人生『世界』ゲーム
僕と彼女は付き合っている。
「先輩。今年ももういくつ寝るとお正月ですよ」
「そうだな」
彼女は僕の部屋に最近くつろぎにやってくる。
学校が終わった後も、学校が休みの時でも構わずやってくるからもはや通い妻?のようだ。
といってもほとんどゲームをしにやってくるだけだが。
「これを通い妻というなら、家事炊事洗濯ができる通い妻はブラウニーというところか」
もはや妻を通り越して妖精である。
姿形が見えないのは流石に困る。
ちらりと彼女の方を見ると、僕のベッドで寝そべってスマホゲームをやっていた。
順調にクリアしているのか足をバタバタリズミカルに動かしながらやっていた。
「埃が立つんだけど」
「日が当たる時間は外に出した方がいいんだよー」
「出すのめんどくさい」
「先輩って真面目なふりして割と適当なところありますよね。長い時間一緒にいるとそういうのもわかっちゃうんですね」
彼女はニヤリと笑う。
僕はわざと驚か方ふりをした。
「え、お前そんなこともわからなかったのか。こりゃ彼女失格かもな」
「先輩、カップルが別れる理由ってそういう付き合っていくとマイナスな部分が見えて幻滅することらしいですよ」
おい、そんな真面目な顔をするのやめてくれないか?
「外は小春日和。年末は大掃除ですよ」
「……つまり?」
「大掃除しましょう」
胸を張って堂々として立つ彼女。
僕は頬杖をつき面倒臭そうにため息をついた。
「先輩のお母さんにお願いして濡れ雑巾とかの掃除道具一式お借りしました」
手元にあるのはバケツと、雑巾、埃叩きと、掃除機だった。重たいものをよく運んで来れたなぁ。
「お前、僕の母親といつのまにコミュニケーションとってるんだよ」
「そりゃ中学卒業の時ですよ。先輩と付き合い始めてから一日目、正確にいうと六時間と三十分後に先輩のお母さんにご挨拶しに行きました」
「早すぎだろう!?てかあの時お前学校は!?」
「サボりました。そりゃ一刻も早く挨拶しに行かなきゃダメですよ」
……おそるべし僕の彼女。
「一回でもやってみたかったんですよね。リアルタイムアタックを。付き合ってから挨拶するまでの時間とかね」
「……」
たしか僕が告白したのは日が変わった二時。つまり彼女が挨拶しにいったのは八時半ごろか。
「だからと言って僕ら一家をゲームにするのやめてくれよ」
「もちろん嘘ですよ。先輩に告白された後とっても嬉しくって一睡もできなかったんです」
それで嬉しさのあまり僕に会いに行こうとしたら僕はもうおらず、僕のお母さんに出会ったことで挨拶をしたということか。
何ということでしょう。
「あれ、でも僕母親から付き合ってるんでしょ?って言われてない」
「そりゃ根掘り葉掘り全部話してますもの。お母さんに」
「……」
つまり、これまでやってきたこと丸々一年間全て母親に筒抜けだったということだ。
「……」
「わかったなら大掃除しましょう?先輩」
「改めて、お前の偉大さを感じたよ」
「はい」
僕は彼女から手渡された濡れ雑巾を持ち、棚の上から掃除していった。
「よし、先輩これでおしまいです」
「……疲れたー」
昼になりかけた頃、僕の部屋は大掃除が完了し、まるで僕の部屋じゃないくらいの清潔な部屋へと変貌した。
ぐちゃぐちゃになった配線は結束バンドでまとめられており足の置き場に困ることがなくなっており、絨毯も掃除機によって塵一つなかった。
「先輩の部屋って本当に汚かったんで、私部屋にきたくなかったんですよね」
「なら来るなよ」
憎まれ口を叩くと彼女はニコニコと笑う。
「それは無理な話です。私先輩の部屋好きなんで」
「汚いのに好きとか何だよ」
「先輩の部屋は確かに汚いので好きじゃありません。ですけど、先輩がいつもいるじゃないですか。だからこの部屋が大好きです」
「……」
こう言われてしまうと困ってしまう。僕はプイッと外を向いて恥ずかしさを隠した。
「そういえば先輩。押入れからこれ見つけたんですけど」
彼女が、ゴソゴソと押入れから何かを引っ張り出してきた。
「……あ、これ懐かしいな」
それは新品同様の『人生ゲーム』だった。
「先輩一人ですよね。なんで人生ゲームなんていう大人数でやるゲームを持ってるんですか?」
「昔、友達とか、家族でやってたんだよ。だけど、今となってはやらないから閉まってたな」
僕は懐かしく思い、人生ゲームの箱を指でなぞった。
彼女は面白そうに僕を見つめてくる。
「ふむ、先輩もそんな時代があったんですね」
彼女はニヤニヤと笑う。
「そんな時代ってなんだよ。まだ六年も前だ」
「六年も前だと、先輩は十二歳で私は十一歳です。先輩は中学校で、私は小学校ですよ。まだその時は先輩のこと知らないです」
「そう言われると確かにそうだな」
僕のことを知っているのは僕が中学校二年のとき、彼女が入学したときだ。
だから僕が中学一年生より前のことは知らないし、僕は彼女が中学を入学するまでのことを知らない。
「お互いまだ、知らないことばかりですね」
「そうだな」
彼女ははにかみながら言う。
ほんっと……こいつかわいいよなぁ。
「そうだ、先輩このゲームで遊びませんか?」
彼女は人生ゲームの蓋を開けて中身を広げる。
そこには陽に焼けていない新品同様のゲーム世界があった。
「……そうだな」
なんせ目の前にいるのは彼女だ。友達でもなく、家族でもない、大切な一人だ。
「じゃあ、先輩追加ルールで『目の前に起きた出来事は全てやらなきゃいけません』と言うことで」
「うん?そりゃ、やらないとダメだろう?お金の支払いとかさ」
「結婚とか、職業とかですよ」
「……結婚以外なら考える」
結婚なんてしたら異性不純交遊になるからダメだ。
しかし、彼女は不機嫌な顔にはならなかった。
「にしし、じゃあ、ゲームスタートしますよ」
そうして人生ゲームが始まった。
「まずは先輩からどうぞ」
「え、なんで僕から?」
じゃんけんもせず、彼女は僕に先やらせようとした。
「というか、いつも僕を先にやらせるよね。なんか意味があるの?」
彼女はキョトンとした顔で僕をみた。
「そりゃ先輩は先に生まれてるでしょ?だから先にやっていただくんですよ。一応先輩のこと敬っているんですよ?」
「……」
僕は何もいえずにルーレットを回す。
「四……羊を数えるが眠れず不眠症になる。五ドル払う」
「……不眠症でお金を払うとか幸先悪くありません?」
「仕方ないだろ!?マス目が悪いじゃないか!」
「まぁまぁ、そう言わずに、今度は私ですね。よっと」
彼女はルーレットを回す。
「お、五ですね、私は……親戚から就職祝い、千ドルもらう」
「お、おめでとう。何に就職する?」
うーん。と彼女は一通り悩んだ。
「じゃあ、アイドルで」
「アイドルとか……」
お前アイドルするような奴か?
そんな表情で彼女を見ていると、彼女は頬を膨らませる。
「アイドルの何が悪いのですか!人生くらい楽しく行きましょうよ!」
「といっても僕は不眠症だし……」
「病気はいつか治る!」
そんなぁ。精神論めいたもので説き伏せるのやめてくれないか。
ルーレットを回す。
流す曲は人生のメリーランド。
「五……パリ、ダカールラリーに出場で大怪我、生命保険に入っていれば五万ドル」
「……先輩生命保険って」
「入ってません」
多分現実でも生命保険は入っていない。と思う。
「先輩何やってるんですか!先輩一発目から借金じやないですか!」
「いや、そんなこと言われてもマス目が……」
ここで出目の悪さが露見する僕。
たしか以前もそんなことあったよな?
「でも、お金を取られるという記述はないから借金はないですね!よかったよかった」
「でも、不眠症で大怪我とかツいてない……」
「はい!私の番です!」
無視された。
彼女はルーレットを回す。
「七……えっとー、チョロきゅーレース優勝、一万五千ドルを得る」
「……さて、僕の番か……」
ルーレットを回す。
「携帯電話購入……マイナス九千……」
ベートーベン様。運命をどうぞ。
「……せ、先輩?」
わなわなと震え始めた僕。
なんでだ。なんでこんなことばっかりこうなるんだ!
「やってやろうじゃねぇかぁ!このやろぉぉぉぉ!」
僕、暴走。
「あ、私、懸賞にはまっちゃいました。三千ドルなくなった」
「給料日に株購入してどうすんだよ!借金返せや!」
「それはしょうがなくありませんか!?先輩!これはゲームです!ゲームですから!」
「知ったことかぁぁ!借金返せやぁぁぁ!」
「給料日です!火災保険入ったんで!」
「アイドル活動よろしく!」
「わっかりました!」
タフロープをたすき掛けにしてボールペンをマイク替わりにする彼女はかわいいポーズをとる。
「いよ!本日の主役!かわいいぃぃ!」
「えへ、えへへ!いえー!めっちゃほりでい!」
「それ松浦だし!アイドルじゃねぇし!」
てかそれネタ古くね?
「お母さんがめちゃくちゃ好きで聴いてたんです!いいじゃないですか!親譲りでも!」
「それもいっか!いぇぇぇ!あややー!」
「いぇぇぇぇ!」
サイリウム買ってこればよかった。
「マツタケ!マツタケとりましたよ!」
「よし!今日は松茸づくしだ!食べるぞ!」
「あ、でも先輩松茸ありませんけどどうしますか?」
顎に触れた僕はしばらく考える。
「確か台所に松茸のお吸い物あるけど」
「あ、その手がありましたか。でもそれって松茸に入りますか?」
お互い悩んだ。松茸なんて高級品あるわけがないし……。
「ならキノコでも食うか」
「え、先輩のキノコとか……」
だれもそんなこと言ってないんだけど。
「先輩!私達まだ……結婚してないですよ!」
「いや、そういうわけで言ってないんだけど!?」
「きゃー!お母さん!この人変態ですよー!」
おいいいいいい!?何言ってんのこの人!
「このゲームそもそもプレイヤー同士で結婚できるのか?」
お互い顔を見合わせる。
「できませんね!」
「できないよな!」
笑い合う僕たちは暴走していた。
何を考えているのか、僕たちはワイワイと勝負という枠も超えて人生ゲームを楽しんだ。
「あ、結婚イベントですよ」
「ん?あぁ、そうだな」
彼女のコマが後半に差し掛かった時、結婚のマスにたどり着いた。
実は僕も前半のところで結婚マスを踏んでいたが、あえて結婚をしないという手でイベントをスキップしたのだ。
「いやぁ、人生ゲームの半分のあたりで結婚をするとか……私は婚期伸びまくりですね」
「……」
僕は答えなかった。
彼女は事あるごとに結婚マスに入ろうと狙っていたのを知っている。
その度に彼女は面白くなさそうに一人、誰も乗っていない駒を進めていた。
「たしか人生ゲームって百マスなんで、一コマ一年ですよね。人生百年として考えると……」
「晩婚化の一途を辿る……だな」
「先輩はまだ若いですね」
「どうとでも言え」
お互い軽口を言い合った後、僕は口を開いた。
「結婚は?するのか?」
「したいけど……人生ゲームではもう遅すぎですよね」
あはは、と彼女は結婚をしないで終わろうとした。
「……いいよ」
「え?」
僕は声をかけた。
否定ではない。
「僕が、結婚相手になってやろう」
「……先輩」
「勘違いをするなよ。ゲームの中。ゲームの中だから」
「はい!」
僕と彼女は立ち上がり、お互いがお互いの顔を見合わせる。
真剣な彼女の顔を僕は気恥ずかしさに顔を背けそうになったが、必死にこらえ彼女を見続けた。
「このときって先輩がプロポーズするんですかね」
「お前が結婚のマスに止まったんだから、そっちがするんじゃないのか?」
「そうですよね……なんか緊張してきました」
彼女は両手で胸を当てて深呼吸をした。
「ゲームだぞ。ゲームだからな」
「そ、そうですよね」
彼女の焦った声が僕にもうつり、ドキドキと心臓が早く打ち付けた。
「……こほん。先輩、結婚してください」
まっすぐ、僕をみて彼女は言った。
「……いや待て、それでいいのか?」
「え?これでだめなんですか」
……うん。まぁそうなるけどさ。
なんかこうもっとドキドキさせるようなものとかなかったのかなぁって思ってたりしてたわけでさ。
「うん、まぁいいんじゃないかな?」
「なんですか!?さっきの言葉が気に入らないんですか!」
頬を染めながら僕に詰め寄る彼女。
多分。頭が真っ白だからさっきのプロポーズだったのだろう。
両手でバタバタと赤くなった頬を冷やそうと仰いでいる彼女。
「うん、まぁいいんじゃないかな?」
「むー、そんなこと言うなら先輩はどうやってプロポーズするんですか?」
「なんで僕が……」
「先輩が私のプロポーズをそんな評価をするならお手本くださいよ」
むすっとした不機嫌な顔で僕にいう。
「お手本って言ったって……」
「私をドキドキさせるようなことを言ってくれないとこのゲーム終わらせませんよ」
もはや罰ゲームである。
しばらく考える。彼女をドキドキさせるような、顔を真っ赤にさせるような臭いセリフを考える。
「……」
深呼吸をする。
迅る鼓動を落ち着けるように何度か行った後、彼女を見つめた。
「……せんぱ……」
僕は彼女の手を握りしめて抱き寄せた。
ふわりとした彼女の匂い。彼女の全てを僕の体で受け止める。
「あ、あのせんぱ……」
「うるさい」
あー、本当幸せだな。彼女がそばにいるだけで灰色みたいな世界が彩り明るくなる。
「……君は僕の光だ。ずっと僕を照らし続けてくれないか」
「……はい、はい」
感極まった声が聞こえてくる。そっと僕の背中に添えられる彼女の手を感じた。
僕の告白を、抱きしめる僕の体を受け入れる彼女の体と一つになるようだった。
「……先輩。ちゅーしませんか?」
「しない」
「えー、なんでですか?ここまでお互いの気持ちを受け入れたのですからここはするべきですよ」
耳元で囁く彼女の声。
顔なんか見えない。
恥ずかしくて彼女の顔が見えない。
「……すいません。やっぱり私も無理です」
「なんでだ?」
彼女の大きく早く鳴り響く心臓の音が僕の体を震わせ、訴えかけてきた。
「嬉しすぎて、私の顔、にやけちゃって絶対気持ち悪いんで」
「……僕もだ」
これ以上にないくらい、幸せな日なんてあるのだろうか?
ゲームだとしても……この告白が、プロポーズが偽りだとしても。
僕は、僕達は、いまこの部屋で生きていた。
「いやぁ、面白かったですね」
「……はー、疲れたわ」
人生ゲームをクリアした僕達は僕のベッドで一緒に寝ていた。
「……幸せでしたね」
「といっても僕は不眠症とか大怪我とかで借金の人生だったけどな」
しまいにはフリーターだったし。
「まぁ、いいじゃないですか。それも人生です」
「人生……ねぇ」
「そうですよ。私達の未来はまだ無限に広がっているんですよ」
彼女は優しく、僕に諭すようにいう。
「なんかゲームをしたはずなのに人生について語っちゃいましたね」
「僕たちじゃ説得力がないや」
お互い笑うあう。
時計を見ると時刻は十七時を超えたところだった。
太陽はもう沈んでいて、雲がない空は紫色から暗い藍色へとなるところだ。
「……帰らなくていいのか?」
「そうですね。帰らなきゃダメですね」
「そうだな」
彼女は起き上がり、僕から離れていくと帰る支度をし始めた。
部屋を出れば、この世界から彼女が出ていけばこの幸せな気持ちは無くなってしまう。
そんな恐怖がふと押し寄せてくる。
「先輩。じゃあ帰りますね」
「……あぁ」
僕は見上げるように彼女の寂しそうな顔を見た。
そして背けるように彼女は僕の部屋から出ようとする。
……。
僕は立ち上がった。
……だ。
僕は足を大きく前に出し、彼女の腕を掴む。
「……先輩?」
……いやだ。
「……」
「……」
時間が止まった気がした。
柔らかい唇に触れるために顔が近づいていく。
息も止まる。
息ができない。
苦しい。
甘い。
「ん、ふ……」
「……」
離れた唇。近寄りすぎた彼女の顔を確認しようと僕は離れる。
「……先輩。ずるいです」
「そうかもな」
ぎゅっと僕の体に抱きつく彼女が愛おしく感じた。
好きだ。
大好きだ。
「もうダメです。先輩の事好きすぎて一生離せません」
「どんとこい」
「少し前、拒否ったじゃないですか」
自分勝手ですよ。と彼女は言う。
「それはそれ。これはこれだ」
「本当、先輩ずるいですよ」
僕達は付き合っている。
「先輩おはようございます」
「あぁ、おはよう」
「今日は機嫌良さそうですね」
そう見えるのだろうか?僕は彼女の顔を見ると、ニコニコと笑っていた。
「あ、もしかして私と一緒にいるからですか?もー、元気なんですからー」
「どこを見ていっているんだ」
「え、先輩を見たですよ」
僕はいやそうな顔をして彼女を見た。
「そうだ。先輩」
彼女は僕の隣に立つと、絡め取るように僕の手を握りしめてきた。
「どうせなら学校に行くまでの間。ゲームをしませんか?」
彼女は小悪魔のような笑顔で、今日も僕にゲームを提案してくるのだった。
短い間でしたが、ご愛読ありがとうございました。