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勇者の冒険 〜勇者として召喚された俺の英雄譚〜  作者: アジペンギン
第四章、武神奉闘祭
98/112

96、力の一端

ハッピーバースデートゥーミー。

本日誕生日。


 ヤマトは長い、長い歴史を持つ。

 古くから続くこの国には、その歴史に見合った物語があるのだ。


 先の劇にあった神話も、その一つ。

 長らく『主』の軌跡と奇跡を綴った聖書であったが、十五章以降の話を描かれていた伝説はなかった。

 

 長いからこそ、それ以前の記録も残り得る。

 五百年以上前の出来事であろうと、いくつもの国が興亡を繰り返していようと、ヤマトならば可能性は高い。

 だから、というべきか。

 いくつもの伝説が、演劇として残っている。

 先の神話もその一つだ。

 

 勿論だが、長いからこそ、多くの謎も生まれる。

 例えば、文字や絵で残されたモノは何一つない、という謎。

 紙に描けばそれでいいのに、不思議なことに演劇としてしか伝わっていない。

 口伝、という形しか許されなかったように。

 その昔、人がそれを願ったのだろうか?

 何らかの理由で、文字にも絵にもできなかったヤマトにおいて、それでも何かを遺そうとした人々。

 

 今になって、それを紐解くことは容易ではない。

 いったい、何があったというのか?

 当時の記録は驚くほど残っていない。

 ならせめて、未だに形なく残り続けるモノから、ヒントを得るしかないだろう。



 ※※※※※※※※※



 『武神』


 武の頂点。

 武の神。

 ヤマトの守護神。


 この五百年、一度も全力で戦った、という記録はない。

 ただの一人ですら、指もかけられずに、武の深奥の中に呑まれていった。

 彼の者の全力の一厘すら出せなかった事実に、一体何人の武人たちが狂死したか?

 あの武の神は、ただの一人すら死なせなかったのだ。

 

 囲い、押し殺そうとした万を超える軍団も

 何十という英雄を上回った、真の英雄も

 各国から出された古豪の兵たちも


 誰一人として、死ななかった。

 かけ離れすぎた実力差に、殺させる事すらできなかったのだ。

 武の頂きから、そっと頭を撫でるように。

 これほど屈辱なこともない。

 誰もが躍起になって、殺そうとして、足掻いて、智慧を尽くして、そして、まるで相手にならなかった。

 

 せめて、全力で戦っていくれ

 せめて、情けをかけないでくれ


 そんな願いをすべてへし折ってきた。

 何をしても無駄に終わって、それが嫌で仕方がなくて、もう関わるのも嫌になって。

 そうして、世界中から諦められたのだ。


 

 だが、たった一度だけ、『武神』が全力を出したことがある。

 


 伝説に残る、最大最悪の戦い。

 山がいくつもの消し飛んだ。

 あらゆる河川が干からびた。

 自然という偉大な化け物すら、そこに居たから殺された。

 

 未だに、その爪痕は残っている。

 草一本すら残らない荒野が、そこにある。

 不毛な、あり得ない、おぞましい戦争だ。



 『武神』対『大賢者』


 

 体を使った技の結晶

 魔力を使った魔の結晶


 史上最大の決闘だった。



 ※※※※※※



 見惚れていた


 圧倒的な技を前にして、魅入っていた。

 先読みの技術は確かに戦闘でよく使う。

 相手がどんな手を用いるのか、その手をどう返すのか、という思考。

 止めてはいけない、脳の力。

 『武神』のそれは、未来視に等しい。

 

 あと半歩、いや、その半分でも踏み込めば当たるはずだった。

 けれども、結果はあの始末。

 見切った上で、予測した上で、紙一重の位置に身を置いた。

 だから、指一本触れられることはなかった。

 

 他にも、あの打撃。

 魔力という鎧を貫き、敵にだけ破壊を届かせる。

 魔力によって身体能力を強化すれば、術者の実力によるがその皮膚は鋼の如く硬くなる。

 だというのに、ただの素手で防御を上回った。

 相手は相当の実力者。

 身体の強化は申し分ない、どころではない。

 熟練の域に達しており、ただ殴るだけなら何らダメージは受けない。

 魔力なしの人間がハンマーで全力で壊そうとしても勝てる。

 

 だが、スルリと抜けた。

 衝撃だけが壁をすり抜ける。

 中を揺らす、という最低限の攻撃で、敵に最大限のダメージを与える。

 難しい、どころではない。

 力という見えないモノを完璧にコントロールし、凝縮し、叩き込む。

 体という器に、存在しない透明な水を流し込むように。

 

 他にも、カルトンの体を浮かせた技。

 普通に足を払い、頭を抑えても、ああはならない。

 いきなりの強敵を前にして、微妙に体を強張らせていた。

 そして、片足にすべての体重がかけられており、踏ん張りがきかない体勢であった。

 さらに、蹴りの勢いを利用して、体を振り回す。

 この工程を瞬きよりも早く行われた。



 すべてを見ていたエイルからすれば、鳥肌が止まらなかった。

 こんな奴がいるのか、と。

 これがかの有名な『武神』か、と。

 

 使徒の中でも、『武神』は名は各地に広まっている。

 理由はとても単純。

 人類の守護者、『大賢者』と引き分けたから。

 

 片手間で二つ目の太陽を創り出す、大国すら丸ごと洗い流す大海を操る、広大な砂漠を密林に変える。

 何もかも規格が違う。

 国を滅ぼす事など、たった一つの魔術で事足りる。

 

 エイルも見ていたのだ。

 ほんの少し前に、途方もない破壊の魔術を。

 アレを前に、生きられるとは思えない。

 どんなに自分のことを過大評価しようと、殺す気の『大賢者』を相手に一瞬だって保つとは、エイルは考えることができなかった。

 だが、目の前のソレは、引き分けたという。


 彼が何十年費やしても、決して届けないだろう頂点。

 それまで抱えていた疑問など吹き飛んだ。

 それが()()()()()()()とも知らずに、自分の中に封じ込めてしまった。

 自分を試したい。

 その欲求に、抗う事ができなかった。

 この出来事に後悔すら抱けない、ある意味幸せな、ある意味不幸な一幕であったろう。




 「フウウゥゥゥ!!」



 

 ソレが『武神』と分かった瞬間に飛び出した。

 彼の相棒も、あまりの光景に見惚れてしまい、抑える事ができない。

 何の制限もなく発射されたその体はまるで矢のように『武神』へ向かった。

 

 

 「カアアア!」



 武器は常に携帯している。

 彼の身の丈よりも大きな大剣は、禍々しい雰囲気を放ちながら一気に振り下ろされた。

 龍の骨を使われた魔剣の一撃。

 踏み出す一歩の間に、彼の本能が最適の攻撃を選択。

 エルフの形態へと移行し、魔剣の力を引き出した。

 この形態だけが、魔剣の性能を完璧に使いこなせる。


 闇のエネルギーが溢れ出す。

 店ごとすべて焼き払うつもりの、広範囲攻撃。

 大剣自体は本人を狙い、奥に逃げても、左に逃げても、右に逃げても構わずダメージを与えられるように。

 だが、

 


 

 「……甘えだね」



 声がした。

 心臓がドキリと高まり、嫌な汗が流れる。

 音に近い速度が出ていたエイル。

 その彼の耳に確かに届いた声。

 エイルに失敗する、という予感を抱かれるには十分だった。


 いきなりの突然、誰から見ても完璧な奇襲だった。

 『武神』は後ろを向いていたし、突撃の時の音もほとんどなかった。

 速度も、その状態から気取られるなどほぼ不可能なほど速い。

 だというのに、いとも簡単に悟られる。

 不安という名の鎖が彼に絡みついた。



 「ははははは……あぁははははは!」


 

 だが、関係ない。


 どこに避けようと必ず当たるはずだ。

 絶対的な自信と共に、攻撃は続行される。

 不安も、予感も、彼の行動を制限することはできなかった。

 そして……






 『       』







 無


 

 

 広範囲殲滅のための攻撃。

 死傷者多数を覚悟で行った大火力を、完璧に殺された。



 「嘘だろ……?」


 「残念だったね」



 先ず、広がった広範囲爆撃。

 水をバケツからぶちまけたように広がった黒色は、辺りを呑み込みながら進む。

 ただの人間ならば、骨も残らない。

 仮にカルトンほどの者が相手だとしても、ダメージは避けられないだろう。

 牽制ほどの手軽さで、牽制では収まらない威力。

 見る者が見れば、どんな規格外か分かる。


 さらに大剣の斬撃は、『武神』の脳天を叩き割ろうとした。

 その刃はインパクトの瞬間、音を超えて迫る。

 斬るということへの鋭さもそうだが、刀身は全方位へ向けられた闇のエネルギーの爆心地だ。

 攻撃力だけを見れば、受けることは不可能。

 

 それを前に行った行動。

 『武神』の両腕に、魔力が灯る。


 いくつもの意味がこもった『嘘だろ』の4文字。

 その一つがその魔力。

 例えるならば、自然の結晶。

 魔力を巧みに操る表現として、まるで生きているように、などがある。

 だが、『武神』のそれはまったくの逆。

 

 当たり前のように()()のだ。

 瞬きなどしていない。

 目だって離していない。

 なのに、気が付いたらもうそこに()()()

 

 あまりにも静かな、それでいて力強いソレ。

 蟲? 無機物? 植物? 

 生き物と呼ぶには程遠く、生き物よりも遥かに洗練されている。

 どれほどの修行の果てなのか、検討もつかない。


 そして、驚きは止まらない。

 剣が魔力に触れた瞬間、剣に籠もったエネルギーが消し飛んだのだ。

 その様子は、浄化、という表現が相応しい。

 規則を持って集まっていた塊が、散らされ、消えていく。

 ホロホロと崩れ、空に消えるエネルギー。

 明らかに意図的に行われた離れ業。

 

 それは、最も濃いエネルギーが集まった大剣本体も例外ではない。

 刃を覆っていた黒色は剥がれ落ちる。

 さらに、勢い良く振り下ろされたはずが、そっとズラされた。

 剣はエイルの『魂の力』によって覆われているのだ。

 だが、刃に触れても傷一つ見えない。

 魔力はその性質上、『魂の力』に比べて大きく劣るにも関わらず、だ。

 防御不能の攻撃が、あっさりと攻略された。

 それも、予想を大きく上回って。


 

 「広範囲を一気に攻撃すれば当たるとでも? そんな事をするなら、腕を磨いてボクに届くように努力をしなさい。甘えながら努力しても、一生追いつけないよ?」



 ふざけるな、と言ってしまいたい。

 だが、否定することができない。

 この攻撃方法を選んだのは、言ってしまえば当てる自信がなかったから。

 だから、安易な方法に逃げてしまった、と言える。

 

 嫌味ったらしく核心を突かれたことの不快感に顔を歪めるエイル。

 対して表情の見えない『武神』だが、その声は明るい。

 完全に舐めている証拠だ。

 才ある若者を見て喜ぶだけで、欠片たりとも戦士に対する敬意はない。

 殺すつもりはこちらだけ。

 向こうは遊び感覚のまま、不意を突くこともできない。

 なるほど、皆が諦めるのも納得がいく。



 「で、キミ誰? 相当強いよね。野良の『超越者』まで混じるなんて、この祭りも有名になったもんだよ」


 「野良ぁ?」


 「ん? 違った? 五百年も生きてたらそういうのも会えると思ったんだけど。まあ、そんなの『大賢者』が逃すはずないもんね? あ、そういえば『勇者』が居たんだ! もしかして、キミってその関係者?」



 ペラペラと話が止まらない。

 長年生き続けているというのに、身長も相まってまるで子どものようだ。

 だが、そこがどことなく、『大賢者』に似ている気がした。

 


 「なら、近くに『勇者』も居るよね? ねぇ、案内してくれない?」


 「……はいそうですねって言うとでも思ったか、ボケ」


 「えぇ……いいじゃん別に……」



 エイルは『勇者』の単語に身構える。

 けれども『武神』は、脱力させられるほどふざけたテンションを崩さない。

 フードで見えないが、その下でニコニコとしているのが透けて見える。

 気が短いエイルではあるが、苛立ちを表に出すことはなかった。

 警戒を解くほど間抜けでもない。

 どれだけバカらしい態度でも、目の前の相手は世界の敵。

 天上教最高戦力の一角。

 さっきまでの一連の動作を見れば、納得しかない。

 


 「まあいいや。ていうか、そこに居るのが『勇者』でしょ?」



 小声で、ボソリと、耳元で響く声。

 エイルは心臓を掴まれた気がした。



 「ほら、そこのキミ。ボーっとしてないでさっさと逃げるよ。騒ぎになったら面倒だからね」


 「え?」「は?」



 瞬きの間に、手を掴まれる。

 その場に居た『超越者』二人がまったく反応できずに、気が付いたら手を引かれていた。

 


 「ほら、お茶でもしようか? ボクの奢りでいいよ?」



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