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終盤

 職がなくなり、また所在なく過ごすのかと思われた野江良だったが、自分のことを書けば良いんだよ、以前、大野タケシに言われた言葉を思い出す。そこで野江良は日本史とは関係ないが、再び弘田宜蒼の名義で、『拉致旅行』なる小説を執筆した。内容は、ある定時制高校に通う、鬱病の十七歳の少年が、同じ高校に通う二十歳の風俗嬢に拉致され、自分探しの旅に道連にされる……この様な物語。

 

 書き終えた野江良であったが、作品を発表する場がない、と言うより知らない。とある出版社にアポイントメントも取らずに原稿を送ってしまうが、結果はそのまま送り返される始末。どうにかならないか思案に暮れていると……。


 何気なくノートパソコンでネットを見ていたら、無料で電子書籍が出版できます! あなたの作品をお待ちしています! なる広告を目にする。そんな美味い話がある訳ない、と怪しみながらも、やはり気になる。クリックだけしてしまうと、ホームページには株式会社adoとあった。

 当然、女性シンガーのAdoのことではない。adoと言う単語は、騒ぎ、騒動、骨折り、面倒などを意味する名詞だ。詳細を読んでみると、その会社は、旅行ガイドなどの広告を作成するのが本業なのだが、今回、電子書籍の分野にも事業を展開するとのこと。

 

 しかし、出版を途中で中止したければ、違約金として五万円をお支払頂きます、とのこと。メールで問合せると、当社のブランドに傷が付く為、その様にさせて頂いております、なる返信。


 野江良は親友の女性に相談してみた。

「違約金が五万なんて随分良心的じゃん。何をどうしたくて作品を書いたの?」親友が背中を押してくれたのだ。野江良は意を決して作品のファイルを送信する。すると……見事に審査に合格し、複数回の校正を経て、表紙のデザインもして頂いた末、『拉致旅行』は無事に出版された。

 編集者である、野村忍に電話でお礼の挨拶をすると、

『売れないものなのよ』期待するなと念を押す口調で言われた。別に期待はしていなかったが、新たに開設した銀行口座に振込まれた印税は、たったの六三十円……なり。インスタントラーメンの五食入り袋麺一袋買えば、瞬殺。


 文筆家で食べていこうなど、夢のまた夢。しかし、東京で目指したい職は一通りやった、野江良は少しづつ覚悟していた。


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