第16話 ホラーは映画だけに留まらない
どうも、うらまるです。
読んでくださっていた方々、お待たせ致しました。
およそ1ヶ月半ぶりの更新です。
今後はどうにか滞ることなく、更新したいところ……
六月六日。六が連なる不成就日が大平高校の創立記念日だった。
誰がこの日を選んだのか、憧れのジューンブライドの月とはいえ、縁起を担ぐことも大事だと思うのだが。創立者はきっとゲン担ぎも知らないネオン街の阿呆か、都会の喧騒でタイムイズマネーに精神を焼かれた現実主義者に違いない。
「田舎町の高校で、そんなことはありえないがな」
アパートの鍵とキーホルダーをつなぐスチール製の輪っかに人差し指を嵌めて、クルクルと回しながら、花咲は独りでに呟いていた。
「なーに?」
花咲の言葉が薄っすらと聞こえたのか、隣の部屋からつくしの上ずった声が聞こえてきた。
「何でもない。暇すぎて、どうでも良いこと考えてただけ」
「暇ならリビングの洗濯物たたんどいて」
「はいはい」
花咲は立ち上がると、リビングに干してある洗濯物をたたみ始める。つくしは着替える必要がないため、花咲の服とタオル類しかたたむものはない。
「考えてみると便利な服だよな、白衣って」
年中快適、おまけに洗濯要らず。それは日夜、新たな機能性素材の開発に血眼になっているアパレルブランドも涙の究極の万能服だろう。
花咲は鏡の前に立って、本日の着こなしをチェックする。普段つくしと買い物に行くときに着る服と変わらないのだが、変なシワができていないかなど少し気になった。
今日は高梨とつくしと三人で映画を見に行く日。つくしとも高梨とも頻繁に出かけているので今更だが、三人で出かけるのは初めてなうえ、思いつきではなく予定として組まれていると少し緊張してくるものなのだ。
今は朝の八時前。最寄り駅で高梨と合流したら、電車に乗って隣町のモールへ向かう予定だ。
「おまたせ」
洗濯物をたたんでクローゼットに仕舞い終わったタイミングで、つくしがそう声を掛けてきた。
「おおっ!」
「何か変だった?」
花咲の反応を気にして、つくしは自身の白衣を手繰りながら、せわしなく視線を走らせる。
「いや、デートするときは、男子は驚いたリアクションを取るのが定番かと思って」
「そういうのは言わないものでしょ。それに、普段と何も変わってないのにリアクションされたら、それは煽りにしか思えない」
少し盛り上げようと思った花咲の行動だったが、つくしは呆れたようにため息を吐いた。
「ごめんって。少しテンションが上がってたんだよ」
「へぇ、上がってたの?へぇ……?」
「なんだよ」
花咲の素直な気持ちを聞いて、つくしが悪い顔をした。花咲の視線も気にせずに、いやむしろ見せつけるように、ジロジロと花咲の服装を確認する。品定めをされるときの商品の気分である。
「今日の花咲君は、だいぶ気合が入ってるね」
「悪かったって!」
明らかな京言葉に、たまらず花咲は頭を下げた。
「言われて嫌なことは、言わないようにしましょうね」
「ごめん…なさい……」
「いいよ。私も花咲君と同じで、今日はテンション高いから」
「それも恥ずかしいからやめてくれ」
出発前から少し疲れた花咲だった。
*
通称モールとは、ショッピングモールのこと。アウトレット品も取りそろえられていたり、映画館や食事処も併設されていて、地方都市でよく見られる大型の商業施設である。
最上階にある映画館で二時間近くもあるパニック映画を見終わってから、ぶらぶらとモールを出歩いている最中だった。
「この後、どうするんだ?」
空かせた腹を擦りながら花咲が高梨に尋ねた。
「とりあえず、お昼ご飯食べようよ」
「あれだけ食べてたのに、よく昼を食べる気になるよな」
映画前に抱えるほどのポップコーンを注文していたと思えば、見終わって劇場から退出するときには山とあったそれは綺麗さっぱりなくなっていたのだ。
「いや、あたしはあまり食べてないから。ほとんどつーちゃんが食べてたんだよ」
「マジかよ」
「ほら、映画のときって、ポップコーン食べながらコーラ飲みたいじゃん?」
と口にするつくし。高梨に伝えるのは恥ずかしいのか、メモ帳に書き起こそうとはしていなかった。
「確かに、わかるけど」
少し子どもじみた動機が、普段のつくしっぽくない。はしゃいでいるのがわかって、花咲が笑顔を滲ませると、その様子が気になった高梨が「話せ」と目で訴えてくる。
「映画鑑賞ではポップコーンとコーラが定番らしいよ。春野家では」
「それは確かにそう。そして、味は絶対にキャラメル」
隣でうんうんと頷くつくしが、【そう!】と全力で肯定していた。
「それで、どこで食べる?」
脱線しかけた話を花咲が軌道修正するように二人に尋ねた。
「別にどこでも。つーちゃんは?」
問われてつくしが【イタリアンがいい】と書き起こした。こういうときに方向性を決めてくれる意見はありがたい。流石、普段料理をしているだけのことはあるかもしれない。一番大変なのは、その日何を食べるのか決めることらしいからな。
「俺は良いよ」
「あたしも」
【なら、私が好きな店が別館の一階にあるんだけど、そこに行かない?】
どうやら、つくしプレゼンツのお店があるらしい。急ぎ書き起こして、言いながら高梨に見せる。高梨とやり取りするようになってから、メモ帳に手書きする速度が速くなってないだろうか。
「じゃ、そこにしよっか」
その一言を皮切りにレストランへ向かい始めたとき、途中に見えたトイレの標識を指さしながら花咲が言った。
「ごめん、トイレ行ってきていいか?」
映画のときから既に尿意が込み上げてきていたが、言い出すタイミングを見計らっていた花咲だった。
「良いよ、待ってるから」
「サンキュ」
言いながら、花咲は速足で向かう。
どうして映画というものは、こうも尿意をもたらすのか。リラックスしているタイミングは排尿が促進されるらしいと聞いたことがあるが、今日の映画はパニックとホラー要素満載だったんだがな。
「そういえば、お昼の後はどうするつもりなんだろうな」
今日のセッティングはすべて高梨に任せてある。だから、予定は高梨しか把握していないのだ。
用を足しながら想像を馳せるが、ここへ来るまでにやりたいことを言われてもいなければ、相談されたこともなかった。
「後で聞くか」
そう思いながら、手を洗ってトイレを後にする。すると、二十代半ばほどの男性二人が、高梨に声を掛けているのが見えた。二人には見えていないのだろうが、高梨の前につくしが立ちはだかって、高梨を守ろうとしているようにも見えた。
「あれって……」
要件はわからないが、花咲が離れている間に高梨が声を掛けられたのだろう。所謂ナンパなのか、それとも店を探しているだけなのか。
どちらにせよ、高梨の表情が困惑の色を浮かべていることに変わりはない。
だから、花咲は駆け出そうとして、一歩踏み出してーー止まった。
花咲の眼に映る、何事もなかったかのように立ち去っていく男性二人。まるで話しかけたことで魂でも食べられたかのように、無表情のまま歩き去っていった。
「大丈夫か?」
花咲は合流すると同時に、二人に声を掛けた。
「うん。つーちゃんが助けてくれたから。とりあえず、大丈夫」
「今のって、ナンパ?」
男たちが歩き去った方向を見ながら花咲が確認する。
「たぶん。用件は言われなかったから、目的はわからないけど」
同じ方向に目を向けながら高梨が答える。
ただ声をかけたかっただけの愉快犯という訳ではなさそうだが。
「前にも駅で声かけられたことならあるけど、こんなモールでもあるもんだね」
確かに、こんな家族連れの多い場所で試みるなど、勝算の見込みが甘いナンパ師もいたものだ。
「というか、今の人たち、つーちゃんのメモ見えてなかった?」
「……たしかに」
つくしが書いた文字を見て、立ち去る気になったのだとしたら、それはつくしを認識していたということだろう。
高梨と花咲が揃ってつくしへ視線を送ると、罰が悪そうな顔をしながらつくしは目を背けた。
「なんか今になって腹立ってきた。あたしだって、つーちゃんのこと認識できるようになったの最近なのに、あいつら一発で見抜いたってことでしょ!?ああ、ムカつくッ!」
「怒るのそこかよ」
呆れながらツッコむ花咲だが、高梨の指摘は御もっともだと納得もしていた。
あくまでつくしのことが見えていないとしても、つくしのことを認識していない限り、つくしの書く文字は読めないはずなのだ。
その不可思議な疑問をぶつけられて、つくしは歯切れ悪く口を開いた。
「それは、その……、万年筆を使って書いたから」
「万年筆?」
「そう」
つくしの手には白地に桜の花びらが描かれた万年筆が握られていた。黒と金でない万年筆は珍しいように思う。
「へぇ、万年筆で書くと誰でも見えるのか?」
つくしが握るメモを花咲が覗き込む。【立ち去って】と書かれている。
「そうだけど……って、ちょっと!それは見ちゃダメッ!!」
花咲と一緒にメモを覗き込もうとした高梨が、つくしに全力で止められる。
「え、ごめん。見るとマズかった?」
静かに頷くつくしの姿は高梨には見えない。ただ、高梨にとって、つくしの手で丸められるメモ用紙だけでも返事としては十分だった。
二人の間に流れる沈黙の空気。気まずい静寂に耐えかねて花咲が口を開いた。
「ちなみに、昼食べ終わったらどうするんだ?」
脈絡のない話題だが、察した高梨が考え込む仕草をする。
「服見て、本屋行って、ボーリング行こう」
ざっくりしているのか具体的なのかわからないチョイスに花咲は答えあぐねる。
「修平は、何かやりたいことある?」
「特にないよ。それより、二人が服を見ている間、俺はどうしてりゃいいの?」
「今日の修平の役割は、荷物持ちと通訳だから」
「側仕えかよ」
「冗談だって。服は選ぶんじゃなくて、気になってる服を確認しに行くだけだからさ」
「……なら、良いけど」
その確認が長くかかりそうだから危惧しているのだが、高梨は飄々としたままだ。
そのときだった。
話しながらエスカレーターの前まで来ると、バルーンアートを提供している特設ブースの前に見知った女子がいた。そして、大きな瞳をこちらに向けていた。
「由紀と修平君……?」
そこにいたのは、歳の離れた弟に抱きつかれながら立つ滝田だった。
*
滝田の視線を追うようにして、弟も姉とそっくりの丸くて大きな目を向けていた。
お姉ちゃん離れしていないのか、滝田の服をしっかり握っている。
「コウちゃん久しぶり〜」
滝田光太郎。滝田とは十も歳が違う、滝田の弟。
高梨がしゃがんで話しかけると、滝田の後ろに隠れてしまった。
「二人で出かけるなんて珍しいね」
高梨を見て言った。
「見たい映画あってさ」
「あ、あの妖怪の怖いやつ?」
「そう。タキが見れないって言ってたからさ。今日タキが来れないから丁度良いと思ったら、まさか会うなんてね」
「そうだったんだ!確かに、あのタイプはダメ!前に見たとき夜寝れなくなったもん」
花咲は、滝田がよく高梨に付き合わされて、ホラー映像を見させられていることを花咲は知っていた。高梨曰く、反応が面白くて揶揄いたくなるのだそうだ。いつかバチが当たるに違いない。
「それで、今日は修平君と由紀だけ?峻輝君は?」
「シュンはいないよ」
「二人、何かあった感じ?」
「いやいや、そういうのとは違うからね。何て言おうかな。今ここにいるのは二人だけど二人じゃないというか……」
理由は言えないだろう。二人きりでないことなど。
あくまで高梨はつくしと来たかったのだ。
怪異だとか、物怪だとか、そういった未知のものが好きな高梨。つくしはまさしく高梨の興味ど真ん中ストレートなのだ。
花咲はあくまで付き添いでしかないのだが、つくしを認識できない滝田からすれば、高梨と花咲がデートしているようにしか見えないのだろう。
高梨が煮え切らない返事をしたまま言い淀んでいると、
「お姉ちゃん、あれ!」
その場の空気などお構いなしの滝田の弟が、おもちゃコーナーにある車を指差してはしゃぎ始めた。
どうやら高梨のことはもう気にしてないのか、「行こ!」としきりに姉の袖を引っ張っている。姉弟そろって、夢中になると止まらないらしい。元気なところまでそっくりだ。
「わかった。行くから引っ張らないで。由紀も修平君もごめんね!また!」
弟に引っ張られる形で去っていく滝田を見ながら、三人とも胸をなでおろした。
「一時はどうなるかと思った」
つくしが滝田の背中を追うように見つめながら、ホッとしたように言った。
「そうだな」
気になるのは、滝田とあまり視線が合わなかったこと。花咲は滝田に許されていないような感覚を覚えていた。
ピロンと通知音が鳴って、スマホを確認する。
バナーに『滝田朱里』と表示されていた。
『夜にコンビニで待ってるね』
来いということだろう。拒否権はないタイプの誘い方だった。
*** うらまるより ***
滝田的にはスッキリしないよね。う~ん、もどかしい。。。
挿絵一覧URL:https://50497.mitemin.net/
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