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勇者の冒険 〜勇者として召喚された俺の英雄譚〜  作者: アジペンギン
三章、鋼の騎士
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82、化け物たちの力の一端

大インフレ

 


 「おやすみなさい、良い夢を…………」



 囁くような、優しい声。


 その場にいた全員へと、それは届いた。

 おそらくは女の声であるはずなのに、どうしてもそれは認識できない。

 頭に霞がかかったように、全容が分からない。

 ここまでになると、本当に発せられたのか疑問になるほどだ。

 出たように聞こえても、実際は出ていないのかもしれないという矛盾。

 本来ならば、そこに釘付けになってもおかしくはない不思議なのだが、一同はそれどころではなかった。


 

 「なんだ、アレ?」


 

 ソレは、女のような気がするが、分からない。

 顔も、体も、すべてが見れない。

 何かに覆い隠されているようで、存在の認識を邪魔される。


 おそろしく不気味。

 得体が知れず、底も知れない。

 世界から一歩踏み外したようなソレは、ただ、死した男の前で佇んでいる。

 

 そしてソレを前にして、全員がその場から一歩後ろへ動いた。

 どうしても、動かざるを得ない。

 理由は不気味さと得体の知れなさ、そしてもう一つ。

 覆い隠されているかのようなソレの、隠しきれない『力』を感じて。



 「………………化け物、か?」



 ライオスの口から漏れた言葉。

 獣としての特性を持つ彼は、ソレの脅威を誰よりも理解する。

 あまりにも、力に差があり過ぎる。

 コレに比べれば、あの使徒のほうがまだマシだと思えてしまうほどに。

 暴虐の塊である使徒とは違い、コレはもっと根本だ。

 見た瞬間、別物だと悟った。

 一秒後に死んでいてもおかしくない。

 



 「さて、彼の亡骸は私が持ち帰ります」



 声をかけられた瞬間、気を失ってしまいそうだった。

 コレがこちらへ意識を向ける、余人ならばただそれだけで白目を剥き、泡を吹く。

 瞬き一つすることもなく、まるで時間が静止したように五人は固まる。

 一言一句聞き逃せない。

 何が琴線に触れるのか、分かったものではない。


 全員が冷や汗を滝のように流した。

 思考が真っ白に褪せるほどの緊張が巡る。

 


 「彼は、愛する者たちの隣へ…………」



 その言葉には、ありったけの慈しみが込められていた。

 それだけで、きっとコレは使徒とは親しかったのだと理解する。

 頭の中の空白に情報が自然と詰め込まれ、ようやく考えというものに余地ができた。

 そして、



 「何者、なんだ…………?」



 疑問を留める、ということすらできない。

 それだけコレの存在が強烈で、おそろしい。

 複雑な考えなど吹き飛ぶほどだ。

 

 だから、これを口にしたエイルも自分の言葉とは思えなかったし、周りの者たちも、下手に声を出した彼への糾弾も浮かばない。

 静かに響く声をただ耳に入れる。

 だが、不幸なことにその言葉はコレも拾ってしまった。



 「ああ!自己紹介がまだでしたね!私ったら失礼しました…………」



 これでさっさと帰ればよかったのに


 少し余裕が出てきた勇者は思う。

 それも表に出たわけではないのだが、余計なことを考えさせられることが嫌だった。

 どうせなら、このまま失神すればどれだけ楽か。

 

 そんな苦悩を余所見に、コレは言葉を続けた。

 気楽に、やや陽気に、自由に、軽く、そこにこもった衝撃など何も考慮をせずに。



 「はじめまして皆さま。私、天上教で『教主』を務めている者です」



 本当に、悪夢だった。




 ※※※※※※※※




 「エドガーは強かったでしょう?彼は使徒の中では最硬でしたからね。そんな強敵を倒すとは、やはり『勇者』は素晴らしい」



 まくしたてる。

 思ったことをベラベラと、滝のように言葉が流れた。

 

 ここに来て、全員が思考を取り戻す。

 圧倒的な威圧間とは一変して、ここまで敵意を感じない振る舞いをされたのだ。

 それでも警戒は解かずに、いや、警戒できるだけ落ち着くことができた。

 

 勇者、エイル、ライオスはいざとなれば盾になれるように。

 リベールは断絶のための結界の準備を。

 アレーナは『転移』の発動を控えておく。

 

 流れる言葉の裏で、彼らは着実に逃げることへ意識をやり、緊張を張り巡らせていた。



 「ここへは挨拶に来たのですよ。召喚から僅か数ヶ月で、使徒を三人も殺された。私は貴方たちの敵ですが、そこへ敬意を隠さずにはいられません」



 どこから嘘で、どこまで本当なのか。

 ひとまず、今は殺すつもりがないらしい。

 

 だが、安心はできない。

 向こうがそのその気ならば、次の瞬間に首をはねられる。

 彼我の差は絶望的であり、どんな足掻きも児戯同然。


 そんな相手が目の前にいる。



 (逃げたい…………)



 全員が同じことを思った。

 勝負に飢えたライオスとエイルですらだ。

 己の本能で、勝負にすらならないと理解している。

 


 「私は、世界を変えたい。そのために、貴方たちの力が必要なのですよ」



 再び意識が勇者たちへ向く。

 言葉を投げかけられても、彼らは動かない。

 だが、それに腹を立てる様子もない。


 未だに上機嫌そうに、『教主』は言う。



 「貴方たちの奮闘、それこそが、世界を変えるのです!」



 ここで『教主』は初めて動く。

 その体を勇者へずいと寄せ、上から下まで舐め回すように見つめた。

 

 猛獣に舌なめずりされる獲物だ。

 心臓は激しく拍動し、息は浅く多く、嫌な汗が背中を撫でる。

 顔を近づけているのに、顔が分からない。

 認識しきれない声が耳元にまで迫って恐ろしい。


 恐怖の象徴だ。

 恐怖という概念が、人の形をとったようだ。

 そう思うほどに圧倒される。



 「特に貴方ですよ、『勇者』」



 一際に熱を帯びた。

 静かに、けれどもより強く。


 

 「大切なピースとして、貴方の存在は欠かせないのです…………」



 息がかかるほど近く。

 見えない目はジッとこちらを見つめて、その口は薄く歪んでいる。

 そして、その影のような手は顔に触れていた。

 触れている感触は一切ないが、その時、触れていたとしか表現できそうもなかった。


 分かる、というか、知っている。

 この愛を、自分は知っている。


 不思議な既視感。

 だが、気持ち悪いというわけではなく、言いしれぬ心地よさに支配されている。

 この懐かしさは、誰のものだろうか?

 この()は、誰のものだろうか?


 『教主』から感じる愛。

 それは確かに、勇者へ向けられた。

 的外れにも思えてしまうその愛は、確かに行き場が定められているのだ。

 とても自然に、愛を受け入れられた。


 

 「私は世界を変えましょう。待っていて下さい…………」


 「………………」



 だが、だからこその疑問。

 



 「お前は、何がしたいんだ?」



 

 分からない。

 当たり前だが、分からない。

 いきなりすぎて何も掴めない。


   

 「ここまで色々やっておいて、殺しておいて、何がしたいんだ?」


 

 だって、歴史を見れば誰でも思うだろう?


 天上教という組織は五百年を超える。

 そしてその五百年という期間、おぞましいほどの人間が殺されてきた。

 すべての命を含めて、大河を作れるほどの血が流れた。

 その狂気は測り知れず、情けも容赦も、味方に向けてすら持ち得ない。

 人間を逸脱した怪物たちの長。

 それが彼女のはずなのだ。


 だが、これはなんだ?

 これが『教主』だというのか?


 こんな、こんな?



 「どうして殺す?」



 なぜ血も涙もない卑劣ではない?

 なぜ信仰に狂った狂人ではない?

 これが、本当に悪か?

 

 現れてから、今に至るまで、あの死した同胞への想いは隠しきれてはいない。

 一度たりとも、彼女は使徒エドガーへの意識を途絶させることはなかった。 

 演技の下手さがそれに拍車をかける。


 見抜いたことを見抜かれた上で、彼女は何も話さない。

 それがとても、何とも言えない…………



 「お前は一体、何なんだ?」



 

 その時に『教主』は、




 「ごめんなさい…………」



 泣いた。

 顔は見えず、姿は分からず、それでも泣いていた。

 

 それに対して、何も言えない。

 何も言わずに、ふとその涙を拭いたくなった。

 この本能は、この衝動は、何なのだろうか?


 この愛は、自分のものなのだろうか?



 「貴方は失望したかもしれません」



 伸ばした手は、触れられない。

 彼女の顔に向けた手は空を掴み、その実体は虚に消える。

 存在自体が曖昧で、どうしても触れることはできなかった。


 それは、向こうも同じのようだ。




 「それでも、貴方を諦めません」



 

 何かに突き飛ばされた。

 見えない何かは、勇者を優しく後方へ運び、仲間の元へと返していく。

 突き飛ばす程度では足りない距離ではあったのだが、それでも気が付けば一瞬で戻された。


 手を伸ばしても、間に合わない。

 硬い何かに阻まれて、それ以上先へは行けない。

 

 その本能は彼女を求めている。

 どうしても、この手に入れねばならぬという確固たる意志がある。

 渇望も欲望も、その感情を説明するには足りる言葉ではない。

 きっとこれは…………




 「ようやっと、尻尾を出したな?」



 次の瞬間、太陽が、降ってきた。



 ※※※※※※※※※




 獣人の国、アニマの首都近辺。

 天上教とアニマの全面戦争の場。


 そこでは、幾万の命が散った。


 だが、血の薄い場所も存在する。

 使徒エドガーを打倒するための決戦の場、その周囲一キロほどは、兵士たちは皆無だった。

 なぜならば、力の差がありすぎて、下手をすれば巻き込まれたからである。


 だから、彼らはその場を避けた。

 避けざるを得なかった。

 この戦争に少しでも関わったのならば、誰にでも分かる当然の真理。

 もちろん、これは『()()()』も知る所である。



 瞬きの間に張られた二つの結界。


 一つは決戦の場を覆い囲うもの。

 エドガーたちが動き回った範囲と、兵士が居ないその周囲一キロ。

 逃亡の手段の一つである『転移』を阻害する効果も付与された、直径約三キロにも及ぶ大結界。


 もう一つは勇者たちを囲う結界。

 五人を囲み、決して外の影響を受けないようにするために、張られたもの。

 とにかく守ることに重点を置いた小結界。


 それらはすべて、『大賢者』の攻撃での被害者を出さないための措置だ。

 この完璧な仕事に、少しでも魔術をかじった者ならば感嘆の声を漏らすことだろう。

 そして、結界張った理由を見れば、目が飛び出るほど凝視するに違いない。



 太陽



 大結界にスッポリ収まるほどの巨大な炎の塊。

 それはエネルギーに満ちており、表面の温度は五千度を超える恒星となった。

 それが、叩きつけられる。


 この時に、この範囲は消滅した。



 「無茶苦茶ですね」



 その消滅を前にしても、まるで『教主』へは影響を与えられない。

 傷どころか汚れすら付けられていないのが分かる。

 何事もなかったかのように、普通に苦言を漏らしていた。



 「貴様が『教主』じゃな?」


 「無駄な問答です、それくらい、分かるでしょうに」



 『教主』は『大賢者』への棘を隠さない。

 これまでの態度とは裏腹に、彼に対してだけはとびきりの悪意を撒き散らしていた。

 その威圧は、勇者たちでも気を失っていただろう兇器。

 だが、『大賢者』はそれをそよ風のように受けている。

 

 この二人だけが、完全に隔絶していた。



 「ほう?今ここで決着をつけるか?」


 「老害が偉そうにしないでください」



 空中で睨み合いを続けていた二人であったが、その言葉と共に『教主』は背を向けた。

 これに『大賢者』は眉をひそめる。


 しかし、それで終わるはずもなく、ここで攻撃を仕掛けたのは当然であったと言えよう。




 「すごい……………」




 結界の中で、アレーナは感動した。


 これまで、何年も『大賢者』に付いて回った自分。

 彼の元で研鑽を積み重ね、彼の技術を学んだ日々。


 それが一体何だったのかと思わせるほどの、魔術。


 

 空間が軋むほどの魔術の連発。

 黒い炎、紅い雷、翠の海。

 すべてが最高位の魔術、そして原動力は『魂の力』によって行われている。

 自分ならば一秒だって生きていられない地獄。

 

 それの中で、平然としている『教主』は何なのか?



 「温いですね」



 温い、と言った。

 あの攻撃を受けておいて、温いと。


 地面に向けて撃ったのならば、間違いなく地形が変わっていただろう。

 というか、周囲の兵士たちも諸共に、炭すら残さなかったに違いない。

 一つ一つが龍のブレスの何十倍という威力であるのに、それでも温い?


 次元が違う。

 異世界の話だった。



 「遊びなら、付き合いません。()()()()()で私を殺せるとでも?次は本体で来ることをオススメします」



 それに『大賢者』は鋭い視線を返すのみ。

 

 だが、それ以上に鋭い威圧と共に、『教主』は言った。




 「いつまでも人間を舐めるな。最後に勝つのは、私たちだ…………!」



 その言葉を言い切った瞬間、もうそこには『教主』の姿は見えない。

 ただ一人で悔しそうな表情の『大賢者』がいる。

 その視線は、『教主』が居た虚空と、大結界の中にある。

 

 結界の中には五人、そして、残った足場は()()だけだった。

 勇者たちが居た場所と、もう一つ。


 使徒エドガーの亡骸も、始めから何もなかったように消え去っている。

 その周囲は削り取られているにも関わらず、その場所だけは変わらずに。


 つまり『大賢者』の攻撃は完璧に防がれた、ということ。


 ようやく見せた敵の長をどうにもできなかったという事実に、ただただ大きく、顔を歪めた。



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