97、語り合い
遠い遠い、昔の話だ。
だから、もう詳しいことは分かっていない。
何故こんな争いが起こったのか、どうしてヤマトで語られ続けることになったのか。
詳しくは何も知らないのだ。
ただただ、昔、ヤマトの近くで凄まじい戦いがあったということ。
今もなお、残る爪痕。
その昔、緑があったらしい。
なんでも、『大賢者』と『武神』が互いに近くにあった平野を選んだという。
だが、そこにあるのは荒野のみ。
戦いは平野を超えて、奥の山を潰した。
さらに奥の、大河を壊した。
そのまた奥の谷を埋めた。
結果として、小国が二つ丸々収まるほどの規模に被害が出たのだ。
それも、『大賢者』が周囲への被害を抑えるために、大規模な結界を張った状態で。
何を思ったのだろうか?
『この国に手を出すのは、許さない』
『ワシの手が必要なのだ。人は、人類は、ワシの手なくしては……』
どんなすれ違いがあったというのか?
『絶対に、絶対に許さない。他のどこをどうしようが知ったことではないが、ここだけは、絶対に……!』
『どけ! 儂がせねばならんのだ!』
戦いは一週間、一時も途切れることはなかった。
『大賢者』の魔術は、地を焦がし、引き裂き、生を奪った。
『武神』の拳は、空を穿ち、捻じ曲げ、死を創った。
たった一つの行動が、幾千幾万を殺せる二人。
一歩も主張を譲らずに、破壊を撒き散らし続けた二人。
まるで、星を削るかの如く。
ヤマトどころか、このまま人類が滅んでしまうのではないか、とすら思われた。
この世界から隔絶された強さ。
どちらかの死でしか、終わりは訪れない。
けれども、幸か不幸か、この二人を止められる者が居た。
一週間続いた決闘は、ある日ピタリと止まった。
始めから何もなかったように、あっさりと。
今となっては、真偽は分からない。
分からないが、分からないから、どうしようもない。
どうしようもなく、冗談のようなふざけたことしか残っていないのだ。
曰く、『鍛冶神』が世界を滅ぼせる装置を作ったから。
さらに曰く、今すぐ喧嘩を止めないと、世界を滅ぼすと言ったから、らしい……
※※※※※※※※※※
なんでこんな事に?
嘘偽り無い、二人の本音だ。
店から『武神』に連れ出された彼らは、騒ぎの場から少し離れた茶屋で腰を下ろす。
茶を一杯と、菓子をたくさん。
手を引いていた彼の者は、子どものように次から次へと甘味をつまんでいく。
いきなりとんでもない力を見せつけられた。
その後、すぐに捕まった。
そして、ここだ。
混乱しない方が無理な話だった。
「ほら、奢りだよ? もっと食べてもいいんだよ?」
もそもそ、と食べていた事に突っ込まれた。
この状況で食べれている事がもう図太くて仕方がないのだが、その発想はないようだ。
エイルですら、いつもの食欲は出ていない。
ただ見るくらいしか、できる事もない。
だが、それは彼の者の気が済まないらしい。
「ボクはキミたちと話がしたいんだ。と言ってもまあ、別に深い意味はない。何となく、人と話がしたくてね」
………………
一応、敵同士だ。
敵意を欠片も感じなかったとしても、態度がバカらしすぎたとしても、『武神』の戦いぶりを見て勝てないと悟っていたとしても、警戒は解けない。
無駄と、本能では理解していた。
だが、なけなしの理性が訴えかける。
それでいいのか、と。
「歳を取ると、昔を懐かしむことが多いんだ。感傷に浸りたがるっていうか、捨ててきたモノが見えるっていうか……とにかく、誰かと話したかったんだ。特にキミ、『勇者』とね」
信じてもいいのか?
神と呼ぶには、あまりにも人臭い。
子どものように若いような、大人のように詰まったような、老人のように重いような。
そんな、気がした。
どこかの誰かのような、記憶できない声で、静かに語る。
「危害を加える気もない。あるならとっくに殺してる。仲間の敵討ちなんてする組織じゃないって、エドガーあたりから聞いたんじゃない? ボクは、そうだな……今はキミたちの人となりが知りたい」
語り合うべきか、否か。
(何がしたいんだ、本当に……?)
考える。
考えて、考えて、答えは出ない。
何せ、何も知らないから。
真偽が分からず、不安が燻る。
彼我の差を理解しているから、心を許せない。
「え〜……じゃ、こういうのは? 何でも一個、君たちの質問に答えるとか?」
「「…………」」
静かに目を合わせる。
エイルは、その時、意図を感じた。
仲間の目からは、お前が考えて答えろ、と語っている。
彼らのしたかった質問は、同じだ。
きっと、機会を与えられたのならば仲間の内、四人は一致したであろう内容だ。
自分の中で吟味し、これでいいのか、と焦る脳裏で考えて。
そして、
「……お前らは、何がしたい?」
ようやく出た声。
絞り出したようなそれに対して、
「うん? 世界を変えたいんだよ? 知らなかった?」
「「…………」」
意外そうに答える。
能天気に、どこかバカにしたように。
だが、そうではないのだ。
「……いや、そういう事じゃなくて」
「だろうね? 駄目だよ、質問は具体的に言わないと。本当になんでも言うつもりだったのに、惜しいことしたねぇ?」
見えない顔は確実に笑っていた。
おちょくるつもりで言ったに違いない。
飄々としているというか、そこが見えないというか。
付き合うだけ無駄という考えが浮かぶ。
「……もういいか?」
「そうだね。帰ろうか」
「ああ待って! ゴメンて! 年寄りのちょっとしたイタズラじゃんか!?」
本当に何がしたいのか?
バカらしいにも程がある。
「俺らのことをおちょくる気しかねぇだろ? 関わるだけ時間の無駄だ。それに、お前らには『勇者』を殺すつもりがねぇ。そっちもこっちも何もできねぇなら、関わる必要ねぇだろ」
「変なことを裏で考えられても困る。例えば、お前の仲間が他の三人のことを狙ってたりとか」
「そんなんじゃないって〜。そもそも、ボクにそんなの必要ないしぃ。ていうか、どうこうするつもりなら『勇者』はともかく、そっちのキミ、死んでるって」
否定はできない。
その気になれば、目の前のコレは何でもできるのだ。
何だって、どんなことだって。
さらりと言っているが、それが嘘でもなんでもない証拠だ。
どんな相手でも、どんな強者でも、どんな化け物でも、敵ではない。
同じ『超越者』であろうと、だ。
『武神』には、一人一秒で葬る自信があった。
格下相手に余裕を崩す必要がない。
「キミらのこと、少し見ただけでも分かる。信頼してるんだねぇ、お互いを。じゃあ、君もボクらと来るかい?」
「は?」
いったい、何を?
そう思った二人を置いてけぼりに、さらに続ける。
「『勇者』はどうせ、最後はボクらに付くんだ。それならさっさと鞍替えしたら? 『勇者』と殺し合いしても損するだけだし、ボクらは戦力を求めてる。ちょうど良い」
「待て。そもそも、何で俺がそっちに付くんだ? 天上教は敵だ。世界を壊そうとするなら、俺はそっちに付けない」
前提が違っていた。
だから、話が噛み合わない。
だが、確信を持って話す様は聞き手の不安を煽る。
「ん? そもそも不思議なんだけど、どうしてキミはこの世界の平和を願うんだい? 部外者なんだろう? 放っておけばいいじゃないか。この世界の問題を、どうしてキミが命をかけて解決しなきゃいけないんだい?」
「…………」
「正義感? 使命感? それって、誰かに言われたから?」
フードの奥の闇が、より深くなった気がした。
声はおちゃらけたままだが、真剣味が灯ったような。
だから、問われた『勇者』は答えることに躊躇した。
答えれば、自分の底を見抜かれる、と思ったから。
それを見て、エイルは前に押し出る。
「黙れよ。俺もコイツも、テメェらには付かねぇ。ていうか、俺は身内をテメェらに殺されてるんだぞ? 死んでも天上教は許さねぇし、味方になるなんてあり得ねぇ」
「ほう?」
首を傾げ、疑問の声をあげる。
見えないニヤケ顔に静かに苛立ちながら、さらに言った。
「テメェらは信用ならねぇ。分からねぇ事が多すぎる。そんな胡散臭い連中に、背中は預けられん」
だが、
「それなら、秘密がなくなれば信用してくれる?」
「!」
何だろうか、この感覚は?
「この国でも知れることは多いよ? 多分だけど、教えてくれる人が来るだろうしね」
「……お前……本当に……」
「何がしたいのかって? それは言っただろう? ボクはキミらよ人となり知りたいんだ」
『武神』の中にある何か。
その何かが、恐ろしく引っかかる。
「あと三人の事も知りたいなぁ。キミらは良い。若くて、強くて、見てて楽しい。きっと残りも、ねぇ?」
「……テメェ、マジでいい加減にしろよ」
「会わせる訳がない。あくまでも、お前は使徒だぞ」
静かに視線が交じる。
『武神』はあくまでも余裕なままで、二人は焦りを滲ませながら。
いくつもの不安が湧き上がる。
見えないモノへの強い恐怖。
「あの二人と戦ったんだ。使徒がただの悪人じゃないのは分かるだろう? 変な意地を張るのはやめなよ。ねぇ、実は、」
「あれ? 二人ともどうしたんです、こんなところで?」
声のする方へ皆が振り向いた。
白と、青と金の髪。
間違えるはずもなく、彼女らは別行動の三人の仲間だった。




