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勇者の冒険 〜勇者として召喚された俺の英雄譚〜  作者: アジペンギン
三章、鋼の騎士
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81、恋した人の最期の願い


 倒れた使徒は、もう起き上がることはない。

 

 ライオスの牙は、エドガーの魂の容れ物である核を大きく削った。

 もう力を発揮することはなく、そこにはただ死にかけの男が居るだけだ。  


 これまでの激闘が嘘のように静か。

 皆が皆、何も語ることもなく、ただ目に映る景色に没頭している。

 それだけ、衝撃的だ。

 暴虐の塊でしかなかった、止まることのなかったあの化け物が、力なく伏している。

 そこに抱える感情は感動に近い。

 


 「まったく………長い、長い道だった………」



 その感動を、負けた側すら感じていた。

 三百年も止まることはなく、ひたすらに外れた道を進み続けてきたが、ようやく止まる、終わる。

 エドガーの深い、深い言葉。

 ようやく見えた終わりに、感慨深いものも感じよう。

 

 万感だ。

 これまでの全部があった。

 挫けても、諦めかけても、絶望に負けても、絶対に止まることだけはなかった。

 無理に続けてきた三流悲劇の物語はようやく終わり。

 だから、今ならば言えるのだ。



 「疲れた……………」



 ずっと昔から、思えば始まりから。

 使徒となったあの日から、二人が死んだあの日から、エドガーはずっと疲れていた。

 もう何もする気はなかったのに、甘い夢を見た。

 それに誘われて、突き動かされる。

 苦しみを忘れるために、負った傷を無視して走る。


 今になって気付くのだ。

 ひた走る中で、もう傷だらけだったのだ、と。

 やはり使徒など性に合わなかった。

 


 「はぁ………もう、いい………最期だ………」



 待ちに待った、終わりが近づく。






 ハッとして、ライオスとエイルが警戒を戻す。

 

 静かな時間が長すぎて忘れていた。

 この使徒は不死身だった。

 どんな攻撃を受けても決して負けない、化け物。


 何でもありの敵に対して、与えた隙は大き過ぎた。

 今は油断させるための作戦かもしれないのだ。

 とにかく、何をしてくるか分からない。

 死のその瞬間まで、決して……………



 「やめろ」



 だが、その警戒も無理に解かれた。

 背後からかけられた、仲間の『聖剣』使いの言葉によって。

 

 彼は無造作に倒れた敵へ歩み寄る。

 武器すら構えず、これまで漲らせていたエネルギーも息を潜めている。

 完全な生身だ。

 使徒がもしもその気なら、指一本で殺される。

 二人は彼を止めようとしたが、それよりも敵の側へ近づく方が早かった。




 「何でやめたんだ?」


 「何が、だ………」



 静かさは、二人の間ではまだ続いていた。


 妙な通じ合い、と言えるのかもしれない。

 憎しみの感情はなく、本当に静かな語り合い。

 隠しだてするようなことは何もなく、お互いがお互い、真剣に、穏やかに話す場所。

 阻むものは何もなく、答え合わせを始めた。

 


 「魂を削ってエネルギーを得ていた。最後の攻撃も、そのまま削り続ければ防げた。何でやめたんだ?」



 魂は器、その中にあるものがエネルギー。

 戦えば戦うほどにその量は減っていく。

 当たり前だが、それがなくなればもう戦えない。


 しかし、エドガーはガルゾフの奥義を受けた時点で、保有していたエネルギーはほぼ空になっていた。

 ライオスとのタイマン、その後の五対一、勇者との追いかけっこと戦いは長く、激しく続いたのだ。

 量だけで言えば、良くて下の上。

 どうしても、絶対的に量は足りない。


 必要が生まれたからこそ、エドガーは魂を削った。

 器を中身へ変換するという、命懸け。

 不自然なパワーの増強のタイミングから、既に彼は瀕死の状態だった。


 死の後に魂が一体どうなるのか分かりはしないが、確実にまともに死ぬよりもよほど恐ろしいことになる。

 死への恐怖よりも、ずっと怖い。

 その恐怖も、死後の安寧も、全てを捨て去るからこその力だったのだ。

 使徒『不屈の砦』だからこそ行うことができた、捨て身の戦法であった。


 だから、不思議だ。

 彼にはそれをするだけの覚悟があった。

 恐ろしいのならば、始めからこんなことはしなかったし、取れない。

 魂を削る、という苦痛に耐えられない。

 エドガーだから、『不屈の砦』だから、そして死兵だからできたのだ。

 その魂が無へと帰る瞬間まで、使い続けないと()()()()

 敵同士で、会ったばかりでも、そういう信用があった。

 

 それに彼は、



 「そう、命令された………『教主』からな………」


 「意味が分からん。そのまま続けていれば、勝てたかもしれないだろう?」


 「そんなこと、知らん。『教主』様の、心内は…………『教主』様にしか………分からん…………」



 小さく笑いながら答える。

 優越が覗く表情の裏で、これを表に出すものか、と彼はわきまえる。

 自分如きが推し量ることすら許されないと理解している。


 だから自然と出た、小さな嘘。

 本当は、エドガーは分かっていた。


 彼女はエドガーの意地よりも、エドガー自身を優先したのだ。

 冷酷であれば楽なはずなのに。

 放っておけばいいだけなのに。

 彼女は彼女であることを捨てられない。

 これだけ世界を掻き回して、それでも…………



 「なら、お前たちは何故こんなことをするんだ?」



 畳み掛けるように言う。


 それに一瞬答えに詰まった。

 だが、一瞬だ。

 相も変わらず掠れた声で答える。



 「何故、とは………?」


 「なんだ?勝者にそれくらいは教えようっていう気はないのか?」


 「それで、喋るとでも…………?」


 

 喋る理由など、どこにもない。

 これまで天上教が世界を敵に回して負けなかった理由の一つ、『分からない』という武器を明かすものか。

 子供のような理屈を振り回す勇者にエドガーは呆れる。


 だが、絶対に喋ってもらうという意思が見えた。

 今の彼にならば隙がある、とでも思っているのだろうか?

 愚かなことだと心の中で吐き捨てる。

 

 瀕死であるが、使徒の役目はまだ投げていない。

 エドガーは最期のその瞬間まで、使徒を辞めない。

 だって、誓ったのだから。

 仮に全てを捧げたことへの後悔があったとして、仮に自分を縛った者への恨みがあるとして、それでも味方する方は決まっている。

 

 なら、通す道理はそのままだ。



 「この世界に、五百年以上続くものは、六つしかない…………」


 「? 何の話だ?」



 自身を倒した者への褒美。

 それがなくては、つまらない。


 情報は大きな武器だ。

 使いどころを間違えなければ、どんな戦いも制することができる。

 きっと、褒美には十分。

 そして『教主』の意向に外れることはない。



 「『大賢者』『武神』『鍛冶神』『聖剣』、我らが『教主』様と、ヤマトの国の六つだけ。それ以外は……国も、人も、何も…………残らない……………」   


 「待て待て、それがどうした?」



 勇者は少し焦ったように言う。

 だいたいはエドガーの意図が分かったらしい。

 彼からしても、そこは喋ることができないのだ。


 だから、これは仕方がない。

 ここまでは話してもいい、というか、話す予定だった。

 


 「おい、逃げる気か!」


 「元々、敵同士だぞ………これでも、御の字だろう………?」




 エドガーの言葉に勇者は舌打ちする。

 あわよくば、このまま全てを打ち明けてくれはしないかとおもったのだが、そうはいかないらしい。

 

 分かるのだ。

 死に体で、おそらくはもう持たないと分かる男。

 その彼の目は、まだ折れていない。

 死ぬのだからもうどうでもいい、と思ってもらえればよかったのだが、駄目だった。

 少し見せた、あの疲れ果てたような様子からもしや、と思いはした。

 目の前の安楽を前にしても、彼は我を忘れることは無かったのだ。

 

 理解する。

 この『教主』への忠誠は本物だ。

 死の間際になったとしても、その行動は自身のためではない。

 ただ、捧げた者のために。

 ただ、一人のために。



 「何て、強情な…………」



 その精神に、理解は示せない。

 彼にはただ一人のために、自分すら削り、捨て石になろうとした、その強さは分からない。

 

 どうせ、もう終わりなのだ。

 どうせ、この先はないのだ。

 だからもう、投げ捨てればいいのに。


 自身にここまでさせるような()()を送った相手に、どうしてそこまで?

 それを()()と理解していたろうに。

 だから、あんなにも疲れていたのだろうに。


 愚かだ、馬鹿だ、愚劣だ。

 こんな不器用な生き方しかできないなんて、悲しい。

 憐憫が心に満たされる。


 きっと最期まで、体のいい道具だったのだろう。

 そうあることを望んだのだろう。

 自分が何も得られないからこそ、誰かが何かを得られるように試練に拘った。

 だから何も叶わない。

 始めから、願いを叶える気などなかったのだ。

 願い、命、誇りも道も捨て去って、それでも彼は夢を見ることを選んだ。

 

 愚直


 ただその一言にすべてが詰まっている。

 彼のこれまでの苦悩も、葛藤も、すべてがこの言葉にだ。

 何をしても、彼は貫き通した。

 


 責務をまっとうした彼の最期を、




 「凄いよ、アンタは」




 心からの称賛で飾ることにした。



 


 「ふふふ…………」



 

 満足そうに笑う。

 何の憂いも、苦しみもなく、眠るようにエドガーはその生涯を終えたのだった。



 ※※※※※※※※※



 

 『バカだね、君は…………』


 『ああ、皆バカばっかりだよ』



 なつかしいこえがきこえる。

 なんびゃくねんもまえにきいた、したしいひと。

 もう、あえることのない、いとしいひと。



 『私もかい?』


 『ああ。君も、エドガーも、僕もね』



 だが、そのきおくがきえることはない。

 このさんびゃくねん、いちどたりともわすれたことなどなかった。

 せんれつに、のこっている。

 


 『行こうか、エドガー』


 『流石に三百年は長かった』



 いけません。

 したしいひと、いとしいひと。


 このたいざいは、ひとりでそそがねばならない。

 だから、触れないでください。

 だから、もういってください。


 

 『本当に馬鹿だね、親友。君を置いていくものか。共に同じ人に()()()仲間を、どうして置いていく?』



 ふれなかったもの。

 にげつづけたもの。

 それを、あなたがいうのか?


 はんりょとなった、あなたが。



 『言うとも。僕は、君のことを煩わしく思ったことなんて、一度もなかった』



 でも、



 『強情だね、君は。じゃあ、最後は彼女に譲ろう』



 したしきひとがとおのく。

 うしろにひかえたいとしきひとといれかわりで、すぐめのまえにまでよりそった。

 たおれふすものへ、めをあわせて…………



 『一緒に行こ、エドガー!』



 すべては、あなたからはじまった。


 あなたのことばが、あなたのしぐさが、あなたの愛が、私をつよくゆるがす。

 あなたの愛によってはじまったから、おわりはあなたの愛によって。


 もう、ことわれないじゃないですか。

 いつもいつも、あなたのわがままを、きいてきたのですから。

 だから、こんかいもしかたなくです。


 恋した人よ…………








 「おやすみなさい、良い夢を…………」



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