10 情報屋さんと水馬
読者の皆様のご指摘を受けまして、構成を変更することに致しました。よろしくお願いします。
「キジトラ、居るか!?」
街へ戻ってきて早速、鍛冶場へと飛び込んだ。事前連絡することも考えたが、その手間も惜しんで走ってきた。慌てて探すもキジトラは以前と同じ隅っこに居た。目を丸くしてこちらを見つめている。良かった、これでもし居なかったら完全に走り損だった。……ボスを倒したことで、俺も少し熱くなってたかな。
「な、何事っすか? あたし、次の街に移動しようと思ってるんすけど……」
「その前に頼む! 装備を作ってくれ!」
アイテムボックスからライトニングダガーを取り出し、押し付ける。
「これ……! この前見せてもらったレア装備じゃないすか!?」
「そうだ、これを材料に打ち直してくれないか?」
「ええ!?」
スキルが【短剣】でなくなった以上、こいつは充分に使いこなせない。だったら他の使い道を探るべきだ。
「ちらっと耳にしたんだが、武器を更に強化する方法ってのがあるんだろう?」
「確かに一回武器を素材に変えてから、新たに造る方法はあるっすけど、本当にやるんすか……?」
俺からライトニングダガーを受け取ったキジトラは、ハンマーを構えて炉の前に座っている。そして俺はその後ろに腕組みして陣取っていた。しかしキジトラが確認するように、ちらりと振り向く。
「いいんだ、やってくれ。材料も渡しただろ?」
「貴重な魔法石を報酬兼材料として大量に受け取ったのは置いといて、これはレア装備っすよ? 失敗したら壊れる可能性もあるんすよ? 大問題っすよ?」
まぁ、その可能性もあるにはあるが……俺としてはこいつの腕を信用してやりたい。確かに性格はいいやつだとわかっているものの、腕に関しては根拠は無い。……強いて言えば、この前の失敗だな。あれを見て、こいつのチャレンジ精神を買ってやりたくなった。
「失敗したらその時はその時だ。いいから一思いにやってくれ」
というか、今は時間がない。プレイヤー達はこぞって次の街へ向かおうとしている。この波に乗り遅れない為には、早く水馬を討伐するしかない。
先に街へ行く選択肢もあるが、それよりは先に討伐してしまいたい。後になればなるほど、最初の街をみんな気にしなくなって、情報のインパクトが薄れるからだ。
「……そこまで言うなら、分かったっす! 全力で成功させてみせるっすよ!」
俺の決意をわかってくれたようだ。大きく頷くと、炉で熱し始めた。
◆◆◆
「で、できたっすー……!」
作業を始めてから三十分後。必死に作業していたが、ようやく完成したようだ。何度も細かく向きを変えながら、込める力を変えてハンマーを振っていた。時にはこするように、時には砕くように。鍛冶のシステムはよくわからないが、かなり大変だったのはわかる。
両手でしっかりと受け取り、出来上がった作品を確認する。新たな武器はいわゆる日本刀に近いものだ。大きさとしてはやや短めで、刃の部分が約五十センチ前後と小太刀に近い。反りの無い、柄から刃先まで一直線に真っ直ぐな刀だ。ライトニングダガーを材料にしているからか、刃の部分は暗めの黄色になっている。
見事にイメージ通りの作品……忍者刀だ。作業中にあれこれデザインの要望について、やり取りした甲斐があったというものだ。
「名前は……『鳴神』っす!」
生産職はアイテムを作成したら、作品の名前を自分でつけられるらしい。受け取った刀を性能チェックしていく。
─────
忍者刀・鳴神
雷の魔力を帯びた刀。刃が強く帯電している。
・魔法ダメージ追加
・低確率で状態異常:マヒが発生
・特定の職業が装備時、腕力が強化
・アーツ『雷落とし』が使用可能
─────
予想以上の出来映えだった。ライトニングダガーの効果を引き継ぎつつ、更に大幅に強化されている。特定の職業が装備すると、強化されるというものだ。刀だけあっておそらく、侍などの職業じゃないかと思う。そこに忍者も含まれる……と思う。
しかも、アーツが追加されている。どうやら武器を装備している時だけ使えるものらしい。名前からして攻撃系のアーツだし、ここで今すぐ試す訳にはいかないが。
「素晴らしいじゃないか……! お前、やっぱり凄腕だったんだな」
「本当は、時間があれば火の魔法石を組み込んだらどうなるかとか、色々試したかったんすけどね」
「うん、素人の俺でも、それがダメなのはわかる」
前言撤回だ。依頼した武器を実験台にしようとするんじゃない。
「まぁ、今回は急ぎだったから、要望通りに作ったんすけど、成功して良かったっすよ」
「ありがとな……。これでなんとかなりそうだ」
「でも、なんで急ぎで強化した武器が必要なんすか? ボスが倒されたから、次の街に行けるようになったんすよね?」
「まぁ、ちょっとした……裏ボス退治といったところだな」
◆◆◆
再び大森林へと戻ってきた。ゲームを始めてから数日が経つ。何度も街と森を往復してきたが、これが最後になるかもしれない。いや、この一度で討伐してみせる。そうじゃないと今のところ情報を独占している意味がない。
森の中ではプレイヤーを全く見かけなかった。数人はいるかと踏んでたが、予想外だな。だが、目撃される可能性が無いのはこちらとしてもやり易い。
まもなくして、グランドベアの居た地点までたどり着いた。だが、考えなく飛び込んだりはしない。念のために木の陰に隠れて行動していた。恐る恐る覗き込む。
「やっぱり居たか……」
そこには当然ながら、グランドベアがいた。体を丸めて寝転んでいる。目を閉じているようだし、俺の存在には気付いていないようだ。
「迂闊に動かなくてよかった……。また気配を消して通り過ぎるとしようか」
スキルを使って、横を通り抜ける。枝や葉にぶつかりながら茂みを強引に抜けるが、全く音が立たない。何度使っても不思議な感覚だ。
だが途中でふと思った。どうせ通り抜けるだけだし、一回くらい試し撃ちをしたらどうだろう。
ここまでモンスターは基本避けて走ってきたから、『雷落とし』が試せていない。どんなアーツかは知らないが、グランドベアの巨体だったら的にするのに申し分ないだろう。
もう既にグランドベアの後ろまで回り込んでいたが、俺は振り返ってその姿を捉えた。作ってもらったばかりの刀を鞘から引き抜き、構える。そしてメニュー欄からアーツの発動条件について読み込む。
「ふむふむ。刀を頭上に構えて、対象に向けて一気に降り下ろす?」
効果の説明がいまいちわからなかったので、早速試してみることにした。刀を構えて……グランドベアをしっかり見据え……よし。そしてそのまま一気に振り下ろす!
「『雷落とし』!」
しかし、その次の展開は予想外だった。振り下ろしても何も起こらなかったからだ。左右を素早く見回すが何もない。居るのは俺とグランドベアだけだ。
「えっ?」
が、その認識は間違いだった。一拍遅れで、一筋の雷がグランドベアの上から降り注いだ。そのまま槍が落ちたかのようにグランドベアの背中に突き刺さる。
「グオオオオォォォォ!!??」
グランドベアの全身に黄色いオーラがバチバチと音を立てながら、回っていく。どうやら感電しているらしい。黄色いオーラはすぐに消えたが、グランドベアはピクピクと痙攣している。これは……麻痺の状態異常が発生しているのか。
「なるほど……こういう効果か」
攻撃が一拍遅れなのは少々使い辛いが、上からの攻撃となると、相手も回避しにくいだろう。モンスター相手でもいいが、対人戦でもフェイントに使えるかもしれない。
もう一度試そうとしたところで気付いた。メニューにある雷落としの文字が薄くなっている。そしてその横にカウントダウンのような数字が動いている。……一回使うとクールタイムを必要とするアーツらしい。乱発はできないようだ。
効果に満足したところで、その場を離れることにした。マヒが解除されたらこっちに向かってくるかもしれない。今回の目的はグランドベアじゃないしな。
マヒしたグランドベアを放置して、森の奥へとどんどん進む。木々がなくなり、開けた所までたどり着いた。ようやく戻ってこれたな。
一歩踏み出す前に手持ちの装備を確認する。全身に一通り防具もつけてあるな……よし。ポーションも十本程残っている。この時の為に、魔法弾も温存してある。問題なさそうだ。
そのまま、ゆっくりと歩いていくと、あの湖が見えてきた。前回は時間が夜だったが、今回は昼だ。湖が綺麗に透き通った青色に見える。光を反射してキラキラと輝いていた。
(ゴポゴポゴポ……)
「さて、来たか……」
ゆっくりとした足取りで湖まで近づいていたが、一定の距離を切ったところで、雰囲気が変わった。周りが急に静かになったようだ。そして、湖の中から泡立つような空気の音が聞こえる。
音がほんの一瞬途切れて、次の瞬間俺の身長よりも高く、水柱が立ち上がった。水柱の中から跳ねるようにして、大きな塊が飛び出す。そして、静かに岸辺へと着地した。そこには前回と変わらない、湖と同じように透き通った青色の半馬半魚の姿があった。
すぐさま戦おうと思い、刀を構える。しかし、ふと思い付いた。前回は鑑定しても正体はさっぱりわからなかったが、今回は違う。あれから【識別】スキルを修得している。
「今ならいけるか……? 『識別』」
─────
クリアケルピー
始まりの森の裏ボス。全身が水でできており、物理攻撃を無効化する。遠距離には水鉄砲、近距離には突進で攻撃してくる。弱点は雷系。
─────
どうやら正式名はクリアケルピーと言うらしい。ああ、こいつがケルピーか。名前がわかってすっきりした。以前推測していたことだが、物理攻撃は通じないのはこれで確定だな。なら後は、戦闘開始だ。
◆◆◆
俺は一旦刀を鞘に戻してから、アイテムボックスを漁る。そして両手にそれぞれアイテムを取り出した。左手は雷属性の魔法玉。そして、右手は雷属性の魔法弾だ。
まず左手を振りかぶり、魔法玉を全力で投げつける。そして間髪入れずに右手の魔法弾も投げる。【手裏剣】スキルの恩恵か、以前とは段違いのスピードで飛んでいく。
間隔を空けて飛んでいく二つのアイテム。しかし、それを迎え撃つように、クリアケルピーの後ろから水飛沫が飛んでくる。水飛沫が先に投げた魔法玉を叩き落とす。だが、後から飛んでいく魔法弾が到達する頃には、水飛沫は既に落ち、地面へと染み込んでしまう。予想通り、魔法弾は水飛沫の防御をすり抜けて、クリアケルピーの額へと飛んでいく。
額へと着弾した瞬間、光が弾けて稲妻が走った。全身に一瞬黄色い電撃が回る。クリアケルピーは頭を振り回すように暴れていた。
「よしよし……効いてるな」
前回の戦闘で学んだことだ。クリアケルピーは飛んできた物を水で撃ち落とすが、連続して飛んでくる物は対応しきれない。貴重な魔法弾も無駄にならずにしっかりダメージを受けている。
ダメージを受けて苦しんでいたクリアケルピーだったが、そのまま転がり込むように湖に飛び込んだ。小さく水飛沫が立つ。
俺は鳴神を逆手に持ち、胸の前で構え直した。そのまま静かに湖へと近づく。このままいけば次は……。
おそるおそる除き込む。一秒もしないうちに湖に影が浮かんだ。そのまま勢いよくクリアケルピーが飛び出し、こちらに猛然と向かってくる。
だがこれも想定済みだ。俺は体をほんの少し左にずらした。狭い道ですれ違うかのように、俺の右側すれすれを突進が通り抜けていく。と、同時に構えていた鳴神でクリアケルピーの横腹を切り裂いた。きちんと当たるように構えておけば、後は勝手に突撃の勢いで切り裂かれてくれる。
勢いよく通っていくものの、ダメージのせいで暴れて不規則な動きをしている。そのせいか、木にぶつかりそうになっている。
「ここまではいい調子だな……」
前回の攻撃パターンを基にして戦略を練ってきた。対策はきちんとできてるし、頭の中でシミュレーションしてきた。ここまでの攻防でクリアケルピーのHPゲージは一割ほど減っていた。理論的にはこのまま戦闘を続ければ倒せるはず……だが、そんな楽観的には考えられない。それにはいくつか理由があった。
考えている間にも戦況は動く。クリアケルピーは再びこちらに向かって突進してきた。俺は岸辺に立っており、まさしく背水の陣だ。だが問題はない、さっきと同じように避けながら斬りつければいいだけだ。
「何っ!?」
だが、ここで予想外の事態が起きた。クリアケルピーは直進ではなく稲妻状、ジグザグの動きを見せた。暴れ馬のようにしゃがんだり飛び上がったりと、体を上下させており、軌道が読めない。
「くそっ!」
クリアケルピーが目の前まで迫る。俺は飛び込みながら横に大きく跳躍した。そのまま前転の動きでくるりと一回転する。あれは無理だ。下手に動きに合わせて攻撃しようとしたら、間違いなく突進が直撃していた。
……これはまずいな。懸念していたことが当たってしまった。先ほどこのまま上手くいかないかも、と思った理由の一つ。攻撃パターンが、たったあれだけのはずがないというものだ。仮にもボスモンスターが、あんな単調な動きだけで終わるとは思えなかった。案の定、動きの変化を見せられたが……実際に目の当たりにすると、驚いて一瞬体が止まってしまうな。
クリアケルピーは再び水に飛び込んだ。水中に潜っている間は、ほとんど水音がしないのが不気味だ。
次の手はどうするか……。この時間を使って考え込もうとした。だが、相手はそんな悠長に待ってくれなかった。そんな間もなく、再び突撃がくる。それもまたジグザグの変化だ。
「はあっ!」
まだ反撃の体勢は整っていない。もう一度横に跳んで避けようとした。だが今度はタイミングが早すぎた。俺を追いかけ、向きを曲げてきた。ダメだ、このままではぶつかる。現在の俺は空中に居る。つまり【加速】も【跳躍】も使えない。どちらも足が地面に着いてないと、発動しないからだ。
ああああ……ヤバい! 早く地面に着地しないと……!? だが俺の焦りも虚しく、全身が水でできた暴れ馬はすぐそこまで来ていた。
「ぎっ……ぐああぁぁぁぁ!!??」
全身に衝撃が走る。と、次の瞬間周りの景色がパッと切り替わった。どうやら直撃で吹き飛ばされたようだ。視界がぐるりと一回転する。
地面を転がりうつぶせで倒れる。体に力を込めて、必死に立ち上がる。……くそっ、今のはクリーンヒットだったな。ステータスを見るほどの余裕はないが、相当体力削られたのが体感でわかる。
なんとか湖の方に目を向けると、クリアケルピーは後ろを向き、湖に飛び込むところだった。そのまま追撃するつもりは無いらしい。……俺にとっては、ありがたい限りだな。
非常にまずい。俺はスピード特化型の紙装甲なプレイヤーだ。今ので大幅にHPは減っただろうし、二回目の攻撃を受け切れる自信はない。撤退すべきか……弱気な考えが一瞬頭をよぎる。
落ち着け、俺……! 冷静に考えるんだ。
とは言っても手段は限られる。雷系の攻撃以外はひとまず選択肢から外れる。わざわざ威力が低い攻撃を使う必要はない。できれば遠距離で戦いたいが……そうすると、使える手段は魔法弾か、【雷遁】になるが……チマチマと削っていくしかないか?
いや……待てよ……? まだ試してないことはあるな。クリアケルピーが潜った今がチャンスかもしれない。と、思っているうちに水飛沫が上がる。俺は慌ててスキルを発動させた。
「『潜伏』!」
すぐさま潜伏を発動させた。以前と同じようにひんやりとした感覚を味わい、体がうっすらと透ける。同時にクリアケルピーが飛び出してきたものの、突撃せずに岸辺に立っていた。うろうろと、その場で足踏みするかのように動き回っている。どうやら、上手くいったようだ。明らかに俺の姿を見失っている。
「よくよく考えたら、使って当たり前なんだよな……。忍者が真っ正面から戦うとかあり得ないし」
今から挑戦するということで、気合いが入りすぎていたのか。ボス戦の雰囲気に呑まれてしまってたのかもしれない。だが、本来は最初にクリアケルピーが湖に飛び込んだ際に【潜伏】を試してみるべきだった。
なんとか体勢を整えられたが、だからと言って油断もしてられない。潜伏の持続時間はわずか五分。こうしてる間にも時間は過ぎていく。
「確か、モンスターに触れると潜伏は解除されるはずだが……遠距離攻撃の場合はどう判定されるんだ?」
試しに魔法を使ってみることにした。だが念には念を入れる必要がある。俺は低くしゃがんで、その体勢のまま掌をクリアケルピーに向ける。そしてよーく狙いを定めた。
「……『雷弾』!」
雷を纏った黄色い光球が掌から放たれた。そのまま一直線に飛ぶ。そしてうろうろしていたクリアケルピーに直撃した。
「ヒヒィィィィン!?」
最下級の魔法だからか、ダメージはそれほどでも無かった。むしろ微々たるものだ。だが全く感知していなかったせいか、今までの攻撃の中で一番動揺しているようにも見える。
そして俺の方はというと、先ほどまでのひんやりした感覚が瞬時に消え去っていた。どうやら潜伏の解除される条件は、厳密には『自分自身かまたは攻撃が当たること』らしい。
動揺していたクリアケルピーは立ち直るのも早かった。俺を視界に入れた途端に、再度正面から突撃してきた。前足だけで器用にバランスを取っているが、スピードはやはりかなりのものだ。
そして、またしても不規則なジグザグの動きで突撃していた。右を向いたと思ったら、次の瞬間には左を向いている。と思ったら、右に大きく動く。スピードも相まって、どちらから来るか全く読めない。だが、今回は大丈夫だ。
正面から迫る突撃を、俺はしゃがんだ状態で低い目線で見つめていた。そして、そのままギリギリまで引き付ける。……今だ!
「『ハイジャンプ』!」
俺と交差する瞬間、後ろに退くようにして跳び上がった。上空へと逃げ出したのだ。前回の戦いの時もそうだった。突撃をナイフで止めきれず、【跳躍】を使ってかろうじて回避した。……だが、前回の二の舞にはなるつもりはない。
クリアケルピーは足で踏み止まり、ブレーキをかけるところだった。その瞬間を狙ってアイテムボックスから次々と魔法玉を取り出しては、上から投げつけていく。これはあくまで牽制というか、動きを封じる為のものだ。なので、威力の低い魔法玉で充分。
魔法玉の乱れ撃ちが、雨のように降り注ぐ。大部分は地面に落ちて無駄に爆発したが、数発はクリアケルピーに当たる。連続して当たったことで、動きがその場で止まる。
俺は投げながらも、跳躍の勢いのまま空中を移動していた。そう、後ろにあった木に向かって。空中で姿勢を整え、木の幹に向かって足の裏から着地する。そのまま膝を曲げて踏み込んだ。同時に刀を抜き、切っ先を標的に向ける。そして勢いよく蹴り出した。
「『縮地』!」
加速の勢いが合わさって、俺の体は矢のように飛んでいく。目標地点は当然、あの水の馬だ。体感時間で一秒もしないうちに、肉薄する。水でできたスライムのような体の胸に、鳴神が深々と突き刺さった。
「ぐっ!? ヤバいな……!?」
雷系の属性ダメージでクリアケルピーのHPは大幅に減っていく。そのせいか、問題が起きた。クリアケルピーの暴れ具合がかなり激しかったのだ。そのせいで、刺した刀を当然抜き取るつもりだったが、手放してしまった。これはまずい。
「しまった……唯一の武器を……」
一旦距離を取る。刀を失った以上、今の俺は丸腰だ。……急激に不安が襲ってきた。このままでは接近戦は厳しい、というか無理だ。こうなったら完全に遠距離で戦い、場合によっては持久戦も視野に入れないといけない。
「覚悟を決めるか…………ん?」
魔法弾を取り出して、投げつけようとしたところで気付いた。刀が胸に刺さったままのクリアケルピーは、いつの間にか岸辺まで下がっていた。それだけならまだ分かる。だがわからないのは、頭を高く上げたままで棒立ちになっていた。
「何をしてるんだ、あれ?」
構えとしては、最初に飛び道具を撃ち落とした時と同じく、水飛沫を飛ばす体勢にも見えるが……俺はまだ何も投げてないぞ……?
「迎撃の為じゃないとすると……まさか!?」
一瞬、嫌な予感というか想像が頭に浮かんだ。考える前に俺は横に走っていた。
今の今まで立っていた場所に、猛烈な勢いで飛ばされた水の球が通り抜けていく。一拍遅れて破裂音のような音が響く。外れた水弾が、森の木々に叩き付けられた音だ。
危なかった……。勘が働かなかったら蜂の巣にされていた。どうやら水飛沫は防御の為の動きだけでは無かったらしい。
クリアケルピーは再び尾びれを高速で動かす。湖から掬い上げられた水は、勢いよく投げられて空中で弾丸へと形を変えた。そして再度こちらへ向かって迫りくる。
「ちょっ、これっ、本当にまずいな!?」
さっきから俺はひたすら回避に徹していた。クリアケルピーは遠距離戦に切り替えることにしたらしい。絶え間無く弾丸が襲いかかってきていた。別に回避しきれない程のスピードじゃない。俺の移動速度をもってすれば、むしろ多少の時間的余裕はある。しかし精神的余裕は全く無かった。
刀が無いことで、攻撃を受けることができない不安。一発でも当たったら死ぬ可能性があるプレッシャー。連続する攻撃で反撃に移れない焦り。それらが重なりあって、俺から余裕を奪いとっていた。
遠距離戦を仕掛けるつもりだったのに、逆に仕掛けられてしまった。このままではじり貧だ。回避しながらも必死に頭をフル回転させる。
「なんとかこの状況を打開する策は……!?」
水飛沫をよく見るだけでなく、クリアケルピー自身も観察する。何か、何かヒントはないものか……。そう思っていた時、刺さったままの愛刀が目に入った。
「……待てよ?」




