまして」
青年は目を白黒させながら、何もない所からリンゴやら本やら取り出してまたしまって見せてくれた。血まみれウサギさんと一緒にされていたはずなのに綺麗な本、綺麗なリンゴ。ほら、これは間違いない。
「ねえ、君。その魔法の袋ってやつ。譲ってもらうことはできないかしら?」
冷蔵庫は御禁制なのよ。異世界人から手に入れない限り、喫茶「草壁」に冷蔵庫も冷凍庫も導入できないの。こっちは必死よ。逃げ腰になるない、青年。
「もちろん、ただでとは言わないわ。お金がいるんでしょう?」
ちらっとおじさんの手元の紙を見る。私の理解を大きく超えた図案にぎっしり書き込みがある。青年がぐっと喉を鳴らした。よし、もう一押し。
「相談に乗るわよ? 一週間分の宿と食事をつけてもいいわ」
さあ、どうする?
「譲れるものなのか分からないから、ちょっと確かめさせて下さい」
青年は慌ててこっちに背を向けて、宙を睨んで何か始めた。指が微妙に動いている。この子、シャイボーイと話が合うかもな。二人とも何か私には見えないものが見えるんだわ。引き合わせてみたいなあ。
「おい、おい。ヒカリ。お前さん、そんな大金持ってるのか?」
声を潜めておじさんが聞いてくる。そうそう、それ。大事なところ。
「いや、必要な全額払うなんて誰も言ってないし。実際、いくら必要そうなの?」
「そうだなあ、今回の試作だけで金貨三枚くらいかかるぞ。改良して別のバージョンなんていったらもう一枚」
ああ、それはパトロンが必要になるわけだ。
「金貨三枚かあ。まったく無理ではないけど、ちょっと多いな。すっからかんになっちゃう。他に出資してくれそうな人、心当たりない? その人を紹介してあげるだけでも相談に乗ったことにはなるよね」
「ヒカリは本当に商魂たくましいな」
そうかな?
「分かりました。売りましょう。おじさん、この試作にいくら必要っすか?」
きりっと振り返った青年は亜空間保存袋を譲ってくれるという。やったー。もう三年も夢にまで見た冷蔵庫。氷と一緒につっこめば冷凍庫としても使えるよね。この夏は清人に冷菓を食べさせてあげよう。絶対買う。絶対手に入れてやる。
「そうさなあ、失敗もあるだろうからまあ、金貨三枚と銀貨十枚ってとこかな」
ははん、ご店主。そうきたか。あなたもなかなか一筋縄ではいきませんね。
「では、この魔法の袋。金貨四枚でどうでしょう」
青年、君は馬鹿かね。どうして目の前で値上げするんだ。
「言い値で買い取れるほどお金が余ってるわけでもないのよね。私はその試作品を買うんじゃないんだから、試作品にいくらかかるかはこちらの値段には関係ないわ。まずはその袋の機能を確認させて頂戴な」
開け閉めの仕方、要領、私以外の人も使えるのか、保存期間、温度、臭い移りしないか。知りたいことはたくさんあるのよ。
「ふうん。そう。なかなか優秀ね」
くっ、けちをつけて値切ってやろうかと思ったけど、実際この袋、超優秀だわ。しかし、それならそれでこっちにも打つ手がある。
「これを手放すと、あなた結構困るでしょう。安全な荷物の保管場所がなくなっちゃうし」
「それはまあ、そうっすけど」
「その袋と引き換えに、安全な荷物の保管場所を提供するわ。持ち運びはできないけど最低限必要なもの以外はそこに置いておけばいい。これでその袋の半分くらいの機能を等価交換できるわね。持ち運びに便利ってところだけはどうしようもないから現金払いで払いましょう。あと、さっき言った一週間の宿と食事分もあるから、支払いは金貨一枚と銀貨十枚。これでどうかしら?」
おじさん、小さい声でも聞こえたわ。いきなり半値以下とかえげつないって言ったわね。価格交渉に遠慮は不要。それが私がこの世界で学んだことよ。
「宿と食事を、おじさんとの開発が終わるまでに延長してもらえるなら」
「無期限延長はできないけど、その分は都度対価を払ってくれるならいいわよ」
よし、交渉成立。握手、握手。指切り、指切り。
「私の家は隣の集落なの。歩いても一時間半もあればここまで来られるから通えるわよ」
「え?」
近いもんだよね。
「くっそお、騙された!」
往復を便利にしたいと思えば車開発にも身が入るでしょう。うん、いいことした!




