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鳥籠の姫君

友人へのお礼小説と言うことで、許可を貰った上で友人のバックボーンを小説にしてみました。

 女の子らしい調度品や可愛らしい服で埋め尽くされた部屋のベッドに腰掛け、分厚い本のページをめくる少女がいた。背中まであるその髪は光を受けて金色に輝き、その瞳は澄んだ青空を映したように美しく、その肌は雪のような白さを誇っていた。年のころは10といったところなので、誰に問うても「可愛らしい」という賛辞が出るだろうが、もう少し成長すればあらゆる男を魅了するような美貌がそこにはあった。だが、今のその少女は子供らしい笑顔でもって本のページを進めている。ふと、少し離れた位置でノックの音が聞こえた。


「お嬢様、お食事をお持ちしました」

「はーい」


 使用人の呼ぶ声に明るく答えると、彼女は読んでいた本に栞を挟んで隣の部屋へと向かう。彼女が到着した時には品の良いテーブルの上に食事が並べられ、使用人が部屋を退室するところだった。使用人はドアのすぐ横においたカートをちらりと一瞥すると恭しい礼をして廊下へと出ていった。幾枚もの皿に盛られた料理はどれも高級な食材を使用し、それでいて栄養バランスやカロリーが完璧に計算されたものだった。それも当然のことで、屋敷の人間が彼女に関する事柄では母由来の端正な美貌と健康を守ること以上に大切な物はないと考えているからだ。



 彼女は名のある悪魔の数多くいる子の一人として生を受けた。だが、由緒正しき夢魔として生まれていながら、彼女にはその美貌以外にこれといった長所は存在しなかった。それを知った彼女の父親は武勲を立てた部下への褒章か、名のある家との懇意の証かは知らないが、彼女を他の悪魔への贈答品とすることを決めた。そうなると、彼女は悪魔としての戦闘を教えられることはおろか、屋敷の中の狭い範囲から出ることも許されず、まるで傷つきやすい宝石を扱うかのように大切に育てられてきた。だが、それは見方を変えてしまえば軟禁であり、その様を見た者たちが彼女を本当の名前ではなく「鳥籠の姫」もしくは縮めて「鳥籠の」と呼ぶほどだ。

……冥界は階級制度もあるが、実力主義の強い風土でもある。知略か武力のどちらかに秀でていなければ下の者の謀反にあい、命を落とす危険もある世界なのだ。そう考えると彼女を力のある悪魔へ与えようとするのは、もしかしたら親としてのせめてもの愛情であったのかもしれない。

 親の真意がどこにあるにせよ彼女は決して悲観していなかった。これは空元気や諦観、父の愛情を信じていたといったことではなく、無関心に近い感情だろう。良くも悪くも冥界において容姿の良い子女を贈答品として扱うことは珍しくなかった。そのため、彼女は自分自身もその一例にすぎないと思い、その事実にさしたる感情を向けなかったのだ。そして、そんな当たり前の事実以上に彼女を苦しめていたもの。それは退屈であった。他の兄弟は両親や武術師範の使用人によって教育を施され、生傷を作りながらも生き生きとした日々をおくっているのに対し、彼女は自分にあてがわれた部屋と、傷つけるような物が存在しない部屋でしか行動を許されなかった。

 そんな彼女を変えたのは奇しくも父の悪魔らしさである。知略に優れた彼は人間界を侵略する上で必要になると考え、人間界の文化を収集した。しかし、悪魔らしい価値観ゆえに戦略を立てる上で十分な知識を得た後はその書物を屋敷の一角に放置したのだった。そして、そこは彼女が行動を許された数少ない部屋の一つであった。ある日、何となしに本の一つを手に取った彼女は幼さゆえの好奇心からページをめくり、退屈な日々に囚われていた彼女はあっという間にその面白さの虜となった。常日頃から時間を持て余していた彼女は屋敷に放置された書物に次々と手を付けたが、父親が人間の研究のために仕入れた本はそれほど数が多い訳ではなく、すぐに全ての本を読み終えてしまった。そうなると後に待つのは前と同じ退屈な日々である。だが、一度人間界の面白さを知ってしまった彼女はそれを良しとしなかった。ある日、彼女は比較的人間界に行く機会の多い使用人を見つけると、精一杯の虚勢を張り、その美貌をより妖美なものにして話しかけた。


「ねぇ、私人間界の書物に興味があるのですけど、今度人間界に行ったときに少し持ってきて下さらないかしら?」

「で、で、ですが、お嬢様に対して命令以外の事をするなと●●●●様からきつく言い渡されておりまして」


 その使用人は彼女の妖美な魅力にあてられたが、それでも主人が怖いのか首を縦に振らなかった。だが、使用人に自分の美貌が通じていることを理解した彼女は更に攻撃の手を強めることにした。


「でも、あれってお父様が人間を研究して有利に戦うためのものでしょ? なら、時間のある私が読んでいればもっと色んな情報が分かると思いますの」

「そ、それはそうかもしれませんが……」

「でも、それだとあなたが私に本を持ってきたことがバレてしまいますわね。そうだ。お父様の役に立つことが分かったらあなたに教えますから、あなたからお父様に教えてあげて下さらない?」

「わ、私がですか?」

「えぇ、そうすればお父様はきっと喜びますわ。ウフフ、もしかしたらその情報で戦果をあげることになったら、あなたに褒章を与えるってことになるかも知れませんわね?」


 思わせぶりな笑顔と共に放った言葉は彼の欲望を刺激したようで、先ほどまでの逡巡が嘘のようにお願いを聞いてくれた。その後は彼によって多くのものがもたらされた。ハードカバーに飽きてきたら、それに記されていたマンガなるものを参考資料になるかもと要求した。音楽に興味を持てば、書物によれば人間の心を表現するものだと言って請い求めた。初めて人間の書物に興味を持った日から今日まで人間の文化に触れてきた彼女の中にはいつしか人間の文化と人間の心への興味が湧いていた。「こんな風に使用人に書物を持ってきてもらうのではなく、自分で好きに本を選びたい」、「書物ではなく実際の人間と触れあいたい」、そんな強い感情がいつしか彼女の中に芽生えていた。だが、人間と悪魔は敵対種族。自分がふらりと人間世界に降りたところで討伐されて終わりだろう。それ以前に自分はここを出ることを許されていないのだ。彼女はそうやって、自分の中の希望を押し殺していた。





 目の前の食事よりもカートに意識を向けた彼女は行儀が悪くも手早く食事を済ませると、カートに向かって駆け出した。使用人がカートに目配せをするのは書物を手に入れたという合図なのだ。カートの白い布をめくって巧妙に隠された今回分の書物を手に取ると、寝室に戻る時間も勿体無いとばかりに内容の確認をした。今回も中々面白そうな本が多いが、彼女はその中に本とは言えないものが混じっていることに気が付いた。それは一つの冊子であった。冊子には大きく「久遠ヶ原学園」の文字が記されていた。彼女はこの名前に見覚えがあった。いつだったかに手に入れた週刊誌に撃退士を育てる学校として紹介されていたのだ。そして、撃退士については彼らをモデルとしたマンガがあったためにどういうものかは知っていた。自分たち悪魔とは敵対する関係だが、自身が許されない鮮やかな戦闘や仲間たちとの絆など、退屈だった彼女の憧れとなるには十分な存在であった。その養成機関、しかも多くのマンガで青春の舞台として描かれる学校であることが彼女を強く引き付けた。自分がここに通うことが無いことは分かっているが、それでも学園に通う自分を夢想しようと冊子をめくった。始めの方にはファンシーな学園地図と学園の制服があり、「あら、可愛いわね」と独り言を漏らさせるほどに彼女の心をつかんだ。そして、最後のページを見た時、彼女は我が目を疑い、その眼を可愛く瞬かせた後再び冊子に視線を落とした。そこにははぐれ天魔の保護及び生徒としての受け入れといった内容が書かれていた。つまり、ここに行けば自分は撃退士として、学生生活を謳歌することができるのだ。

 そうなると彼女の行動は早かった。貴重品を簡単にまとめると、はめごろしの窓を割って屋敷を飛び出した。家の人間に追いつかれないように身軽な状態で来たので、本当に好きな本を数冊持ち出せた以外はお気に入りの服も靴も置いてきてしまったのが残念だが仕方がない。何より、自分はこれから人間界に行くのだから、そこでまた一から集めていけばいい。そう思って翼を強く羽ばたかせた。


こうして大きなお屋敷の高い窓に吊るされた、鳥籠の中の美しい小鳥は眼下に見える鮮やかな森へと向かって飛び出した。その道中は誰にも見つからないように移動しなければならないという楽なものではなかったが、退屈に飽き、刺激を求めた小鳥にとってはそれさえも魅力的だった。




「むぅ、困ったわね。転入手続きはどこですればいいのかしら?」


 冊子の情報を頼りになんとか久遠ヶ原学園にたどり着いた彼女は校門近くで戸惑っていた。学園が広く、さまざまな施設がある上に、冊子のファンシーな地図は可愛くはあったが実際に目的地を探そうとすると酷く分かり辛いのだ。そうして、地図と目の前の景色を見比べていると、ざっという砂が鳴る音とともに声がかけられた。


「えっと、転入生かな?」


 彼女が声のする方を振り向くと柔和な笑顔を浮かべた少年がいた。無害そうだが平凡な顔立ちに、茶色の髪をうなじまで伸ばした少年であった。これといった特徴もなく、右の前髪に付けた女物の真っ赤なヘアピンが最も特徴的とさえいえた。その少年は彼女に比べるとはるかに高い体を屈めることで目線の高さを合わせ、小さく首をかしげていた。


「えっと、どちら様でしょうか?」


久遠ヶ原の学生だろうかと考え、彼女はそれを確認するために問いかけた。……得意の猫を被った上でだが。


「あっ、い、いきなり話しかけてゴメンね。僕はこの先の久遠ヶ原学園の高等部の学生で、神谷春樹って言うんだ。君が僕が転入してきたときの雰囲気に似てたから学園を案内した方が良いかなって思って。あっ……自分で言ってても人攫いとか悪漢の言い訳みたいだって思うけど、そんな事実は全然ないし、君が怪しいと思ってるならすぐにどこかに行くから遠慮なく言ってね」


 ただの確認のための問いだったのだが、目の前の少年は自らを怪しんだ問いだと捉えたようで、狼狽しながら口早に自分の紹介を始めた。その様子にあっけにとられた少女だが、それを再び勘違いした少年は自身が怪しいという自己評価を下し、彼女を不快にしていないかを気にし出した。この少年はいっそ気にし過ぎという位に気を使う性質のようだ。当初から怪しむ気持ちもなく、それに加えて彼のそんな気質を感じ取った彼女は少年の案内を受け入れることにした。


「いえ、怪しいだなんて思ってませんわ。予想された通り私もどこに行って良いか迷っていた所でして、春樹様が案内してくださるなら嬉しいですわ」

「そっか。それは良かっ、春樹様!?」


 彼女の言葉に安堵の表情を浮かべた少年は、自らの名前に付けられた敬称にほんのり赤面しながら驚きの表情を作った。悪戯好きな気質をもつ彼女はその様子に気づくと更にからかうことにした。


「えぇ。そうお呼びしたいのですけど、ダメでしょうか?」

「あぁー、うん。初めて付けられた敬称で驚いただけだから、好きなように呼んでくれて良いよ」


 しかし、反応は思ったよりも薄いものだった。ほんの僅かな戸惑いはあるが、頬の赤みも少し引いており、先ほどのはその言葉通りいきなりの事に驚いただけのようだ。それならば、どういう悪戯なら彼は面白い反応をするのだろうかと考えていると、少年は右手で後頭部をかきながら口を開いた。


「じゃあ、とりあえず学生課に案内するよ。行こうか。えっと……」


 こちらに呼びかけようとして言葉に詰まる少年を見て、今更ながらに自分が名乗り返していないことに気が付いた。彼女は悪魔ではあるが礼節はしっかりしているため、慌てて自身の名乗り返そうとした。だが、その唇から音が発せられる直前で、彼女の思考が待ったをかけた。「今までの名は何となく違う気がする」と。今までの名前、あれは囚われるだけだった小鳥の名だ。今の自分にはあの名前は相応しくない。

では、なんと名乗るべきか考えた彼女の頭に浮かんだのはお気に入りの本だった。他にも二冊ほど浮かびかけたが、一番しっくりきたのはそれだった。そして、彼女は口を開く。自身のこれからの名にして、憧れの姿を。この言葉とともに彼女の撃退士としての生活が始まる。


「申し遅れました、春樹様。私はドロレス・ヘイズと申します。気軽にロリータとお呼びいただければ幸いですわ!」


この小説は盛り上がりを考えてエリュシオンシステムと異なる描写をしています。ですので、フィクションの中のフィクションのようなものとお考えください。

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