第1話‐①【凪side】救われた俺たちの終わりのない日常の始まり
毎日俺には必ずやることがある。
シャワーを終えたあと、洗面台の鏡を覗き込んだ。
鏡の中にいるのは、いつも通りの俺、「凪」だ。
俺の左目と右目の色が違うことは、ほとんど誰にも気づかれない。
ここにも様々なカラーのコンタクトレンズを置いている。
棚の中からレンズの箱を取り出す。
いろんなカラーのレンズを揃えてるんだけど、その日の気分によって選ぶ色は変わる。
髪色に合わせることが多かったけれど、今はブルーブラック。
「またカラーチェンジしよっかな」
ピンクのヘアカラーってどうなんだろ?
スモーキーピンクならいい?
似合うかな? 社長になんて言われるかな?
などと想像しながらカラコンを取り出す。
左右につけるレンズの色を変えることで、同じ色に見えるんだけど、それを見抜いたのが、親友であり会社での先輩、遥希の彼女である優芽だった。
『凪くんの目って本物?』
何て言いやがった。
「……よし」
鏡に顔を近づけ、慎重に右目にレンズをつける。
瞬間、視界がわずかに歪む。
兄の瞳を、覆い隠していく。
右目は、死んだ兄貴のものだ。
兄貴が最後に見た景色と、執着していたあの冷たい記憶。
そして、兄貴の当時の彼女だった優芽を見るとき。
それらが俺の日常にときどき現れてくる。
だから俺は、自分を守るために、そして周りに安心感を与えるために、この色違いのレンズで「普通の日常」を演じている。
『凪くん、それ外して見せて』
優芽の声が頭の中でよみがえる。
あいつは時々、俺の右目、湊を見ようとするんだ。
俺と優芽の間には『永遠のふたりだけの秘密』がある。
彼女結菜には言えない。
優芽の彼氏である遥希にも言わない。
いつまで隠せるのかわからないけれど、今は言えない秘密。
俺たち、4人は表向き仲良しグループなんだけど、それぞれに言えない秘密って、いくつあるんだろう。
優芽の隣でピザを食い、笑い合う遥希は幸せそうだ。
あいつの横で、優芽は今、お腹の中に何を抱えているんだ?
あの薄暗い過去の記憶を隠して、優芽は今、陽だまりのような顔をして笑っている。
「ポテト、冷めちまうぞ」
リビングから遥希の声が聞こえる。
俺はもう一度、鏡の中の自分に笑いかけてから、ドアを開けた。
ピザとポテトと、コーラの並ぶテーブル。
花火のあとの、和んだ空間。
俺たちが積み上げたこの平穏は、砂の城みたいに脆いんじゃないかな。
誰かが一つでも秘密をこぼせば、この日常はあっという間に崩れ去るだろう。
「あー、わかってるって。……平和だな! ポテト食える幸せ」
俺は「凪」として、歪んだ共犯関係の輪の中へ戻っていった。




